6.12

「■■■■■■■■■! ■■■! ■■■! ■■■■■■■■■■■■■!」


 人間のものではない、恐怖で気が狂ったような甲高い絶叫。これと同じ絶叫を、ジルたちはつい先日に聞いていた。


 ベイだ。これはベイが発した絶叫と、込められた恐怖が完全に一致していた。


「■■――」


 またも聞き覚えのある短い断末魔。それが聞こえた瞬間、前方のツルの壁を突き破り、何かが吹き飛んできた。


 ――死骸だった。


 これまでさんざん見てきた、口が異様にでかい猿の昏獣。何かとてつもない力が加わったのだろう。顔は綺麗に恐怖で歪んだ状態で残っているが、そこから下は関節が一〇倍に増えたのではと思えるほど、全身がぐにゃぐにゃに折れ曲がっていた。


 こんなことができるのは、奴しかいない。


 ジルたちは後退を始めた。ツルの壁に空いた穴を凝視しながら、ゆっくりと、一歩ずつ。


 すると、その時。ブチブチと、ツルの千切れる音が聞こえたきた。その音はジルたちの鼓動と同じように、徐々に大きくなっていく。


 このままでは不味い。もっと早く、背中を向けてでも、全力で逃げなければ。皆がそう考え、踵を返そうとした、その瞬間。


 遂に、分厚いツルの壁がまるでカーテンを開くように、中央から左右へ引き裂かれた。


 ――奴だった。


 四メートルを超える巨体。

 雪のように白い体毛。

 異様に長い腕。

 ニッコリと微笑んでいるように見える口。

 血走った目。


 見紛うはずもない。そこに立っていたのは、二日前に遭遇したあの巨猿だった。


 覚悟を決めていたジルたちは驚かない。対して巨猿も、突然現れたジルたちを見て驚かない。


 巨猿の反応を見るに、この遭遇は偶然ではなく必然。


 つまり、追われていた。


 きっと、巨猿はジルたちが逃げた方角を見た時点で、ブラッドヴァインの東側に入ると分かっていたのだろう。そして自分を恐れ、迂回するように戻ってくるとも分かっていたのだろう。


 恐ろしい知能の持ち主。改めて、こいつには勝てないと悟ってしまう。


 ジルたちは、即座には攻撃を開始しなかった。

 理由は、期待があったから。


 巨猿の足元には、変死した猿が二体転がっているのが見える。そしてもう一体、こちらに吹き飛ばされてきた死骸もある。


 この猿たちは異常な空気を察知したが逃げ遅れ、隠れているところに運悪く巨猿と遭遇し、襲われてしまったのだろう。


 彼らという食糧がある故に、前回と同じようにまた見逃してもらえるかもしれないと、期待した。発砲せず、食事の邪魔をする気はないと示せば、或いはと。


 しかし、それは間違いだった。


 猿の死骸の数は、巨猿の足元の二体と、吹き飛んできた一体の、計三。

 対してこちらは、ジル、セリカ、トンテ、ロベルト、ニック、ニーナの、計六。


 三と六。どちらの方が大きいか。どちらの方が、腹が膨れるか。

 その程度、それこそ猿でも分かること。


 事実として巨猿は、転がる死骸には一切目もくれず、底の見えない貪欲な眼で、ジルたちのことを見つめていた。

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