6.10
走った。どこまでも走った。
道を選んでいる暇はない。ペースも考えている暇はない。今走っているのが獣道だろうが、先に昏獣がいようが、疲れ果て足が動かなくなろうが、関係ない。
とにかく今は、あの巨猿から距離を取りたかった。
これが間違った選択だとは、誰も思っていない。あの場に留まっていたら、今頃皆殺しにされていたかもしれないから。
ただ、最善の選択を選べたかといえば、誰も頷けはしないだろう。
もっと冷静になるべきだった。
もっと慎重に動くべきだった。
せめてマッピングは行うべきだったと、誰もが後悔の念を抱いていた。
単刀直入に言って、ジルたちは現在、迷っていた。
ただがむしゃらに、目についた走りやすい場所を突き進んだ。マッピングのことなど完全に失念し、ただがむしゃらに。
その結果、完全に現在の座標が、分からなくなっていた。
マッピングを任されていたロベルトに責任があるわけではない。あの状況で悠長にマッピングを行える人間が、どこにいようか。
既に日は大きく傾き、ツルの密度が濃い場所に至っては自分の手すら微かにしか見えないほど、辺りは暗さが増しつつあった。
行った情報収集によれば、この地に夜行性の昏獣は殆ど生息していない。だからといってあの巨猿も活動を停止するとは限らない。だがどの道この暗さで先を進むのは不可能だった。体力も限界を迎えつつある。
ジルたちは完全に視界が奪われる前に野営地を決め、そこでロベルトの持つ簡易的な地図を確認しながら、現在地の推測を始めた。
巨猿と遭遇した時点での明るさと現在の明るさから、凡そ四時間は移動したと分かる。そこから計算すると、移動した距離は一五キロ前後。つまり、ロベルトが最後に記した地点から、半径一五キロ前後以内の地点に居ることは間違いない。さらに、走っている最中に見た太陽の位置から移動した方角を考慮し、そこから大まかな現在地を導き出す。
結果、ジルたちは現在、ブラッドヴァインの東側へ三キロ足を踏み入れた場所に居る可能性が極めて高いことが、判明してしまった。
ツルの密度と現れる昏獣の数が増し、迷いやすく失踪する探索者が多いという東側。一難去ってまた一難――ではない。まだ最初の一難、巨猿の脅威が去ったとも限らない、まさに絶望的な状況だった。
コンパスを頼りにすれば、西側に戻ること自体は可能だ。しかし、戻るということはあの巨猿の居る方角に向かうということ。
それだけは避けたい。あの巨猿とは遭遇したくない。それどころか、このブラッドヴァインで探索を行うこと自体がもう御免だと、皆が思っていた。
こんな状況に陥ったのが不作期の影響なのだとしても、普段はもっと平和なのだと言われても、不作期が終わったところでこの地での探索は、一生御免だった。
一直線に西へ戻るという選択肢はない。しかし、危険だと言われている東側に長居もしたくない。そこでジルたちは、まず北に五キロ進み、巨猿と距離を取ってから西へ一直線に移動するという、二日掛けてブラッドヴァインを脱出する計画を立てた。
もはや探索は行わない。たとえ道中でマナを見つけたとしても、絶対に無視をする。明日以降はブラッドヴァインから脱出することを、主目的とする。
この三つを最後に確認し、ジルたちは三人体制の見張りを交互に行いながら、明日の計画に備えて眠りに就いた。
――だが翌日、立てた計画がとても困難であることを、すぐに思い知った。
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