4.9
メイを連れ無理に分厚い人だかりを抜けようとするのは危険なため、デモの進路を予測して比較的人の少ない場所に先回りし、そこで待機する。
徐々に近付いてくる声明と、僅かに見える拙い字で抗議文の書かれた旗。
待ちきれないとばかりに行進を見ようとピョンピョン飛び跳ねるメイを、ジルは点滴機が外れないか心配で仕方なく肩車する。
すると、その直後。一〇メートルほど先の人の壁が左右に別れ、その中央から行進するケルアたちが現れた。
ケルアは個体によって体毛の色が異なり、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、白、黒など様々。そのため行進を高い位置で見られるメイには、ケルアたちがまるで大きな虹色の蛇にでも見えたのだろう。
途端にはしゃぎ始めたメイを軽く窘め、ジルは改めてデモ行進に目を向けた。
ケルアの数は凡そ一五〇。等間隔で旗を掲げ、混乱を起こさず人混みで逸れないためか、皆きちんと三列縦隊を崩さず行進している。中には子供と思われる小さなケルアもトテトテと歩いており、手作りなのだろう奇怪な絵の描かれた小さな旗を愛らしく振っていた。
メイにはああ言ったジルも、そんな子供のケルアを見てつい頬が緩んでしまう。
「ねぇジル。あれ、トンテじゃない?」
メイから預かったおもちゃを抱え行進を眺めていたセリカが、目を細めながらそう言った。その視線を辿ると、行き着いたのは行進の先頭。
どうやら先程のジルの予想は当たっていたらしい。先頭で旗を持ち抗議の音頭を取っているのは、紛れもなくトンテだった。
それを知ったメイは尚喜び、片手を上げて声を上げる。
「トンテ! トンテ! トンテー!」
これで向こうもメイに気付いたらしい。トンテは行進の足を少し緩め、メイに向かって手の代わりに大きく旗を振った。
「ヨウ! メイ! ジル! セリカモ! 旨イ飯食ッタカ?」
すると――その直後、
「「「ヨウ! メイ! ジル! セリカモ! 旨イ飯食ッタカ?」」」
後続するケルアたちが、トンテの言葉を一斉に復唱した。
ケルアは独自の言語を持っており、人間の言葉を完璧に理解している者は少ない。そのため人語に異常なほど聡いトンテが音頭を任され、後続のケルアたちは抗議の言葉をよく分からぬまま発音だけ真似して復唱していたのだろう。
途端に周囲の人々から視線を集めてしまい、大勢のケルアから名前を呼ばれて喜んでいるメイはともかく、ジルもセリカも顔から火が出る思いだった。
ケルアの行進を見られて、名前も呼ばれてメイも満足しただろう。さらに変なことを言われては堪らない。早くこの場を離れてしまおう――とジルは考えたが、ふと思いとどまる。
ケルアの命を守る法律は、ジルも望んでいること。
ケルアだけでなく人間もいた方が、デモの効果は高まるはず。ならば自分たちもデモに参加し多くの人々に訴えかけた方が、いいのではないか。
そう思い、ジルはトンテに手伝いを提案しようとする。
しかし、何かを察し気を遣ったのか、はたまた天然か。トンテは尚も旗を振りながら、朗らかに言った。
「ソレジャアナ! 久々ノホットミール。有意義ニ、過ゴスンダゾ!」
「「「ソレジャアナ! 久々ノホットミール。有意義ニ、過ゴスンダゾ!」」」
再び繰り返されるケルアたちの復唱。そして再び集まる人々の視線。しかしジルには、それらがあまり気にならなかった。羞恥の代わりに、熱いものが込み上げていた。
必死に旗を振り、声を張り上げ、仲間を導き歩いて行くトンテ。
ジルはメイを担ぎ直し、尊敬すべき小さな友人の姿を、もう少しだけ眺めることにした。
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