4.7
アヴァロンの慈善団体がテントの設営を始めたために、ホットミールの開催を察した住民が三時前の段階で、既に広場に六、七〇人ほど集まっていた。しかし現在は、その一〇〇倍以上の人が広場を埋め尽くしている。
これほどの人が集まれば混乱や喧嘩、持ち寄られた物資の略奪が巻き起こりそうなものだが、そんな気配は皆無だ。
それもそのはず。広場の各所には頭を含め全身を漆黒の防護服で覆ったアヴァロンの衛兵が銃を片手に立っており、人々の誘導や監視を行っている。
問題を起こしたその瞬間、問答無用で彼らから強烈なゴム弾を見舞われることになるだろう。そのため人々は逸る気持ちを抑え、飛び出そうになる怒号を呑み込み、行儀よくテントの列に並んでいるのだ。
それでも犇めく夥しい量の人は危険なため、ジルとセリカはメイの左右に立ち、手を繋ぎながらゆっくりと広場を歩いて行く。
ホットミールで一番人が集まるのは炊き出し場で、その次が日用品の配られるテント。今回も例に漏れずこの二つに多くの人が列を成しているが、ジルたちはそれをしり目に子供向け用品、特におもちゃの配られるテントに向かっていた。
すると、前方に子供で出来た長蛇の列が見えて来た。
それを目にした途端、小さく細く、筋張った少しだけ温かいメイの手が、胸の内の喜びを表すようにジルの左手を強く握り返した。
その手を通して伝わる喜びにジルも嬉しくなり、思わず問いかける。
「メイ。何か欲しいものはあるのか?」
「うん! 猫のぬいぐるみが欲しいの! 柔らかくて、可愛いやつ!」
「そうか。あると良いな」
「うん!」
点滴が効いているのだろう。メイはジルとセリカを引っ張るほど元気に歩き出す。
列の最後尾に到着し、待つこと一五分。
並んでいる間常にソワソワし、他の子が持っていくおもちゃを見て羨ましそうに声を漏らしていたメイは、ようやく自分の番が回ってきたことで喜びが爆発したらしい。
ジルとセリカの手を放し、置かれたおもちゃの入った大きなカゴに跳び付いた。
「お嬢ちゃん元気ねぇ。二つまで持って行っていいから、ゆっくり選びなさいね?」
そう言ったのは、テントに立っていた三人の内の、人の好さそうな顔をしたふくよかな中年の女性。それを聞いてメイは「二つもいいの⁉」と顔を輝かせ、キャッキャキャッキャと声を上げながらカゴを覗き始める。
三分に及ぶ吟味の末メイが選んだのは、蓋を開けると穏やかな音色が流れ箱の中の小鳥が躍り出すオルゴールと、本物よりかなり可愛らしくデフォルメされた猫のぬいぐるみ。
収穫は上々だったらしく、メイは嬉しそうにオルゴールとぬいぐるみを抱えながら、スキップしそうなほど軽やかな歩みでジルたちの元に戻って来た。
「可愛いぬいぐるみ、見つかって良かったね」
セリカの言葉に、メイは自慢げにぬいぐるみを掲げる。
「うん! セリカお姉ちゃんにも、貸してあげるからね!」
「え……い、いいの?」
本気で喜ぶセリカに、ジルは思わず突っ込みそうになる。しかし、先程廃棄場で見せた少女らしい表情と、以前聞いたウサギが好きという言葉を思い出し、口を紡ぐ。
セリカもまた、一人の女の子なのだ。
普通の女の子なら、貧しいながらも年相応にお洒落をして、身だしなみを整え、時間さえあれば友達と恋で話に花を咲かせたりもするのだろう。
だがセリカは洒落た服など持っていないし、過酷な環境に晒される探索によって髪は痛み肌は荒れ、庇護居住地に戻り束の間の時間を見つけて行うのは、狙撃の練習。
メイのためとはいえ、セリカを探索者という道に引きずりこんだ。
――その、罪滅ぼし。
そんな気持ちでジルはテントに向かい、カゴから一つのぬいぐるみを手に取った。
「これ、貰ってもいいか?」
「え? えぇ……いいです……けど……」
いい年した男が、そんなものが欲しいのか。
目の奥でそう言っている中年女性に軽く礼を言い、ジルは二人の元へ戻る。
そしてセリカに、それを手渡した。
「ほら、欲しいんだろ?」
「え……」
何かのキャラクターなのか、服を着てリボンまで付けたウサギのぬいぐるみ。
セリカが遠巻きにそれを見つめていたのを、ジルは気付いていた。しかし同時に、子供っぽいと思われる。子供に混じってぬいぐるみを貰うのは恥ずかしい。
……自分には、あんなものにかまけている暇はない。
そう思い我慢しているのにも、気付いていた。
明らかに顔を綻ばせながらも受け取っていいか迷うセリカに、ジルは押し付けるようにぬいぐるみを手渡す。
「今はホットミールだぞ。今日くらいは探索のこと忘れて……お前もおもいっきり楽しんでくれよ」
その言葉の意味を察し、セリカは一瞬だけ切なげな顔をする。それでもすぐに笑顔を浮かべ、受け取ったぬいぐるみを大切に抱きしめた。
「うん……ありがとう、ジル」
「セリカお姉ちゃん良かったね!」
「うん……」
頬を染めながらメイと同じくらい無邪気な笑顔を向けてくるセリカに、ジルは照れ臭くなり思わず背を向ける。
「そら、次さっさと行くぞ」
そして照れ隠しでぶっきらぼうな言葉を放ち、それでもメイの手を握るのは忘れずに、そそくさと歩き出した。
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