第三話 新たな探索方針
3.1
日が完全に沈んだ時点で、庇護居住地の人間はその殆どが眠りに就く。貴重な電気やマナ、油や木材を照明のために使ってまで活動するメリットがないからだ。
日が昇ったら目覚め、沈んだら眠る。原始的だが効率良く、そして健康に良いこの生活リズムを崩す者は少ない。
しかしその夜――
「このままのペースでいくと、アヴァロンの居住権を得るためにあと一〇年は掛かっちまう。それじゃ遅過ぎるんだ。……メイ、また痩せてただろ。あと何年もってくれるか分からない。だから、もっとマナを集めるための方法を考えたい」
――ジルはセリカとトンテを居間に呼び出し、昏獣の脂で作られた蝋燭に火を灯し、そう切り出した。
何故、貴重な蝋燭を消費する夜にわざわざ話をするのか。
何故、明日の朝では駄目なのか。
そんな疑問を、ジルの焦りが痛いほど分かるセリカとトンテは抱かない。
日々痩せていくメイを想いながらそれぞれが考えを巡らし始め、場には沈黙が訪れた。
蝋燭の小さな炎が揺らめき、二人と一匹の影が壁を這う。きつい獣脂の匂いが鼻を突き、黄ばんだ色の蝋がドロリと溶けた頃合いで、トンテが最初に口を開いた。
「単純ニ考エルナラ、探索ニ出カケル回数ヲ、増ヤスコトダナ。ソウスリャ、マナガ集マルペースモ、増エルゾ」
トンテの言葉に、ジルは頷く。
「そうだな。だが、今でもかなりタイトに探索へ出かけてる。これ以上探索の回数を増やしたら、体力が持たず逆に効率が落ちちまう」
ジルたちが一度に行う探索の日数は、平均して四日。それに対して、庇護居住地に戻ってから休憩し、再び探索に出掛けるまでの日数は短くて一日、多くても三日。
現状でも体力が回復し切っていない状態で探索へ出かけることがあるのに、これ以上ペースを上げるのは酷であり、愚かでもあるだろう。
再び訪れようとする沈黙を遮るように、次はジルが案を出す。
「探索地をより純度の高いマナがある場所、他の探索者が手を付けてない場所へ変えるってのも手だ。探索の回数はそのままに、集まるマナの量が増える。もし純度Sの巨大なマナを見つけることができたら、一気にアヴァロンの居住権が近付く」
この案は、セリカが首を横に振った。
「マナの純度が高い、他の探索者が手を付けてないってことは、より過酷な環境で、より危険な昏獣がいるってこと。多少の危険はしょうがないけど、死んじゃったら元も子もないんだから、もっとリスクの低い方法を探さないと」
基本的に、ジルはハイリスクハイリターン。セリカは安全重視。トンテは自身の体力にモノを言わせた、又は突飛な案を考え推奨する。
この手の会議は今までも幾度となく行ってきたのだが、ジルとセリカは互いの案を否定し、トンテの案はジルとセリカが否定するというのが今までの流れだ。
その流れは今回も変わらず、出る案と同じ数の異論が上がり、何も進展がないまま蝋燭の残りがどんどん減っていく。このまま蝋燭が尽きるか朝を迎えることになると思われたが、セリカが諦めの溜息と共に発した案が遂に進展をもたらした。
「居住地の人たちからマナを買い取るのはどうかな……。アヴァロンの換金率より高いレートを提示すれば、絶対売ってくれる。その分、探索する中でマナ以外の換金できる資源を集めて、かなりお金を作らないといけないけど」
過去に庇護居住地の大商人が巨額の資金を集め、買い取ったマナだけでアヴァロンの居住権を得たことが一度だけあったという。マナを買い取るというのは、一応実績のある有効な手段と言えるだろう。
「……危険性は上がるが、昏獣狩りをマナ探索のメインにすれば、セリカの案はかなり良いかもしれないな。昏獣を狩ればマナは手に入るし、肉は毒素さえなければそれなりの値段で売れる。毛皮や鱗、爪や牙、今日仕留めた奴みたいに鱗甲板を持っていれば、さらに金になる」
「トンテモ良イト、思ウゾ! オマエラガ、狩リヲシテル間、トンテハ周囲ヲ警戒シナガラ、マナヲ、探ス!」
「あぁ。俺とセリカが昏獣を狩って得たマナ。トンテが見つけたマナ。買い取ったマナ。今までの三倍とまではいかないだろうが、倍は収穫が見込めるかもしれない」
かなり希望的皮算用にはなるが、経験を重ねるうちに効率が上がり、二.五倍のペースでマナを集められれば、あと四年でアヴァロンの居住権を得ることができる。
あと四年。それならば、メイもきっと……。
「よし。今後の方針はこれで決まりだ。次の探索は明後日、その午前中に出発。昏獣との戦いがメインになるから、各自装備の確認と整備を行うように。問題なければ、今夜はこれで解散しよう」
セリカとトンテは頷き、それを確認したジルも頷く。
そして半分ほどの短さになった蝋燭を吹き消し、新たに決めた探索方針の成功を祈りながら、各自は部屋に戻って行った。
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