偽悪の念
私はけっこう危険思想だと思う。
「人類がいかに進化しているか、素晴らしいか」とか「人間は特別」とか、あるいは人間にしか当てはまらないような幸福論や善悪論を聞くと「じゃあ生き物の場合どうなのさ」「人間と虫に違いなんてないと思うけど。あ、一つあった。虫は地球を壊さないだろうけど人類は地球を壊しかねないってところだね」などと頭の中で邪悪なツッコミを入れている。
常々そんなことばかり頭に浮かべているのだ。きっと表情にも悪の心が滲み出ていることだろう。非常に人相が悪いに違いない。
……なのにどうしてなんだ。ちょっと気を抜いてボーッとしていると、街中で知らない人から話しかけられるのは。
駅では「良い天気ですね」と話しかけていただき、カラスウリを眺めていると「カラスウリの種は布袋さんの形をしているんだよ」と教えてくださり、ホタルを見ているとホタルがよく止まる植物について教えてくださり、公園で鳥を撮っていても話しかけてくださり、エスカレーターに乗っていると「あそこで珍しいものを売っていますね」と話しかけてくださり、自転車で山を登ると「どこから来たの?」と声をかけてくださり。
バス停にいれば「荷物を見ておいてください」と言われ、隣県(正しくは隣府)に行けば立て続けに二人から「今何時でしょうか」「◯◯(建物)はどこですか」と聞かれ。
「すみません、方向音痴なので地元でも道案内は自信がなくて……道は他の人に聞いていただいた方が……っていうか隣県ではこっちが聞きたいです」などと思ったり。
この間もベンチに座っていたら「コーヒー二本あるんだけどいる?」と声をかけていただいた。あと、自転車で走っていたら道を聞かれた。
……何だろう。社交的な人は誰彼かまわず声をかけるのだろうか。たとえ通りすがりの人間が邪悪なオーラを放っていても、一定の確率で話しかけるんだろうか。
たまたま話しかけた相手が危険人物で「ああ? なんだとゴルァ!」などと唐突にキレる可能性もなくはないので、話しかける相手は選んだ方が良いんじゃなかろうか。ちょっと心配になる。道のド真ん中で座り込んで日向ぼっこしているハトくらい無防備ではないか。
間違っても私は美人ではない。雰囲気も薄汚い。オシャレに興味がないので服はずっと同じのを着回しているし、化粧も毛剃りもせず街中をうろつく。頭髪はここ何年間か、自分でテキトーに切っていてボサボサだ。
もしかして哀れまれているのか? でもお金をくれたことはないな。
……子どもに見えるとか? それはないか。
いやいや、みんな街中で知らない人とお話するのが常識なのかもしれない。私は常識を知らないからなぁ。
しかし、もしも人恋しくて声をかけてくださっているというのなら、なんとなく分かる。私も対人恐怖症のくせに常にどことなく寂しい気持ちなのだ。もっと誰かと話したい、語り合いたい、興味を持ってもらいたい、一緒に遊びたいと思う。
生き物は皆、生きるのに忙しい。無為な時間を過ごし続けるわけにはいかない。自由気ままで責任も役割も感じなかった子ども時代はもう戻ってこない。受け取る愛から与える愛に変わってゆく。
生きているからお金や食べ物や役割が必要なんだ。生き物は頑張らないといけないんだ。
そんな正論を聞くと寂しくなる。生き物が皆肉体を持ち、毎日生きているという事実を寂しく感じる。誰かと一緒にぼーっと空っぽの時を過ごしたり、計り知れないくらい大きな何かに包まれたり、非日常に浸ったり、何もかも許されたりしたくなる。
そんな人恋しさが、同じような孤独感を抱えた人を引き寄せるのだろうか。それとも友達いっぱいで社交的で人好きな人は、地球上のすべての人間がお友達だと思っているのだろうか。
器の小さい人間には、考え方の違う多くの人間と仲良くできる、視野の広い人の感覚が読めない。
……ただ、知らない人が温かく接してくださる度に嬉しくなる。上手くは返せないけれど。そろそろ改心すべきかなと悪心が揺らぐ。
未来の世界は超平和で、すべての存在に居場所があって、たくさんの人や生き物とお喋りして暮らせたら良いなと思う。年齢も性別も生き物の種類も、時間も関係なく。誰も馬鹿にせず否定せず、邪魔にもならず迷惑という概念もなく、好きに過ごしたい。頑張りたい人が頑張りたいときに頑張って、のんびりしたい人はそのように、遊んで暮らせれば……。みんな思い通りに生きられたらなぁ……。
前世も来世も幽霊も宇宙人も死後の世界も信じるけれど、その前に今世をどうしたものか。行き場のない漠然とした孤独感をボトルメールのように、どこかの知らない誰かに流してみる。
私はテレパシーもエンパシーも弱いから一方的だけれど。通りすがりの人は意外とこういうものを拾って返事をくださっているのかもしれない。
*
昔は「あなたと一緒にいると癒される」と何人かから言っていただいたのに、今ではすっかり堕ちブレて煩悩の湖になってしまったなぁ。癒し系キャラを極める道もあったのに、勿体ない。
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