見習い魔術師の子守唄
ドアがコンコンと控えめにノックされて私の意識は覚醒した。
「……姉ちゃん、起きてる…………?」
この声はジグだ。不安そうな声が珍しい。どこか遠慮しているような、そんな声。
「ん、どうしたの?」
私はドア越しに声をかけて反応を待つ。何か
「……えっと、一緒に…………寝て良い?」
ドアの向こうから弟にしては控えめな声が聞こえて私は苦笑する。
「良いよ。いらっしゃい」
私の声にドアが開けられる。そこには彼の体に対して少し大きめな枕を持ったジグの姿があった。
からかってあげたいけれど、そんな雰囲気でも無いわね。私はそう思ってベッドの中心から端に寄る。ゴソゴソしているとジグもベッドに入ってきた。
ぽふんとベッドに上半身を落とすと弟も真似をする。その仕草にクスリと笑みが
「何だよ」
「んーん。何にも」
弟の顔が目の前にある。パパに似て少し頼りない顔付きだけれど、今はそれがぶっきらぼうに口を膨らませているのが可愛くて
「姉ちゃん」
「ん? 何?」
「温かいね」
「うん、暖かいね」
ジグの言葉とは少しだけ意味合いを変えて言葉を返す。
私はこの家族がとても好きなのだ。だからジグと、いや……家族と触れ合っている時はとても心が
「実はさ、オレ……姉ちゃんにお礼言ってなくて」
ジグの頭を撫でてあげようと左手をモゾモゾと動かしたら唐突にそんな事を言われた。
「どうしたの?」
当然、私の手は布団の中で止まり、疑問の声を投げかけた。
「……オレが高熱を出して寝込んだ時、助けてくれたの姉ちゃんだって。ママが……」
「ああ……えーっと」
私はどうやって返事をしたものかと少し迷ったが、そもそも私はあの時に何もしていない事にしたかった。多分ママが大げさに言ったんだろうと、どうやってジグに答えたらそう思ってくれるだろうか。
だけれどジグは悩んでいる私を
「そのせいで姉ちゃんが死にかけて……だからごめん。けど、ありがとう……」
ジグが少し涙ぐみながら鼻をすする。全くこの子は。
「こーら、あれは私が油断してて風邪伝染っちゃっただけだってば」
私はふふと微笑むと、手持ち無沙汰だった左手をジグの額にコツンとチョップのように軽く当てる。
あの時とは、三年前にジグが風邪を引いて高熱を出した時だった。ママも薬の調合にかなり神経を使っていたために私がジグの看病を買って出たのだ。ただ、あまりにも熱が下がらないために私は本来やってはいけない禁忌とされている事をした。
魔力の譲渡。
そもそも私は魔力量が少ない。そんな人間ができる事では無かった。ジグが苦しそうな息を吐いている時に何か力になりたくて額にそっと唇を落としたのだ。……魔力を込めて。
本来、この世界で魔力というものは人間の抵抗力にも関係している。そして人間はそれぞれ異なった魔力の属性を持つ。相性が悪い魔力だと体が拒絶反応を起こすのだ。血液型の違う人に輸血をする様なものだと思ってくれたら解りやすいかも知れない。だからそれを
その後、体内の魔力が少なくなった私に病魔は取り憑いた。そしてジグより重篤化して生死の堺を
「姉ちゃん、なんで姉ちゃんが魔術師の修行なんか行かなきゃなんないんだよ」
私がそんな事を回想しているとジグの声で現実に引き戻された。
「姉ちゃん、この村に居ろよ。体も弱いしすぐ病気するしオレ心配だよ。ずっとココに居れば良いじゃん。ゲルド兄ちゃんも面と向かっては言わないけど姉ちゃんの事を嫁に欲しがってるみたいだしさ」
「え……。ゲルドっていつも私をチンチクリンとか言って髪引っ張って、からかってくるじゃない。嫌」
ゲルドとはこの村に住んでいる幼馴染だ。私より二つほど年上でいつも私にちょっかいを出してくる面倒くさい少年。けれども弟のジグとは気が合うらしく、よくつるんでは村の人に悪戯をしている。……たまに木の実とか山菜とか川魚とか村の皆に差し入れてくれるのでプラスマイナスゼロみたいな感じになってはいるけれど。おっと、いけない。弟の質問に答えなくちゃ。私は少し考えてからどう言ったら解りやすく伝わるかとゆっくり言葉を紡ぐ。
「それにね、魔術師の修行をしないと大きな魔術を使っちゃいけないの。その中には私の体を強くする魔術もあるかもしれないし、病気に罹りにくい魔術もあるかもしれない。もし魔術師の修行をせずに大魔術とか使っちゃったらニゲル・アーラが来ちゃうよ」
私はちょっと脅かすように御伽噺に出てくる黒い翼を持った怖い悪魔の名前を出す。ニゲル・アーラとは魔力の流れを監視していて、分不相応な人間が魔術を使ったら一生暗い地下牢に幽閉してしまうといわれている。要は寝ない子を寝かしつけたり悪い子を躾けたりする為の怪談話と思ってくれれば良いかもしれない。
「……姉ちゃんは寂しくないのかよ」
ジグがまた涙ぐみながらゴシゴシと顔を擦る。ほんとにこの子は肝心な時にシスコン発動するんだから……。
「寂しいよ。けれど、ジグはお姉ちゃんが元気になって戻ってきたら嬉しいでしょ?」
私は苦笑してジグの頭をクシャクシャと撫でる。私には似ていない赤色の猫毛が気持ちいい。
「……わかった。オレ、姉ちゃんの居場所守っとく。いっぱい家の手伝いもする。…………だから……」
「だから?」
「……早く帰って来て」
ジグはそう言うと照れた顔を見られたくないのか、私に背を向けた。けれど月明かりで判るくらい耳が赤くなっているのでバレバレである。
「はいはい」
私は苦笑するとそのままジグの後ろから頭を撫でる。
「姉ちゃん」
「んー?」
「子守唄、歌ってよ。昔、姉ちゃんが作ったやつ」
「はいはい。歌ってあげるからちゃんと寝るのよ」
「うん」
私はクスリと笑って甘えん坊の弟の為に自作した子守唄を歌う。ジグが生まれた時に考えて、それからずっと弟を寝かしつける為に歌っていたものだ。
「ひらひらと ひらひらと
あなたの胸に光が当たりますように
きらきらと きらきらと
あしたの為に光が
今はお休み 愛しいこの夜
今はお休み 愛し子の夜」
ゆっくりと韻を踏んだ子守唄を静かに歌う。何回か繰り返さないと寝ないかな、と思っていたけれど歌い終わったら規則正しい寝息が聞こえてきたので私も眼を
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