第2話:旅立ち前夜の甘いベリー
「おめでとう! リン!」
「早いなぁ、もう12歳かぁ。産まれたときは本当に小さくて全く泣かない子だったから無事に育つかパパは心配だったんだぞ」
「姉ちゃん、おめでと!」
ママとパパと弟のジグからお祝いの言葉がかけられると同時にクラッカーが鳴らされ、光と音が弾けた。
この世界では魔法と魔術の概念があるみたいで、簡単な魔術なら誰にでも仕えるように簡略化されてグッズとして売られている物もある。魔法なんて伝説になってそうなもの、全く見たことないけれど。
地球の現代人に解りやすく説明するなら科学でもできるような事を魔術、例えばライターで火をおこすとか。摩訶不思議な理解不能な物、世界の
今鳴らされたクラッカーにしてもそう。前の世界だと火薬の臭いと紙吹雪が散って後片付けが大変なのだけれど、この魔術で作られたクラッカーは普段使っているコップの底に魔術式を書いてポンと叩くと星を模した光と音が出るだけで辺りも全く汚さず、ゴミも出ない優れもの。とってもエコ。しかもコップは普通に使えるってね。
原理としては光の精霊と風の精霊の力を借りている魔術で、魔術式が固定されているから子供が使っても危険は全く無い。
「ありがとう、パパ、ママ。そしてジグ」
目の前には私の誕生日を祝ってくれる家族。ニコリと笑顔で返して椅子から立ち上がるとワンピースの裾をつまんでカーテシーもどきな礼をする。
この世界に来てから、何回も元の世界の父と母を想って泣いた事もあるけれど流石に12年も経てば悲しみも薄れていくし、ずっと育ててくれたこの人達に情が沸かないわけが無い。
……パパに関しては朝寝坊すると剃っていないヒゲでジョリジョリして起こすのはやめて欲しいものだけれど。
「さ、ケーキを食べましょう?」
ママがケーキを切り分けて、お皿に乗せてくれる。この世界では誕生日に蝋燭を立てて息を吹きかけて消す、なんて作法は無いらしい。
昔、そんな風習が無いのか聞いた事があるけれど、すごく怪訝な顔をされて「勿体無いでしょう? そんなにやりたいなら魔術で炎だけ点けてあげるけど」なんて言われた。
うちが蝋燭も買えないほどケチなだけかと思ってたらそうでもないみたい。どの家庭でも誕生日ケーキに蝋燭なんて立てないって聞いた。これは小麦粉の質にも寄るけれど、スポンジケーキより少し堅いせいね。
いただきまーすと心の中で手を合わせる。流石に日本人としては、この作法を忘れられない。元、がつくのが悲しいところだけれどね。
食事の前に、すでに精霊と月と太陽の神様に祈りを捧げてある。この世界の作法で、手で二つの月と太陽を表す印を結び、祈るのだ。
ジグも私も手が小さいので、結べるようになるまで随分苦労した記憶があるのだけど。
「……美味しい!」
上に乗っている砂糖漬けのベリーを口に入れた瞬間、甘酸っぱい香りが鼻から抜ける。そしてプツッと弾ける果実、わずかな酸味が舌を引き締めてから続く甘みに頬がきゅうと上がり、自然と笑顔になる。
「リンは果物好きだからなぁ」
パパが笑い、ママも私の様子に微笑んでいる。
「姉ちゃん、これあげる!」
ジグが自分のベリーを私のケーキのお皿に置いてくれた。誕生日だから特別なのね、きっと。普段は私のお皿からおかずを鷹の様に攫っていくくせに。
「ありがとう、ジグ」
ニコリと笑い、弟がくれた果実を口に運ぶ。
「ん〜〜〜〜!?」
甘くはあるけれどさっきよりだいぶ酸っぱい、頬の奥が引っ張られるような感触。
酸っぱさに耐え切れず目を固く瞑り、腕をパタパタと振る。
「へへ、姉ちゃんはまだ木の実が熟してるか見分けられないんだな〜! 部屋にばかり篭もっているからだぞ」
ジグが勝ち誇ったような目で鼻を擦っている。自分のケーキのクランベリーが酸っぱいのを知ってて私に食べさせたみたいだ。油断していた。いつもなら見分けられるのに!
「ジ〜〜グ〜〜!」
少しだけ涙目になった私はポケットから小さな宝石を埋め込んだ木製のハンドルを取り出す。
ハンドルとは
でもこの世界では糸で人形を操っている人は少数派だ。大抵、自分の持っている属性の魔力をハンドルに注ぎ込んで糸の代わりにする。不可視の魔力糸と言えば解り易いかも知れない。
短く詠唱し、ハンドルの中心に嵌め込まれているルビーに人差し指で魔力を込めると部屋の隅に座っていた人形がスックと立ち上がる。高さは大人の膝丈くらいだ。甲冑をつけたドールで、日本で観ていたアニメに登場するちょっとドジな女性騎士をモチーフにしたものだ。
人間サイズのドールなんてとてもじゃないけれど作れないし、何かあった時に持ち運ぶ事が出来ない。
でも出来栄えは良いし、パパもママも褒めてくれた。……ジグだけは女が騎士なんてかっこわるい! と拗ねてたけど。
家で剣を抜かせるわけにはいかないので、ドールの近くに丸めて樽に放り込んであった魔術媒体用の羊皮紙を掴ませる。
「わわ、姉ちゃん! 勘弁!」
ジグが慌てて椅子から降りるけど逃がしはしない。
「問答無用!」
スポーンと小気味良い音が響いた。
私の人形が丸めた羊皮紙でジグの頭をはたいた音だ。
「うづづ……」
ジグが頭を押さえているけど痛くはない筈だ。……少なくともママの拳骨よりは。
パパもママもいつもの事なので慣れっこといった感じだ。
「ほら、リン、ジグ。埃が舞っちゃうでしょ。そこまでにしときなさい。それに、リンは明日から居ないのよ?」
ママがやんわりと仲裁する。
「分かってるよ! だけど……やっぱ…………だけどぉ!」
ジグが駄々を捏ねている。この世界では魔術を勉強するなら十二歳で一人暮らしを始めなければいけない。
薬物や魔法石の研究をする為に人里より少し離れた所に居を構えなければいけない決まりがあるのだ。
他人に迷惑をかけない為でもある。その昔、寂しがりやの見習い魔女が街に住み研究をしていたけれど、その近辺で異臭騒ぎやら植物が一斉に繁殖したりした事があったと御伽噺にもなっている。
人に迷惑をかけないって難しいんだなぁ、と子供心に感じた。
物思いに耽っていたらいつの間にかジグが隣に居て、目を赤く腫らせて鼻をスンスンと鳴らして吸っている。
しょうがないなぁ……。
「ほら、ジグ、おいで」
人形を壁際に立たせてハンドルを置く。ハンドルから手が離れると人形からプツリと動力の糸が切れた様に微動だにしなくなった。
私は座ったまま腕の中に弟を迎え入れる。私より随分と大きくなってしまった弟だけれど中身はまだまだ子供。
頭をポンポンと撫でながら、この甘えん坊でヤンチャな弟を慰めた。
弟の頭を抱きつつ、育ててくれたパパとママに向き直る。
ぐぇとか腕の中で声が聞こえるけれど気にしない。その気になれば自分で振り払えるくらいの力しか込めてないし。
「パパ、ママ、今まで育ててくれてありがとう。二年したら多分戻ってくるけど、それまでお別れね」
腕の中の弟がお別れと聞いて身じろぎしたので続ける。
「ついでにこの甘えん坊が姉離れできるようにね」
甘えん坊じゃない……と顎の下から聞こえたけれど聞こえないフリをした。
パパに到っては涙ぐんでるし……。
ママは苦笑しながらパパを慰めてる。
他所様の家族はあまりどうか分からないけれど、うちの家族は相当に涙脆くて御人好しだ。
そういえば
少しだけホロリと感傷的な気分になった。
リンの家族はジグっていう弟が居るけれど、前世である
いけないいけない、こんな事じゃ。
せっかく生まれ変わったんだし。それに……たぶんリンの体と精神は未熟児として産まれたおかげで生後すぐに死んでしまったのだと思う。
話を聞く限り、私の記憶がある時期とリンが生後に息が止まってまた吹き返した時と一致してる。それに……前世では叶えられなかった夢……。今度は家族を大切にしたい。その為に一人前の魔術師になって心配かけないようになりたい。
少しだけ回想をしているとママの言葉に現実に引き戻された。
「さ、料理が冷めてしまうわ。リンもジグもアナタも、今日はいっぱい食べて、明日リンを楽しい気持ちで送ってあげましょう?」
「おう、そうだな! ママの料理は世界で一番だからな! 今日はジグも動けなくなるまで喰わせてやるぞぉ!」
話を振られたのでジグの頭をそっと離す。
ジグがちょうど座っている私の目線の高さだったので、また頭を撫でてやり、ニコリと微笑んだ。
「パパとママを頼むわね、ジグ」
その言葉にジグは強く頷くとハッキリ言った。
「うん、いつでも姉ちゃんが帰って来てもいいようにいっぱい手伝いする!」
その言葉に私は笑みを絶やさず頷いた。
……
12歳になった私は明日、親元を離れ旅にでます。
あ、言い忘れてたけれど私、魔術師見習いになりました。
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