文明退廃論者

武田修一

夜に溶けて

 憂鬱な日曜日。

 外はまだ暗い。手を伸ばして枕元に置いた時計を取るが、そこに表示されているのはまだ朝の六時で。日曜日の休みだというのに、まだ惰眠をむさぼることだってできるはずだったのに。ここから二度寝という至福をしてもいいのだが、そうもいかない。ゆるゆると枕元に時計を戻し。

「おりゃ!」

 かけ声をつけて、布団を蹴っ飛ばして、パジャマを脱いだ。バァン、と音を立ててクローゼットから適当な服を引っ張り出して、着る。テーマはかわいい女子。うそ。適当に引っ張り出したらそうなっただけ。

 部屋から出て、顔を洗って、髪の毛を整える。ふてくされた顔もなんとか整えて。服に似合う顔にしよう、とすればするほど遠退いていく。

「彼女に似合う顔」

 鏡の中のわたしは、ようやくといったように笑った。


 朝食も食べずに、バッグだけ持って、家の外へと出る。準備をしている間に日が昇っていたらしく、辺りは明るくまぶしい。腕につけた時計を見れば、まだ朝の七時といったところで。朝起きるのが早い彼女はきっともういるだろうけれど。

 まぶしい太陽を睨み付けて、歩き出した。


 □□□


「あら、早いのね」

「今日だけだよ。約束したでしょ」

「そうだったわね」

 ふふ、と彼女は笑いながら、花に水をやっている。たぶんわたしとした約束なんて忘れているのだろう。それでもいい。彼女といられるなら。

 水がぽたぽたと彼女の手から滴っている。それを鬱陶しそうにぱっぱっと手を振り、水を払う。

「で、なんの約束だっけ?」

「……小夜子、ほんとに覚えてないの。」

「ごめん!」

 目の前でパンと手を合わせて、言う。そうたわいのない約束だったから。彼女にとっては、小夜子にとっては、どうでもいいことだったのだろう。いつもなら流せた、いいや今日だって流せるはずだ。小夜子の癖は今に始まったことじゃないのだから。だから今日だって、今日だって。

「そっかあ。じゃあ今日は帰るね」

 流せなかった。

 小夜子は悲しそうに顔を、歪めて、それでも美しい顔を保ったまま。わたしに何も言えないでいる。そのきれいな顔を見るのもなんだか辛くなって、わたしは走って逃げた。



 帰ってからも、ただいますら言わずに自室にこもる。明るい日差しが鬱陶しい。きらきらとわたしを照らそうとする光が。荒々しくカーテンを閉めた。

「…………」

ぼろぼろとこぼれ落ちる涙も、揺れる感情も。自分勝手なものだった。そうはわかっていても、今すぐコントロールできるものでもなく。

「明日になったら謝ろう……」

ぼろぼろ泣きながら、ベッドに潜り込んで、目を閉じた。

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