第449話 ギルドからの依頼
「くっさ! にゃんだ、この臭い!」
ベースキャンプで目を覚ますと、青臭いような苦いような変な臭いが漂っていた。
俺を抱えて眠っていたレイラも、目を覚まして顔を顰めている。
「これ、シビレアザミの汁の臭いね」
「シビレアザミ?」
「イブーロとか、アツーカの辺りには生えていないと思うけど、舐めると舌が麻痺するし、傷口に付くと体が痺れたりするのよ」
シビレアザミは暖かい地方に生えているアザミの一種で、汁には毒があるそうだ。
ゴブリンとかコボルトとか、食用に向かない魔物の討伐などでは弓矢や槍の穂先に塗る毒の材料として使われるらしい。
「でも、ダンジョンの中には生えてないよね?」
「たぶん、例のアースドラゴンを追い払うために撒いたんじゃない?」
「あぁ、魔物除けにも使われるんだ」
アツーカ村では、魔物除けにはニガリヨモギを乾かして粉にしたものが使われるが、この辺りではシビレアザミの汁が使われるようだ。
「でも、アースドラゴンにも効くのかな?」
「さぁ? でも何もしないよりはマシなんじゃないの?」
ダンジョン最下層にいると思われるアースドラゴンが、新区画の発掘が行われている階層まで上がって来ないように、今日もエレベーターシャフトの封鎖作業が行われる予定だ。
同時に、スロープの封鎖作業にも取り掛かるそうで、シビレアザミの汁はそちらに撒かれているらしい。
俺達のいるベースキャンプは、連絡通路から俺達専用の通路と扉を抜けた先にあるのだが、ここまで臭いが侵入してきている。
ということは、通路の向こう側は更に臭いがキツイのだろう。
ベースキャンプでの食事はチャリオット独自のものだったり、調査隊と一緒に食べたりと日によって違っている。
今朝は調査隊の面々も一緒に食事をしているのだが、みんな微妙な顔つきだ。
朝食の味は悪くないのだが、どうしてもシビレアザミの臭いが鼻につく。
元々、朝の弱いセルージョなどは、食欲半減どころか四分の一以下まで落ちていそうだ。
「ちっ、いつまでこの臭いを嗅がされるんだ……てか、いつになったら慣れるのかって話になりそうだな」
シビレアザミをアースドラゴン除けに使っているのならば、少なくともスロープを完全に封鎖し終わるまでは無理だろう。
その後も、こちらの階層まで上がってこられそうなルートを潰し終えるまでは、この臭いは消えないのだろう。
相変わらず、アースドラゴンの咆哮も響いてくるし、ベースキャンプの環境が急速に悪化しているように感じる。
朝食を済ませて、ライオスを中心にして今日の予定を話し合っていると、ギルドの職員モッゾが訪ねて来た。
「申し訳ありませんが、エルメール卿に手伝いをお願いできませんでしょうか?」
「俺に? 何でしょう?」
「スロープの封鎖に向かう連中の護衛をお願いできませんか?」
「それって、アースドラゴンと戦えってことですか?」
「戦うというか……なんとか、追い払えませんか?」
簡単に言ってくれるけど、レッサードラゴンを二口で飲み込んでしまうような巨体を追い払うのは容易ではないだろう。
「砲撃はダンジョンの崩壊を招く恐れがあるので、やるなら雷の魔法陣を使うしかないかなぁ……」
「勿論、ギルドからの依頼ですので、報酬はお支払いいたします」
「うーん……ヤバイと思ったら逃げても良いならば……」
「それは、構いません。スロープの封鎖を行う者達にも、アースドラゴンが接近してきた場合には撤収するように言ってあります」
「それじゃあ、俺が接近してくる前に追い払えないか試みて、駄目だったら速やかに撤収ということですね?」
「はい、その感じでお願いします」
正直に言って、アースドラゴンと戦うのは怖いし、ダンジョンが崩壊して生き埋めになるのも怖いけど、スロープの封鎖に向かう人達もリスクを冒して行くのだ。
俺達は新区画を発見したという功績はあるにしろ、自分達だけ安全な場所にいて、発掘品の利益を手にするのは虫が良すぎる気がする。
「じゃあ、私も行くわ」
「ごめん、レイラは残っていてほしい」
「あら、どうして?」
「本当にヤバくなったら、他の人を放り出してでも逃げて来るつもりだから」
「私は足手まとい?」
「そこまでは思っていないけど、相手が相手だから、レイラを守りながら戦う余裕は無いと思う」
ワイバーンと戦った時も、最初は全くと言っていいほど歯が立たなかった。
目の前で多くの冒険者が命を落としていったし、アースドラゴンともなれば更に多くの犠牲者が出たとしてもおかしくない。
だからベースキャンプに残って欲しかったのだが……レイラの右の眉がピクっと上がったのを見て駄目そうだと思ってしまった。
これは、レイラが不機嫌な時に見せる仕草だ。
「それなら、猶更私も一緒に行くわ」
「レイラ……」
「別にニャンゴの邪魔をしようと思っているんじゃないわよ。私やスロープの封鎖作業をする人達が余裕を持って逃げられるタイミングで撤退すれば良いだけの話よ」
「でも相手は竜種なんだよ」
「それでもよ。そのぐらいに余裕を持って撤退する判断をしないと、ニャンゴは無茶しそうだからね」
「そんなことは……」
「無いって言いきれる?」
そう言われてみると、確かに俺一人なら逃げ切れると考えたら、ギリギリまで戦うという選択をするかもしれない。
「ここはダンジョンの中で、地上で戦うのとは状況が違うわ。判断を誤れば、アースドラゴンと一緒に地の底に生き埋めになっちゃうわよ」
「でも、俺一人だったら……」
「何を言ってるの、ニャンゴの代わりになる人なんかいないのよ。ニャンゴはもっと自分の価値を自覚した方がいいわ」
「そうです、レイラさんのおっしゃる通りです。我々としては、作業を安全に進めるために手伝っていただきたいのですが、エルメール卿に危険が及ぶような事態は避けて下さい。勿論、作業をする者達の安全も確保していただきたいのです」
「そうか……俺だけ逃げ延びても意味が無いってことか」
かくして、俺の暴走予防のためにレイラが同行することになった。
ライオス達は、今日もエレベーターシャフトを埋める作業に参加する。
「兄貴、今日も気をつけて行ってこいよ」
「ニャンゴこそ無茶するなよ」
「分かってるって」
兄貴と一緒にベースキャンプを出て連絡通路に向かったのだが、扉を開けた途端シビレアザミの臭いが強くなった。
同時に、アースドラゴンの咆哮が響いてくる。
「グォォォォォ……」
昨日と比べて、特段大きく聞こえないので、まだ最下層から這い上がってきていないのだろう。
「エルメール卿、ダンジョンの地図です。連絡通路のある場所から、真っ直ぐ南に進んで、突き当りの階段を使って最下層まで降りてもらいます」
「こっちは、他の階段の場所ですね?」
「はい、階段は別にもありますので、アースドラゴンに追い詰められないように、早め早めの撤収をお願いいたします。それと彼は、封鎖に参加する者達のまとめ役、私と同じギルド職員のへリングです」
「よろしくお願いします、エルメール卿」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
へリングは二十代半ばぐらいの犬人で、風属性の探知魔法を使えるそうだ。
現場の監督をしつつ、自分も警戒を行うらしい。
封鎖作業を行う冒険者は二十人程度で、全員が土属性だそうだ。
各々が自前の武器と明かりの魔道具を手にしていた。
「では、出発しま……えっ?」
へリングが出発の合図を出したので、進行方向に明かりの魔法陣を浮かべて視界を確保した。
空属性魔法の探知ビットも使って警戒はしているが、目視が可能な明るさがあるのと無いのとでは大違いだ。
「これは、エルメール卿の魔法ですか?」
「えぇ、明るい方が安心ですよね?」
「勿論です。これほど先まで見えるのは有難いです」
昇降機に向かう綺麗に掃除された通路に慣れてしまっていたが、ダンジョンを縦断する通路は土埃に覆われていて、いかにもダンジョンという雰囲気だ。
俺が明かりを灯しているけど、先頭を歩く冒険者は気持ちを緩めていない。
左手に小振りの盾を持ち、右手には片手剣を携えて、魔法陣の明かりが届かない闇の部分を警戒している。
俺とレイラは、先頭の二人からは少し離れた場所にいるが、いつでも空属性魔法を使ってシールドを展開する準備は整えておこう。
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