第433話 余波

 ダンジョンの内部は、明るさによって昼夜の区別がつかないので、ともすれば時間の感覚が麻痺しかねない。

 そこで調査隊は、毎日時間を決めて行動している。


 俺達チャリオットも基本的に調査隊と行動を共にしているので、一日のスケジュールもほぼ一緒だ。

 起きたら顔を洗って、朝食を食べながら今日の各自の行動を確認し、身支度を整えたら一日の作業に取り掛かる。


 本日の俺の予定は、建物二からのディスク再生用の機器の回収だ。

 スマホでは大勢で見られないので、もっと画面の大きなタブレットかプロジェクターのような物があれば回収してくる予定だ。


「ニャンゴ、もっと色っぽいディスクは無いのか?」

「セルージョが欲しがるようなものは無かったかも……」


 実際、発掘調査を開始してから、まだアダルトコンテンツには遭遇していない。

 ディスク売り場には、グラドルのイメージビデオみたいなパッケージは見掛けたが、アダルトビデオの類は発見していない。


 よく考えてみると、前世の日本と同程度以上に発展した世界だったとしたら、アダルトコンテンツの発見は難しいかもしれない。

 ディスクでの販売はあったかもしれないが、レンタルとかネット配信の方が主流になっていたような気がする。


 その場合、レンタルや中古のディスクには固定化の魔法陣なんて使われていないだろうから、例えディスクを発見できても劣化によって再生できない可能性が高い気がする。

 例え、新品のディスクが残っていたとしても、ショッピングモールとかには置いていないのではなかろうか。


 もっと路地裏にある怪しげな店の方が、アダルトビデオのディスクを発見できる可能性は高いだろう。

 朝食を終えて、出発の準備を進めていると、また連絡通路の方が騒がしくなってきた。


 少し離れているし、通路の壁や天井に反響して響いて来る。

 奥で着替えていたセルージョも、ベースキャンプの出入り口に視線を向けながら出て来た。


「何でぇ、何でぇ、朝っぱらから喧しいな」

「またレッサードラゴンでも出たのかな?」

「大方そんなところだろう」


 最下層で討伐をする冒険者が減ったせいで、魔物の数が増えていると数日前に聞いたばかりだ。

 レッサードラゴンは、俺達が発掘を始めた頃にも、連絡通路の近くにあるエスカレーターから上って来ていた。


 もしかしたら、それらの個体かも……と考えたところで思い出した。

 エスカレーターは、大型の魔物が昇って来られないように人間が通れる大きさを残して通路を塞いだはずだ。


 少なくとも、下の階層に向かう通路は塞いであるはずだから、大騒ぎするような状況は起こらないと思うのだが……。


「セルージョ、ちょっと見に行ってくるよ」

「今日の予定もあるんだから、あんまり長時間になるようなら報告に戻ってこいよ」

「分かってる、居住区にいる暇そうな奴を捕まえて事情を聞いて来るよ」


 ベースキャンプからダンジョンへと向かう通路の扉を開けようとしたのだが、妙な気配を感じて直前で思い止まった。

 扉の向こう側を空属性魔法の探知ビットを使って探ってみると、数えきれないほどの反応があった。


「にゃんだ、これっ!」

「どうした、ニャンゴ」

「扉の向こうがに何かいる! 一匹、二匹じゃなくて、もっとウジャウジャって感じ」

「何だと……」


 歩み寄って来たセルージョは、風属性の探知魔法を発動させて扉の向こう側を調べ始めた。


「なんだ、この数は……こいつらネズミなのか?」


 ネズミというよりも子猫ぐらいの大きさの何かが、通路を埋め尽くすように居座っている。

 ダンジョンの方からは、まだ怒号とか悲鳴が聞こえていて、大きなネズミは更に数を増やしているように感じる。


「ニャンゴ、扉の向こう側に明かりを灯せるか?」

「できるよ」

「少し強めに光らせてみてくれ」

「分かった」


 扉の向こう側に空属性魔法で明かりの魔法陣を作って発動させる。


「キーッ! ギィーッ!」


 明かりが灯った直後、扉の向こう側から混乱した叫び声が上がり、居座っていたネズミ共が光から逃れるように一斉に走り出した。


「いいぞ、明かりでむこう側に追い出しちまえ」

「任せて!」


 ネズミ共は光を嫌うらしく、煌々と明かりを灯すと連絡通路の方角へと逃げ出した。

 そのまま明かりの魔法陣を移動させて追い掛けると、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「とりあえず居なくなったみたいだけど……あいつら人を襲うのかな?」

「さぁな、そいつは向こうの連中に聞いてみれば分かるだろう。ちょっと扉の向こうを見ておきてぇな。ニャンゴ、奴らが戻って来てもいいように、通路を途中で封鎖してくれ」

「分かった」


 途中を空属性魔法で作った壁で封鎖してから、扉を開けて通路の様子を確かめる。

 特に変わった様子は見当たらないが、あちこちに糞が落ちていた。


 小型の自走式掃除機を作って、掃除しながら連絡通路へと向かう。

 煌々と明かりを灯しているからなのか、ネズミが戻って来る様子は見られない。


「向こうに行ったみたいだな」


 セルージョが指差したのは、通りを挟んだ反対側の発掘現場だ。

 こちらの通路から飛び出したネズミ共は、連絡通路を渡らずに発掘現場の方へと逃げ込んだらしい。


「建物に入り込まれると面倒だね」

「とりあえず、通路を明るくして寄せ付けないようにして、扉を一枚増やすか……」


 扉を増やすと出入りが面倒になるが、外からネズミなどに入り込まれるリスクは軽減させられる。

 ベースキャンプに戻ったセルージョは、ガドに相談して早速扉の増設に取り掛かってもらった。


「扉が出来上がるまでは、ニャンゴも待機していてくれ。デカイ相手ならばガドが食い止めるが、小さい奴が数で押してくると擦り抜けられそうだからな」

「そうだね」

「それに、そのうちライオスが戻ってくるから、封鎖した壁も解いてもらわないとならねぇしな」


 扉が出来上がるまでの間、通路は入り口で封鎖してある。

 事情を知らせる張り紙と空属性魔法で作った通信機が置いてあるので、声で知らせてもらったら封鎖を解除するつもりだ。


 ガドと兄貴が二人で作業して、新しい扉は二時間ほどで完成した。

 建物側から連絡通路に向かって開く形で、外側には閂と連動するハンドルが付いている。


 扉の中程には、細い覗き窓が付いていて、扉の向こう側を確認できる。

 硬化の魔法もガッチリと掛けられているようで、とても急ごしらえの扉には見えない。


 扉が二つになったので、片方ずつ開閉すれば外部からの侵入は防げるはずだ。

 調査隊の人達にも扉を新設したことが伝えられ、セルージョが運用方法を説明しているところにライオス達が戻ってきた。


「ニャンゴ、俺だ開けてくれ」

「周りにネズミはいない?」

「今の所は大丈夫そうだ」


 ライオスにも扉を増やしたことを伝えて、通路を封鎖していた壁を解除した。


「お帰り、ライオス」

「こっちは入り込まれなかったのか?」

「うん、そこの扉の外までは来てたけど、中には入られていないよ」

「そうか、居住区や通路に出店を出していた連中は酷くやられてたな」

「やられてって……人が襲われたの?」

「いいや、被害を受けたのは人じゃなくて商品だ」


 ナッツやドライフルーツ、携帯食、干し肉など、売り物に群がって食い尽くしていったらしい。


「人は襲わないみたいだから、ちょっと安心したよ」

「いや、安心するのは、まだ早いぞ」

「えっ、やっぱり人も襲うの?」

「いや、そういう意味じゃなくて……やつらが出て来た理由があるはずだ」

「そうか、もっと強い魔物に追われて逃げて来たのか」

「その可能性は十分に考えられるな」

「レッサードラゴンが原因なのかな?」

「それは分からないが、全く無関係ではないだろうな」


 もしかして、ダンジョン最下層の横穴からスタンピード的な事が起こっていたりするのだろうか。

 だとしたら、最悪の場合にはダンジョンから出られなくなりそうだ。


「ライオス、ギルドは何か対応策を考えているのかな?」

「討伐の依頼を出すと同時に、威力偵察をするつもりらしい」

「つまり、現状把握を優先してるのかな?」

「状況が分からないと対策の立てようがないからな」


 ギルドにとって、発掘現場の安全確保は最重要案件のようだ。


「もしかすると、冒険者が討伐を始めた影響だったのかもしれないぞ」

「冒険者に追われた魔物が逃げ込んだ先がネズミ共の棲家で、魔物に追い出されたネズミが暴走した……って感じ?」

「そういう状況も考えられるな」


 ダンジョンは広いけれど、閉鎖された空間でもある。

 どこかに歪みが発生すると、それが意外な方向から伝わってくる可能性がある。


「少し食糧の備蓄を増やしておいた方が良いかもしれないな」

「それって、ダンジョンに閉じ込められるってこと?」

「無いとは言い切れない。魔物が大量に押し寄せてきた場合、俺達だけなら抜けて行けるかもしれないが、いくらニャンゴがいても調査隊全員を連れて地上に戻るのは難しいだろう」


 確かにライオスの言う通り、戦える人間の集団で移動するのと、戦えない人を守りながら移動するのでは難易度が全然違ってくる。

 非戦闘員が多い場合には、下手に動かずに救助を待った方が良いかもしれない。


 その場合、救助が来るまでの食糧が必要になる。


「そんな状況になってもらっちゃ困るが、念のために学院の連中と相談しておこう」


 ライオスが調査隊の教授陣と相談し、ベースキャンプに備蓄する保存食を増やすことになった。

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