第424話 伝わってくる噂(オラシオ)

※ 今回はヒロイン?オラシオ目線の話です。


 生け垣を抜けて右に曲がると武術場、真っ直ぐ行くと宿舎。

 右の道には二人……いや三人か。


 存在は感じ取れるが、並んで歩いている人は境い目が曖昧になって人数が捉えにくい。

 もっと明瞭に感じ取れるように、もっと深く、深く風を感じろ。


「痛っ……」

「うもぉ、ごめんトーレ」

「また探知の訓練?」

「うん……遠くを気にすると近くが疎かになっちゃって……」

「頑張るね」

「うん、じゃないと追い付けないから」


 グロブラス領での騎士団の手伝いは、反貴族派のアジト二ヶ所を壊滅させたところで終了となり、僕らは王都の訓練場へと戻ってきた。

 初めての実戦で危うく命を落としてしまうところだったが、偶然駆け付けてくれたニャンゴに助けてもらった。


 でも、この先も王国騎士を目指して活動していくならば、偶然に頼っている訳にはいかない。

 遠征から戻った後、僕とザカリアスは本格的に探知魔法の習得に取り組むようになった。


 なぜ訓練所では探知魔法を教えてくれないのか教官に訊ねてみたら、騎士見習いは二年目が終わるまでは体力、魔力の強化を目指す方針だからだと聞かされた。

 王国騎士たるもの、圧倒的な力を持って混乱、暴徒を制圧し、世の中の平穏を保たなければならない。


 そのためには、基礎となる体力と魔力の強化は絶対条件だそうだ。

 そこで、二年目まではひたすら強化し、繊細な制御については三年目以降に教える方針だそうだ。


 それでは、探知魔法の練習をしてはいけないのかと聞いたら、本来の訓練メニューをこなし、既定の成績を修めているのであれば、時間外に訓練するのは構わないと言われた。

 そこで、移動する時に風属性の探知魔法を使い、目を閉じて歩く方法を思いついて実践しているのだが……こうしてトーレやザカリアスに何度も何度もぶつかっている。


 というか、僕が転んだり他の訓練生や教官とぶつからないように、いつも僕の前を歩いてくれている気がする。

 今は魔法の訓練場からの帰りなので、訓練場所が違うザカリアスの代わりにトーレが僕の前を歩いてくれていたようだ。


「探知魔法の訓練もいいけど、遅くなると夕食が無くなる」

「うもっ、それはマズい、急ごう」


 頷いたトーレと一緒に足を速めて宿舎へと戻った。


「おぅ、遅いぞ、二人とも」


 食堂へ行くと、別の場所で訓練をしていたザカリアスが待っていた。

 ザカリアスは土属性なので、僕らのような射撃ではなく造営、破壊の訓練を行っている。


 屋外の戦場では仮設の城壁や塹壕の設営、屋内の戦場では壁を破壊して突入するのが土属性の役割なので、専用の訓練場が設けられている。


「オラシオが、ふらふらしてるからね」

「うもっ、トーレ言い方ぁ!」

「ふははは、ふらふらオラシオか、シャンとしないと置いてかれるぞ」

「分かってるよ……」


 このところ、訓練場でも度々ダンジョンという言葉を耳にするようになった。

 今も食事中の訓練生からは、ダンジョン、アーティファクト、そしてエルメール卿の名前が聞こえてくる。


「今日はオークのミンチフライだぜ、早く並ぼう」


 僕らを待っていたザカリアスは、もう限界だとばかり胃の辺りをさすりながら、カウンターの列の後ろへと向かった。

 そんなにお腹が空いているなら、先に食べていれば良いのに、それをしないのがザカリアスらしい。


「おっと、俺も入れてくれ」

「ルベーロ、情報収集は終わったの?」

「まぁな、ちょい新ネタを掴んだから戻ってきた」

「新ネタ?」

「そいつは食いながらにしよう」


 訓練生や教職員にまで声を掛けて、色んな外の情報を聞きだしてくるのがルベーロの特技だ。

 だからといって、訓練をサボっている訳ではなく、僕らよりも魔力量が少なめなので、早く使い切ってしまうので訓練時間も短めなのだ。


 ただ、魔力を使い切ると結構な倦怠感を覚えるんだけど、その状態で聞き込みに走り回るのだから良い根性をしていると思う。


 オークのミンチフライは、ミンチにした肉に炒めた玉ねぎなどの野菜を混ぜ、パン粉を付けて油で揚げたものだ。

 僕の手のひらぐらいもある大きなフライが三枚、それに野菜たっぷりのスープ、付け合わせのご飯かパンはお替り自由だ。


「えっ、ザカリアス、ご飯とパン両方食べるの?」

「おぅ、ミンチフライをパンで挟んで、それをオカズに飯を食うと美味いんだぜ」

「うもっ、それ美味しそう、僕もやってみる」


 僕とザカリアスが、パンにミンチフライとキャベツを挟み、それをオカズにご飯を食べ始めたら、ルベーロとトーレが微妙な顔をしていた。

 どうしてだろう、美味しいのに……。


「ねぇ、ルベーロ、新ネタって何?」

「話してもいいけど驚くなよ、オラシオ」

「うん、大丈夫だよ」

「いや、オラシオはちょっと度を越してるからなぁ……」


 ちょっと眉をしかめたルベーロを指差しながらトーレが指摘した。


「つまり、エルメール卿絡み」

「えっ、ニャンゴがどうかしたの?」

「ほら、キャベツがこぼれてる……エルメール卿は無事だから落ち着け、オラシオ」

「うも……ごめん」


 ニャンゴの話になると、ついつい夢中になってしまうのは僕の悪い癖だ。

 しゅんとした僕の代わりに、ザカリアスが続きを訊ねた。


「それで、エルメール卿がどうしたんだ?」

「いや、エルメール卿は直接関わっていない話だ」


 そう前置きすると、ルベーロはキョロキョロと周りを見回してから、僕らに耳を貸すように手振りで合図して声のトーンを落とした。


「エルメール卿がダンジョンに潜っている間に、旧王都の学院で襲撃事件があったらしい」

「反貴族派か?」


 ザカリアスの問い掛けに、ルベーロは頷いてみせた。


「どうやら襲撃には、王都の『巣立ちの儀』襲撃事件の時と同じ武器が使われたらしいぞ」

「それって、エルメール卿達が発掘した可動するアーティファクトが狙いなのか?」

「まだハッキリとは分からないみたいだが、これまで襲撃されなかった学院が襲われたんだ、それしか理由は無いだろう」


 今、旧王都にあるダンジョンでは、ニャンゴ達によって次々と新たな発見がなされているらしい。

 これまで発見されることが無かった、実動するアーティファクトが発見され、その一部をニャンゴは使いこなしているそうだ。


 僕には難しい話は分からないけれど、新王都からも大規模な調査隊が編成、派遣されているらしい。

 既にニャンゴには、新たな魔法陣の構造を発見した功績により学位が授けられているそうだが、教授の地位を授けるべきだという声もあるそうだ。


 僕としては、ニャンゴの功績がたくさんの人に認められるのは嬉しいのだが、どんどん手の届かないところに行ってしまうようで、ちょっと寂しい。

 それに、次々に実績を重ねるニャンゴと比べて、まだ正式な騎士にもなれていない自分に焦りを感じてしまう。


「エルメール卿と比べるなんて、おこがましい」

「うも……?」

「追い付きたいなら、凹んでいるなんて時間の無駄」


 ニャンゴと自分を比べてしまい、気付かないうちに表情が暗くなっていたのだろう。

 ちょっと厳しめの表情で僕に話し掛けた後で、トーレはニヤっと笑ってみせた。


 ルベーロとザカリアスも笑顔で頷いている。


「うん、そうだね。今の僕とニャンゴを比べたって仕方ない。僕は前に進むだけだ」

「オラシオ、そこは僕は……じゃなくて、僕らは……だろ?」

「そうそう、ザカリアスの言う通り、俺らも置いて行かれるつもりは無いぜ」

「うん、その通り……」


 僕は本当に良い仲間に恵まれた。

 一人では挫けてしまったかもしれないけれど、四人だから進んでこれたし、これから先も進んでいけるはずだ。


「おい、ルベーロ、それで襲撃はどうなったんだ?」

「そうだった。襲撃が行われるよりも前に、大公様が警備体制を大幅に強化していたそうで、何も奪われなかったそうだぞ。まぁ怪我人程度は出たようだが」

「そうか、さすが大貴族ともなると違うな。反貴族派に攻め込まれてオタオタしていたグロブラス領とはえらい違いだ」


 ザカリアスの感想に皆で頷いた後、トーレが訊ねた。


「アジトは……?」

「分からない、まだ襲撃犯のアジトがどうなったかまでは情報が入ってきていない。ただ、旧王都は色んな噂があるからな……」


 旧王都は、ダンジョンと共に栄えて来た街で、探索をする者を増やすために、いわゆるお尋ね者さえ受け入れていると聞く。

 旧王都で行われた犯罪に関しては厳しい捜査が行われるそうだが、他の領地で犯した犯罪については捜査の対象とはならないらしい。


「反貴族派も旧王都に潜伏してるのかな?」

「その可能性は否定できないな」

「ニャンゴ、狙われたりしないかな……」

「さぁな、ただエルメール卿を狙うような命知らずはいないんじゃないか?」


 そう言うとルベーロは、これまでニャンゴが反体制派を退けてきた数々の実績を指を折って挙げ始めた。

 改めて聞いてみると、ニャンゴは僕らでは何回も死んでそうな戦場を渡り歩いてきた歴戦の強者なのだと思い知らされる。


「エルメール卿を襲撃するなんて自殺行為でしかないし、俺らが心配するなんて、それこそおこがましいぞ」

「だよね、僕らはとにかく三年目に上がれるように集中するしかないね」

「そんじゃあ、食い終わったら座学の復習と明日の予習だぞ」

「うげぇ……そうか、明日は法令の座学か」


 それまで満面の笑みを浮かべてミンチフライを頬張っていたザカリアスが、この世の終わりを迎えたような表情を浮かべている。

 たぶん、僕も同じだと思う。


「オラシオ、追い付きたいんだろ?」

「うもぉ……それを言わないでよ、ルベーロ」

「うひゃひゃひゃ、先に戻ってるからな」


 ザカリアスと顔を見合わせて溜息をついた後、覚悟を決めて夕食の残りを掻き込んだ。

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