第372話 ダンジョンの正体
いよいよダンジョンに潜る当日、俺と兄貴の大切な布団を預けにロッカーに立ち寄ったのだが、冒険者の姿が殆ど見当たらず閑散としていた。
「おはようございます、ブルゴスさん」
「おぉ、エルメール卿、おはようございます」
「随分と静かですけど……」
「昨日の夕方、横穴に挑んでいた合同パーティーが引き上げてきましてね、何の成果も無かったもので……」
「いよいよ、ダンジョンでは儲からないと思われちゃったんですね?」
「そういう事です」
総勢百人以上の体制で臨んだ最下層の横穴の探索は、これまでで最高の距離を進んだにも関わらず、めぼしい物の発見も無く打ち切られたそうだ。
参加したのは旧王都でも名前の売れたパーティーばかりだったのに、半数以上が何らかの傷を負い、多額の費用と準備期間が全くの無駄になったという話が伝わり、他の冒険者達もダンジョンに挑む気力を削がれてしまったらしい。
「エルメール卿も悪い時期に来なさった。あと半年早ければ、まだ出土品が出てたんですがねぇ……」
「まぁまぁ、ダンジョンに挑むのはパーティーのメンバーにとっては長年の夢なので、それを実現して、それでも稼ぎが上がらないと判断すれば、また移籍を考えるだけですよ」
「そうですか、それでも私は、このダンジョンが賑やかだった頃の姿を見てもらいたかったですね」
どうやらブルゴスさんの中でも、ダンジョンは終わってしまったという思いが強くなっているようだ。
ロッカーに布団を預け、ダンジョンに下りる螺旋階段の入り口でメンバー全員の名前を登録し、いよいよダンジョンへと向かう。
螺旋階段を下った先、鉄製の扉を開くと幅五メートルほどの階段が地下に向かって繋がっていた。
真っすぐ下りると踊り場、百八十度向きを変えて階段を下ると下の階という感じだ。
ダンジョン内部には、公共の明かりが設置されている。
壁に設置された明かりの下に操作盤が設けられていて、手で触れて魔力を流すと、その階と上下の踊り場に明かりが灯る仕組みだ。
例えば、地下二階の操作盤に触れると、地下一階との間の踊り場、地下二階、地下三階との踊り場の三か所に明かりが灯る。
パーティ―の仲間で連携して動けば、明かりを用意しなくても階段を下りて行ける訳だ。
ダンジョンに入った地下一階の様子を見て、俺はこれが高層ビルの最上階だという思いを強くした。
階層の中央に、地下へと続く縦穴が廊下を挟んで二つ並んでいる。
その一つの縦穴には、廊下側から四つずつの扉の痕跡が残っていた。
つまり、四基ずつ、計八基のエレベーターが設置されていたのだろう。
エレベーターの扉が付いていたと思われる場所には、転落防止用の鎖が渡されているが、何しろ暗いから注意が必要だ。
「ニャンゴ、全体が見渡せるように明かりを灯せるか?」
「出来ますよ……うぇぇ?」
「眩しすぎだ、ニャンゴ!」
セルージョが文句を言ったのも当然で、いつもと同じ感じで明かりの魔法陣を作ったら、いつもの倍以上の強さで光ったのだ。
慌てて魔法陣を消して、今度は普段の四分の一ほど強さで作ると、いつもと同じような明るさになった。
「ライオス、ダンジョンの中は魔素が濃いみたい」
「ほぅ、そうなると益々ニャンゴが凶悪になるんだな?」
「凶悪……かもしれないけど、魔法陣によっては自分を巻き込んだり、ダンジョンの構造物を壊す恐れがあるから気を付けないと……」
「おいおい、生き埋めとか勘弁だからな」
「埋めるのは、セルージョだけにして……」
「埋めるなっ!」
シューレのボケに突っ込んだセルージョの声が、ワーン……っと空間に響く。
縦穴を囲む空間は、思っていたよりも広く感じた。
床にはモザイク模様で東西南北を記した模様が刻まれている。
たぶん、ここは展望台のようなもので、方角を知らせるための模様なのだろう。
そうした予測を話すと、ライオスは何度も頷いていた。
「なるほど、地上七十階からの眺めは壮観だっただろうな」
「空からの眺めは気持ちいいわよ」
そういえば、レイラは飛行船に乗って空の旅を体験済みだ。
前世日本のような煌めく夜景などは見られないだろうが、遥か遠くまで連なる山並みなどは確かに絶景だった。
今度は、ダンジョンの地下の絶景にお目に掛かりたいものだ。
ダンジョンの階層は、例えるならば内装工事をする前のビルのような感じだった。
あちこち壁が崩れてしまっているが、調理場らしき跡やトイレと思われるスペースもあった。
階段の脇にはパイプスペースと思われる空間もあり、配管は地下深くまで伸びているようだ。
グルっと一回りを終えた所で、階段に集まって階層の様子を確認する。
「見ての通り、縦穴を中心として、東西南北等距離に床が広がっている。もし不測の事態に陥った場合には、中央の階段まで戻り、一つ上の踊り場に集合としよう」
「了解!」
地下一階の様子を確認した俺達は、十階刻みで下に向かう事にした。
隊列は、先頭に盾を構えたガドとライオス、その後にシューレとミリアム、その後に俺とレイラ、殿がセルージョだ。
ちなみに、兄貴はガドの肩に乗っていて、上方に気を配っている。
階段室は吹き抜けの構造になっていて、フキヤグモなどは天井を這って襲ってくる心配があるからだ。
シューレとミリアムが風属性の探知魔法を使っているが、ジッと動かずに待ち伏せている相手は探知しにくい。
なので、いつでもシールドを展開できる様に準備はしておいた。
「ライオス、クモだ……」
「おぅ、セルージョ」
「あいよ……」
兄貴が発見して、ライオスが判断して、セルージョが弓で仕留める。
フキヤグモはセルージョかシューレ、ヨロイムカデは俺が雷の魔法陣で気絶させてライオスかガドが止めを刺した。
硬い殻を持つヨロイムカデでも、電気ショックには敵わない。
バチーンという音と共に引っくり返り、ヒクヒクと痙攣したところで比較的殻の柔らかい腹からならば難なく刺し殺せる。
ただし、この方法は床が濡れている場合は注意が必要だ。
下手をすると自分達が感電しかねないので、攻撃の範囲を限定した粉砕の魔法陣も使えるように準備しておこう。
情報通り、階段が崩れかけている場所があり、念のために兄貴とガドが補強を行った。
万が一、魔物の群れに追われて逃げる時に階段が崩れました……では洒落にならないからだ。
地下十階はレストランのような造りで、地下二十階から下はオフィスのような造りに見えた。
十階ごとに階層を確認して、時々出て来る魔物を討伐しながら、地下六十階まで下りたところで休憩と食事にした。
一つ上の階層から、フロアーの広さが格段に広がっている。
廊下は俺が明かりの魔法陣をいくつも飛ばしても、フロアーの端が見えないほど広い。
この広さならば、発見した人達がダンジョンは先史文明の地下都市だと思い込んでも当然だと感じる広さだった。
七十階層の高さがある超高層ビルと思われる部分は、下の広い階層の西寄りに建っている。
長方形の敷地の西側を正方形に区切った中心に高層ビルが建ち、その東側にはブルゴスさんが大崩落と呼んでいた土で埋まった場所が広がっている。
俺は、この部分は大きな吹き抜けになっていたのだと考えている。
ダンジョンは、元々地上にあったものが火山の噴火による大量の降灰によって埋まったものだとしたら、吹き抜け部分が埋まっているのは当然だろう。
問題は、建物の周囲に道路が存在していない事だ。
食事と休憩を終えた後、広くなった階層の北側の端を目指した。
これまでの階層の五倍ぐらいの距離がある。
これが南側にもあるのだから、全体では十倍以上の距離、面積だと十掛ける十で百倍の広さがある事になる。
「どうやら、ここが端のようだが……壁が無いのか?」
ライオスが首を傾げた通り、狭い階層では壁が有って窓が嵌っているという感じだったが、広い階層は端まで来ても壁が存在していない。
太い柱があって、床もあるけど、いきなり無くなっている。
「もしかして、ガラス張りだったんじゃ……」
「こんなに広い面積全部をか?」
「ここを見ると、何か嵌ってたような跡があるよ」
「おぉ、確かに……」
床の端の部分には、幅三センチほどの溝が続いていて、中にはガラスが嵌っているように見える。
今のシュレンドル王国にも板ガラスを作る技術はあるが、土属性の術士が魔法を用いて作っているので、大量生産には至っていない。
ガラス張りの巨大な建造物というだけでも、相当高い技術力を持っていた事が窺える。
北の端に沿って移動しながら途中で見つけた階段は、どう見てもエスカレーターだった。
機械部分が開けられていない所をみると、まだ動く物だと認識されていないのかもしれない。
いずれ話すとして、今はエスカレーターを歩いて下りて、目的の場所へと向かった。
「ここがそうじゃねぇのか?」
セルージョが指差した腰ぐらいまでの壁の外には、馬車が二台ぐらい並んで通れそうな幅の通路があった。
通路に沿って東に進むと、広いスペースがあった。
そこだけ腰ぐらいの壁が三十メートルほど途切れている。
間違いない、ここが俺の目指していた場所だ。
壁が途切れた場所を抜けて、通路を渡り、その先へ……という所で路面が途切れている。
途切れてはいるが、その端は厚い波状の鉄板によって補強されていた。
「どうだ、ニャンゴ」
「うん、間違いないね。ここには北に向かう道があった……ううん、橋が架かっていたんだ」
「橋だと?」
「うん、このダンジョンは、海上都市だったんだよ」
俺はチャリオットのみんなに導き出した推論を話し、それを証明する手立てを考え始めていた。
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