第364話 推測

「エルメール卿は、幽霊の存在を信じておられますか?」


 タハリの商工ギルド長イェスタフの質問に、俺は首を捻って返事を考えた。

 日本から転生した記憶を持っている俺としては、魂の存在は信じているけれど、幽霊は存在してるかと聞かれると半信半疑といったところだ。


 死んだ後も結構無念だったはずだけど、日本で幽霊としてフヨフヨ漂っていた覚えはない。

 だが、転生の話なんてする訳にはいかないので、ここは無難な答えを返しておこう。


「んー……どうなんでしょうね。いままで見た経験が無いので、あまり信じていませんね」

「そうですか、実は私も信じていなかったのですが……」

「えっ? もしかして、船幽霊をご覧になったのですか?」

「はい、一度だけですが、この目で見ました」


 イェスタフが船幽霊を目撃したのは、騒動が始まってから二ヶ月ぐらい経った頃だったそうだ。

 大きな船まで燃やされ、あまりにも騒ぎが収まらないので、何か手掛かりでも見つからないかと、イェスタフは見回りを兼ねて夜の港を散歩していたらしい。


「私が見たのは、桟橋にある小屋が燃やされた時なのですが、真っ暗な海から、突然青白い炎に包まれた人間……いや、人の形をしたものが現れ、スーッと滑るように海面を進み、体当たりをして小屋を燃やしてしまいました」

「その時、海には船はいなかったのですか?」

「えぇ、船の姿は見当たりませんでした。いや、暗かったので確かではありませんが、本当に波間から突然現れ、スーッと移動したと思ったら、あっと言う間に小屋は火に包まれていました」


 イェスタフの話によれば、人の形はしているものの顔は無く、炎が集まったような存在だったそうです。


「でも、それって火属性の人が魔法でやっているのでは……?」

「それは考えられませんね。火属性魔法の炎は赤です」

「あぁ、船幽霊は青白い炎でしたね」

「確かに、エルメール卿がおっしゃる通り、器用な火属性魔法の使い手ならば、人型の炎を移動させて……なんて事も出来るかもしれませんが、炎の色までは変えられないはずです」

「なるほど……」


 とは言ったものの、火の魔法陣は出力を上げると炎の温度が上がって青い炎になる。

 ブロンズウルフに止めを刺したフレイムランスも青い炎の槍だ。


 属性魔法の炎も温度が上がれば青くなるような気もする。

 ただ、イェスタフが見た船幽霊はフレイムランスのように噴き出す炎ではなく、メラメラと燃える感じだったようなので、全体が青く見えるほど高い温度ではない気がする。


「では、ギルド長は船幽霊は人の仕業ではなく、怪奇現象だと考えているのですね?」

「正直に言わせていただくと、分からない……判断しかねています」

「では、人の仕業の可能性もあると考えていらっしゃるのですか?」

「そうです。いえ、理性的に考えるならば、その可能性の方が高いのでしょう」

「理由を聞かせていただいても良いですか?」

「確たる証拠は無いので、あくまでも街の噂レベルだと思って聞いて下さい」


 そう断りを入れてからイェスタフが話した内容は、昨夜のライオスの推測と重なる部分が多かった。


「理由の一つは、大きな船が狙われていることです。一隻は出航直前、一艘は建造したばかりの新しい船、そして一昨日は寄港したばかりの船です。いずれも被害額は甚大で、出航前の船を燃やされた商会は、店が傾いているほどです」

「商売敵が火を着けたとお考えですか?」

「その可能性は高いですね。大型船を燃やされたのは、いずれも大手の商会です。頭の上の重しとなっている連中を引きずり下ろして……なんて考えている者がいるのでしょう」

「目星は付いていないのですか?」

「大手の商会ともなれば、仲間も多いが敵も多いという状態でして、なかなか絞り込むのは難しいですね」

「これまで被害に遭っていない大手の商会が絡んでいるという可能性は?」

「んー……考えにくいですね。リスクが大きすぎます」


 シュレンドル王国の法律では、放火によって人を殺した場合には死罪となる可能性が高い。

 実行犯だけでなく、犯行を指示した人間も同罪とされるので、確かにリスクが大きい。


「それに、そもそも商売というものは信用が大切です。正当な競争の末にお客を奪う行為は商売人として当り前ですが、犯罪によって商売敵に損害を出させるような行為が明るみになれば一気に信頼を失います。死罪を免れたとしても、二度とタハリでは商売は出来ないでしょう」

「では、新興の商会とか、大手の商会に恨みを持つ者の仕業……とかですか?」

「人が行っているとすれば、そうした者の可能性が高いと思われます。ただ、あれが本当に人の仕業だったのか……」


 イェスタフが船幽霊を目撃したのは、小屋が燃えた事件の一度きりだそうだが、かなり鮮烈な印象として記憶に残っているらしい。

 理性では、何らかの方法で人がやっているのではと思いつつも、怪異の仕業だと思う感情を拭い去れないようだ。


 イェスタフ以外にも、実際に船幽霊を目撃した商工ギルドの職員がいたので話を聞かせてもらったが、こちらはすっかり怪異であると信じ込んでいた。

 あれは船乗りに捨てられた女の幽霊に違いない……などと独自のストーリーを作り上げていて、こちらが聞いていない事まで語り始めてしまい、あまり参考にならなかった。


 一つだけ確かなのは、二人が船幽霊を目撃したのは暗い夜……月が出ていないか、雲に隠れていた夜で、船の存在は確認したくても出来なかったという事だ。

 人の仕業だとすれば、正体を見破られないように月の出ていない時間を選んでいるのだろう。


 聞き込みを終えた後、街の食堂でクラムチャウダーをうみゃうみゃしながらレイラに感想を聞いてみた。


「一つ思ったのは、あの二人は目撃したのではなくて、目撃させられたのかもしれないわね」

「えっ、どういう事?」

「商工ギルドのギルド長ともなれば、商売をする人達には顔を知られているでしょ? 港のあたりを散歩する姿を目撃されていれば、犯人達がわざと目の前で船幽霊を演じてみせて、怪異の仕業と思い込ませようとしたのかも……」

「えぇぇ……そこまでするかな?」

「ギルド長はまだ理性的だったけど、職員の方なんて、最初は僕も疑っていたんですけど、あれは間違いなく怪異です……なんて言い切っちゃってたじゃない」

「あぁ、確かに……それだけ印象に残るって事なのか」


 前世の記憶を持っている俺からすると、心霊現象とか絶対トリックだろう……なんて思ってしまうが、テレビや映画など無く、特撮という概念すら無い世界では、簡単なトリックでも本物だと思い込んでしまうのかもしれない。


「問題は、どうやって捕まえるかね」

「というか、そもそも現場に遭遇できなければ、話にならないよね」

「その辺りは、ライオス達とも打ち合わせて考えましょう」


 野営地に停めた馬車へと戻り、みんなが帰って来るのを待って聞き込んだ内容を擦り合わせした。

 共通しているのは、突然人型の炎が現れて、海面を滑るように移動して目標を燃やす事と、現れる時間が暗い夜という二点だった。


 ただし、大型船が燃えた一昨日の現場では、白い船幽霊が目撃されていた。


「セルージョ、白い船幽霊ってどんな感じなの?」

「見た奴の話では、白いヒラヒラした人型の布だったらしいぜ。炎の船幽霊に混じっていて、そいつも火災に近づくと青白い炎になってたらしいがな」

「それって、もしかして……」

「あぁ、船幽霊の正体じゃねぇのか? 調子に乗ってたのか、それとも何かトラブルか、いずれにしても尻尾を出したのは確かだな」


 そう言うと、セルージョはハンカチを取り出し、風属性魔法を使って宙に舞わせ始めた。


「よっ……おっと、なかなか難しいな……」


 形を保ったまま空中を移動させるのはコツがいるようで、ハンカチはセルージョの制御を離れて地面に落ちてしまったが、途中の動きは布切れを被ったオバケのように見えた。


「こいつに、何か燃えやすい液体をしみ込ませておいて、火を着けて目標へ向けて飛ばす。ベシャっと目標に張り付けば、そこから火災が広がっていくって訳だ。どうだ、ライオス」

「あぁ、その線が濃厚だな。その液体が燃える時に青い炎を出すんだろう」


 ちなみにシューレにも聞いてみたが、風属性の魔法が使える者ならば、少し練習をすれば湿らせた布を飛ばす程度は可能なようだ。

 でも、ミリアムは宙に浮かなかったけどね。


「船幽霊の手口は分かったけど、どこから飛ばしてるんだろう」

「たぶん、目立たない船か筏みたいな物にでも乗ってるんだろう」


 暗い夜に目立たない船を使い、目標が燃えて目撃者の視線が船幽霊に集まっているうちに姿を眩ませられるというのがライオスの推測だ。


「後は、どうやって誘き出すか……それが問題だな。みんな、アイデアを出してくれ」


 ライオスの求めに応じて、みんなが思い思いの意見を口にし始めた。

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