第358話 ツバサザメ
マハターテの港から更に西の方角へと進むと、海岸は岩場が続く岸壁になる。
断崖絶壁というほど急ではないが、ゴツゴツとした岩の急こう配の上には林が広がっていた。
ライオス達が依頼の売り込みに行っている間に、俺は空属性魔法で作ったボードに乗って、討伐に都合の良い場所を探しに来た。
砂浜ほどではないが、澄んだ海は岩場の底が見える程度なので、この辺りならば深く潜られずに済みそうだ。
「うにゃ? 誰か仕事して……いや、ゴブリンか」
遠くから見たら岩場で地元の人が海藻でも採っているのかと思ったが、近付いてみるとゴブリンが餌を漁っていた。
丁度良いので、鮫退治の餌として使えるか試してみよう。
「ダガー……」
潮だまりで魚を捕まえようとしているゴブリンの周囲を空属性魔法で作ったダガーナイフで取り囲む。
「ギッ! ギャギャァァァ!」
見えないナイフの切っ先に触れ、驚いて飛び退ったところで別のダガーナイフが深く刺さった。
ゴブリンの脇腹から、血が溢れて滴り落ちていく。
「ケージ……ボード……」
「ギャッ? ギャギャギャ!」
ゴブリンの周囲に空属性魔法で檻を作り、ボードの上に誘導した。
ケージとボードで閉じ込めたゴブリンを海の上へと運ぶ。
ボードから零れた血を撒くようにして岸に沿って移動させた後、五メートル程の高さから海の中へと放り込んだ。
水柱を立てて海に沈んだゴブリンは、ジタバタもがいて水面へと上がると、岸を目指して泳ぎ始めた。
溺れるかな……と思っていたのだが、意外に器用に犬かきならぬゴブリンかきで泳ぎ始めたのだが、岸に戻られてしまったら意味が無いので、空属性魔法で柵を作って行く手を阻んだ。
「ギィィィ……ギャギャッ!」
見えない柵に行く手を阻まれたゴブリンは、傷の痛みもあるからか苛立たしげな鳴き声を上げながら、岸に戻ろうとジタバタし始めた。
安全のために十メートル以上の高さから見ているので、ゴブリンの脇腹から出血がつづいているのかどうか分からない。
やがて岸に戻れないと分かったゴブリンは、泳ぐのを止めて空属性魔法で作った柵に掴まってキョロキョロと周囲を見回し始めた。
近くを泳いでいる魚に手を伸ばすが、海に潜って捕まえられるほど器用ではないようだ。
ゴブリンを海に放り込んでから三十分ぐらい経っても、肝心の鮫は姿を見せない。
前世の頃も、あまり釣りをした経験が無いので分からないが、餌を放り込んだら簡単に釣れるというものではないらしい。
「うーん……もっと血がドバドバ出るように、海に放り込んでからデスチョーカーでも食らわせた方が良かったのかな?」
海に浸かっている状況に順応し始めている呑気なゴブリンを眺めながら作戦を改良する余地を検討していたら、沖合の海がゆらりと揺れた気がした。
「来た……」
近づいて来た巨大な魚影は、大きな胸鰭によってエイのようにも見える。
頭から尾の先までは、軽く十五メートルを超えているだろう。
ゴブリンに食らいつく動きに巻き込まれないよう急いで高度を上げたが、巨大な影はスーッと通り過ぎていった。
「ギャギャッ!」
さっきまで近くを泳ぐ魚をキョロキョロと眺めていたゴブリンも、巨大な鮫の姿に身の危険を感じて騒ぎ始めたが、悪いけど岸には行かせてあげないよ。
向きを変えて戻ってきた巨大な鮫は、再びゴブリンの横を通り過ぎたが、先程より近くを通り過ぎて行った。
「グギャギャギャァァァ!」
ゴブリンはパニック状態に陥って、更に激しく暴れ、脇腹の出血が増えたらしく海水が濁って見える。
そして、再び向きを変えて戻って来た鮫は、速度を上げて接近したと思ったら、鋭い牙の生えた口でゴブリンに襲い掛かった。
波飛沫を上げて迫ってくる鮫に体を硬直させたゴブリンは、爪先から腹まで飲み込まれ、鋭い歯でガッチリと咥えられて海中へと引きずり込まれていった。
鮫が大きく頭を振ると、食い千切られたゴブリンの上半身が海中に漂う。
すぐさま近くを泳いでいた魚達が、ゴブリンの断面に集まって来て肉を啄み始めた。
さっきまで食ってやろうと手を伸ばしていたゴブリンが、逆に魚達の餌となってしまった格好だ。
そこへ向きを変えた鮫が戻って来て、ゴブリンの上半身を一飲みにすると悠然と沖に向かって泳ぎ去っていった。
「すっげぇ……でも、鮫は鮫だな。むやみに飛ぶ訳でもないし、何か魔法を使う訳でもなさそうだ」
マハターテの街を混乱に陥れている巨大なツバサザメは、巨大だけれども鮫でしかないようだ。
今回は、僕たちチャリオットの飯のタネになってもらうけれど、また別の個体が現れた時の対策も考えておこう。
観察を終えて宿へと戻ると、マハターテの観光協会の会長が訪ねて来ていた。
ライオスの話では、依頼の売り込みは上手くいったらしく、後は討伐するだけなのだが、何やら俺に頼みがあるらしい。
「お初にお目にかかります、エルメール卿。私はマハターテ観光協会で会長を務めておりますネッセルと申します。この度は、巨大鮫の討伐を引き受けて頂きありがとうございます」
ネッセルはスラリとした体形で、黒髪の馬人の男性だった。
年齢は四十代後半ぐらい見えるが、ピシっと身なりを整えて、いかにも凄腕のビジネスマンという印象だ。
「初めまして、ニャンゴ・エルメールです。俺に頼みがあると聞きましたが……」
「はい、可能でしたらば、討伐の様子を見学させていただきたいと思っております」
「見学ですか……」
「難しいでしょうか?」
今日、ゴブリンを放り込んだのは、岸から三十メートルほどの場所だ。
海に入って見学するのは自殺行為だと思うが、陸の上から見る分には危険は少ないだろう。
「港の向こう側の岩礁には下りられますか? あの辺りで討伐をしようと考えているので、現場の近くまで足を運べるのであれば見学してもらってもかまいませんよ」
「岩場でしたら、海藻を採る者達が使っている抜け道がございます。討伐のお邪魔にならないように配慮いたしますので、どうか見学をお許しください」
「分かりました、念のために防具などの装備は十分に整えておいてください」
「かしこまりました」
鮫退治に目途が立ったからだろう、ネッセルは満面の笑みを浮かべて帰っていった。
「ねぇ、ライオス、漁協からは見学したいって申し出は無かったの?」
「あぁ、ヒレの一枚も切り取って持って来れば、討伐したと認めると言っていたぞ」
「ふーん……自分達で討伐しようとは考えてないみたいだね」
「そうみたいだな。それで下見をした感触はどうだ?」
「うん、問題無いと思う。でも、なんで観光協会の会長が討伐の様子を見たいなんて言うんだろう?」
「さあな……セルージョ、何か聞いてるか?」
そういえば、ライオス達は漁協が担当で、観光協会はセルージョ達が担当していた。
「そんなもの、ニャンゴが討伐するからに決まってるだろう」
「俺が討伐するって普通じゃないの?」
「ニャンゴ、マハターテに遊びに来る金持ちは、どこから来てると思ってんだ」
「えっ、王都じゃないの?」
「王都で芝居になってた奴がいたよな?」
「あぁ! えぇぇ……じゃあ芝居の題材にしようと思って見学に来るの?」
「たぶんな、せいぜい派手にサービスしてやれ」
「そんなぁ……派手にって言われてもなぁ……」
あんまり派手にやらかすと、周囲にいる魚とかにも影響が出てしまいそうなので、餌のゴブリンを使って一撃必殺の攻撃で仕留めようと思っていたので、派手にとか言われると困ってしまう。
「ブロンズウルフの時みたいに、派手に燃やせばいいんじゃねぇの?」
「燃やせって……海の中にいる相手を燃やせる訳ないじゃん」
「そんじゃあ、見た目が派手な攻撃と地味だけど威力のある攻撃を一緒に打てばいいんじゃね?」
「そんな事をやって、仕留め損なったら恥ずかしいよ」
「それもそうだな。まぁ、ニャンゴが派手にやらなくても、むこうで勝手に派手に仕上げてくれるだろう。誰も倒せなかった巨大で狂暴な鮫に立ち向かうエルメール卿……姫様の加護を背に受けて放った一撃は、見事に鮫を粉砕し……みたいな?」
芝居がかったセルージョの口調を聞いて、そんな風にはならないだろうと思いつつも、こちらの世界の芝居を観たことがないから、実際のところはどうなのだろうと考えてしまった。
「あんまり目立ちたくないんだけどなぁ……」
「馬鹿だなぁ、思いっきり目立っておけば、次に来た時には美味い魚を食べ放題かもしれないぞ」
「にゃっ、お魚食べ放題……?」
「ニャンゴ、思いっきり派手にやるんだぞ」
「兄貴?」
兄貴に両手で肩をガッシリと掴まれて、分かってるだろうな……と目で訴えられた。
「そうよ、そして私も連れて来なさいよね」
「ミリアム?」
兄貴の横からはミリアムが、ぐいっと顔を突っ込んできて念を押された。
お魚食べ放題というパワーワードに心がグラグラしたが、俺以上に兄貴とミリアムからの圧が凄い。
これは、ネッセルが納得するような討伐をしないと、後で二人から文句を言われそうだ。
まぁ、俺としてもお魚食べ放題は実現したい……てか、自分の金でも満足できるまで食えるだろう。
「ニャンゴ……」
「なぁに、セルージョ」
「裏メニューってやつは、金を払っただけじゃあ出て来ないそうだぞ」
「よし、派手にやろう」
そうだよ、地元の人しか知らない食材とかは、お金を出しただけでは食べさせてもらえないかもしれない。
どうせ討伐するんだからドカーンと派手にやって、美味しいお魚ゲットだぜぃ!
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