第331話 襲撃後の状況

 この世界の医療は、前世日本に比べると遅れている。

 理由は、光属性の治癒魔法が存在しているからだろう。


 俺の左目を治したエルメリーヌ姫のような、欠損部位すら復元してしまう物凄い治癒魔法が存在したら、それに頼りきりになってしまうのは仕方ないのかもしれない。

 ただ、光属性の持ち主は少なく、欠損部位まで復元するような凄い魔法が使える人間は更に限られてしまう。


 そのため高度な治療は高額で、一般市民にとっては手の届かない存在でもある。

 俺が左目を治してもらえたのは、『巣立ちの儀』の襲撃からエルメリーヌ姫を守り抜いたからだし、そのエルメリーヌ姫が光属性で、しかも高い魔力を有しているという偶然が重なった結果だ。


 それでは、一般市民の受けられる医療はといえば、カリサ婆ちゃんのような昔ながらの薬師が作った薬を飲むか、外傷についてはポーションと手荒い縫合が関の山だ。

 反貴族派の襲撃によって矢傷を負ったオラシオ達の治療はどうなるのかと見せてもらったが、俺達冒険者の受ける治療と大差なかった。


 刺さった矢を抜き、傷口にポーションを垂らして縫合、そこに衛生兵が気休め程度の治癒魔法を掛けただけだった。

 オラシオ達の部隊には、光属性の魔法が使える衛生兵が同行しているが、魔力量が乏しいので完治するまでの治療は出来ないそうだ。


 オラシオとザカリアスの矢傷は命に関わるようなものではないし、この後に更なる襲撃が起こって命に関わるような重傷者が出た場合に備えて魔力を温存しておく必要があるそうだ。

 この衛生兵は、魔力が少ない故に正式な騎士として叙任されなかったらしい。


 貴重な光属性の持ち主なんだから、魔物の心臓を食わせてでも魔力をアップさせれば良いと思うのだが、ファティマ教との関係などで実行できないのかもしれない。


「あの……申し訳ないんだけど、オラシオとザカリアスの傷口に、痛みが治まるまで治癒魔法を掛けてもらえないかな?」

「申し訳ございません、エルメール卿。この後も怪我人が担ぎ込まれる可能性があるので、魔力を使い果たすわけにはいかないのです」

「うん、でも大丈夫。魔力を回復するように僕が支援するから」

「えっ、魔力を回復なんて無理でしょう」

「論より証拠、回復させるよ」

「えっ……えぇぇぇ!」


 魔力を回復させる魔法陣を発動させると、衛生兵は目を丸くして驚いていた。


「そんな……体の中から魔力が湧き上がってくる」

「さぁさぁ、治療を続けて。痛みを感じない程度まで回復させてあげて」

「はっ! かしこまりました!」


 衛生兵は治療を再開して、オラシオとザカリアスの傷を痛まない程度まで治療してくれた。

 治療に立ち会っていた正騎士が、俺に理由を訊ねてきた。


「エルメール卿、これはどうなっているのですか?」

「魔力を回復する魔法陣を使っています」

「そんな魔法陣が存在しているのですか?」

「はい、これまでは役に立たない魔法陣と思われていたものを検証していて発見しました。既に王都の学院にも知らせましたから、いずれ魔力を回復する魔道具が作られるようになるでしょう」

「実用化されれば、彼のような衛生兵の活躍の場を増やせるわけですね?」

「対象は衛生兵に限りませんよ。戦闘中の兵士の魔力だって回復させられるようになるでしょう。自分は空属性魔法で作った防具に魔法陣を組み込んでいますので、魔力切れをする心配は殆どありません」


 まぁ、王国騎士団にスカウトされるような者達は、みんな平均よりも高い魔力を有しているはずだから、あまり必要性は感じないだろう。

 それでも、ギリギリの戦いとなった時のあと一押しに使える魔力があれば、騎士達の生存率は上がるはずだ。


 衛生兵の魔力回復を補助したおかげで、オラシオとザカリアスは痛みを感じない程度にまで回復させてもらえた。

 ここまで回復していれば、傷口が化膿する心配は無いだろう。


「ありがとう、ニャンゴ。おかげで明日からも任務を続けられるよ」

「馬鹿、無理するな。ちゃんと回復するまで休ませてもらえ」

「でも、みんなが任務に就いているのに、僕らだけ休んでいる訳にはいかないよ」

「怪我人が現場に出れば、かえってみんなの足を引っ張ることになるぞ。今は回復に専念しておけ」

「うー……とりあえず、正騎士に相談してみるよ」


 オラシオは、一旦こうだと決めると、意外に頑固なところがある。

 俺からすれば無理せずに休んでもらいたいのだが、同期の連中が頑張っていると遅れを取りたくないという気持ちが働くのだろう。


 オラシオ達を引率している正騎士に無理させないように頼んでから、チャリオットと合流するべくケラピナル商会へと向かった。

 ケラピナル商会は、村長宅からも程近い街の中心部に大きな店を構えていた。


 裏口へと回ると、敷地の奥にチャリオットの馬車が見えた。

 既に馬車から馬が外されているところを見ると、今夜はケラピナル商会に滞在するのだろう。


 門を警護していた冒険者らしい男性にギルドカードを提示して名乗ると、話を聞いていたらしく、すぐに通してくれた。

 馬車に歩み寄ると、レイラと兄貴が待っていてくれた。


「ただいま」

「おかえりなさい、随分派手にやってたみたいね」

「まぁね……」


 規模の大きな粉砕の魔法陣を使ったから、爆発音が村の中まで響いてきたそうだ。

 おかげで、兄貴が心配そうな顔をしている。


「ニャンゴ、どこも怪我してないか?」

「俺は大丈夫だけど、オラシオが矢を受けて……」

「オラシオって、あの騎士団に誘われたオラシオか?」

「うん、騎士団の手伝いで連れて来られたらしいよ。ここ以外にも、反貴族派の襲撃が活発化している領地があるんだって」


 オラシオとザカリアスを運んでいる最中に聞いたのだが、旧王都の東に位置するラエネック男爵領でも反貴族派の襲撃が活発化していて、王国騎士団が派遣されているそうだ。


「そうなのか……なんだか物騒だな」

「でも、殆どが武器を与えられた貧しい農民だから、チャリオットにとっては特別に厄介な相手ではないと思うよ」


 レイラと兄貴に、オラシオ達が襲撃された様子を簡単に話しておいた。

 ライオスとセルージョは商会主との交渉、シューレとミリアムは商会の周囲の状況を確かめに行っているそうだ。


「交渉次第だけど、数日滞在することになるかもしれないわ」

「それって、商会の護衛を依頼されるかもしれない……って事?」

「そう、これまでも何度か襲撃されているらしいわ」


 レイラが指差す方向に目を向けると、建物の外壁の一部が黒く焦げていた。

 ケラピナル商会の建物は、殆どが石造りなので延焼する心配が少ないが、魔銃から撃ち出される火球は人に当たればタダでは済まない。


 門だけでなく、商会の周囲も雇った冒険者が巡回しているらしく、警備の手は足りているように思えるのだが、襲撃を撃退したチャリオットの能力を見てペデーラが協力してほしいと申し出ているそうだ。

 あとは、報酬と日程の兼ね合いで、ライオスとセルージョが判断するのだろう。


 割の良い報酬が支払われるのならば、道中の資金稼ぎに請け負っても良いのだろうが、あまり長期間になるのでは旧王都に向かうのが遅れてしまう。

 別に期限がある訳ではないが、ダンジョン攻略に向かうのがズルズルと延期されるのはライオスとしても避けたいだろう。


 俺としては、オラシオとゆっくり話したいので、二、三日程度の滞在になると有難いが、チャリオット全員を雇うとなると商会の負担はそれなりの金額になる。


「どうなると思う?」

「そうね……王国騎士団が来ているから、その効果を見極めるまでの数日滞在ってところじゃない?」

「数日で、この辺りに潜伏している反貴族派を根絶やしに出来るかな?」

「そんなに簡単にはいかないと思うわよ。王国騎士団が優秀でも、ここは不慣れな土地でしょ。思い通りにいかないからこそ、ニャンゴの幼馴染も襲われたんじゃない?」

「まぁ、オラシオ達の場合は少々行動が軽率だったんだけど、確かに不慣れには見えたね」


 レイラに言われて思い出したのだが、オラシオと同室のルベーロは地図を片手に行動していた。

 オラシオ達も昨日到着したばかりだと言っていたが、それでも騎士が地図を片手に行動しているようでは少々心もとない。


 細い路地の奥まで完璧に把握しろなんて言わないけど、少なくとも地図が無くても行動に支障をきたさないようにすべきだろう。

 俺達が暮らすシュレンドル王国では、平和な期間が長く続いている。


 それは勿論良い事なのだろうが、王国や各領地の騎士団の練度が下がる要因になっているのかもしれない。

 結局、戻ってきたライオスから五日間の滞在が告げられた。


 ケラピナル商会からの依頼は、商会の建物や従業員の護衛と反貴族派摘発への協力だった。

 うん、これでオラシオと話す時間が作れそうだ。

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