第325話 馬車の持ち主
馬車を路肩に寄せて騎士団の到着を待っていると、襲撃された馬車の関係者らしいヤギ人の男性が、ライオスのところへ礼を言いに来た。
「グロブラス領カーヤ村のケラピナル商会で、仕入れ番頭をやっておりますペデーラと申します。この度は危ないところを助けていただきまして、本当にありがとうございました」
「冒険者パーティー、チャリオットのリーダーをやっているライオスだ。街道を行く者が助け合うのは常識だから、そんなに恐縮しないでくれ」
「そう申されましても、襲撃の理由が理由だけに……」
「あぁ、グロブラス伯爵の親戚という話か?」
ペデーラは、申し訳なさそうに頷いてみせた。
「はい、確かに私どもの主人セブリスは、伯爵様の親戚にあたるのですが遠縁も遠縁で、日頃の付き合いは全くございませんし、ましてや資金の提供など受けたこともございません」
「では、とんだとばっちりという訳か?」
「はい……普段ならば、二人もいれば十分な仕入れの護衛も、こうして四人に増やしていたのですが、まさかあのような方法で襲われるとは思ってもいませんでした」
「怪我は無かったのか?」
「馬車が倒れた時に肩を打ちましたが、幸い大したことはなさそうです」
そう言いながらも肩を回したペデーラは痛みに顔を顰めている。
「それにしても災難だったな。積み荷は大丈夫なのか?」
「はい、今回の積み荷は殆どが布地でしたので、陶器や家具などのように壊れる心配はございませんでした。馬も少々傷を負って興奮しておりましたが今は落ち着きましたし、どうやら馬車を引くには大きな影響は無いようなので、なんとか店まで戻れそうです」
「そうか、それは良かった」
「あの、皆様はどちらへ向かっておられたのですか?」
「俺達は、ラガート領のイブーロから旧王都へ拠点を移す最中だ」
「旧王都と申されますと、ダンジョンの攻略に向かわれるのでしょうか?」
「あぁ、その予定だ」
ライオスの話を聞いたペデーラは、少し考えを巡らせてから切り出した。
「あの……旧王都へ向かわれるのでしたら、カーヤ村は通り道になりますので、店までいらしていただけませんか。主からも、改めてお礼をさせていただけませんか」
「いやいや、街道での助け合いだから、そこまでしてもらう必要は無い。それに、反貴族派ではあるが街道で馬車を襲った者だから、おそらく騎士団から報奨金も出るだろう」
「そう仰らずに、どうか同行していただけませんか。正直に申し上げますと、先程のような襲撃を受けてしまうと、同じ馬車に乗っている冒険者では対応が後手に回ってしまいます。できれば別の馬車に乗っておられる方にも守っていただければ……」
「それは、護衛の依頼と受け取っても良いのか?」
「はい……」
ペデーラは、ライオスの指摘に対して渋々といった表情で頷いてみせた。
できれば、うやむやにして襲撃から守ってもらった謝礼だけで済まそうと考えていたのだろう。
「だが、うちは大所帯だから八人を雇うことになるぞ」
「それは……」
既に四人の冒険者を護衛として雇っているのに、更に八人もの冒険者を雇えば一度の仕入れでどれ程の儲けが出るのか知らないが、そうとう利益を圧迫し赤字になるかもしれない。
「五人がBランク、一人はAランクだ」
「えっ……Aランク!」
ペデーラが大きな声を上げたので、倒れた馬車から荷物の運び出しをしていた冒険者や、手伝いや見物に寄って来ていた通りがかりの人々の視線がライオスに向けられた。
「いやいや、俺はAランクじゃないぞ。Aランクは、あっちだ……」
ライオスが右手の親指を立てて、クイクイっと馬車の上を指差したので、周囲の視線が一気に俺に向けられた。
「まさか……エルメール卿でいらっしゃいますか?」
「そうだ」
「おぉぉぉ……」
ライオスが、俺がニャンゴ・エルメールだと認めると、周囲からどよめきが起こった。
急に注目されて、どう反応して良いのか分からず、とりあえずペコペコと頭を下げておいたが、居心地が悪い……。
どう対処したら良いものかと思っていたら、倒れた馬車を避けるための交互通行を待っている車列を追い越して、鎧姿の五人の騎士が姿を現した。
「襲撃があったと聞いたが、現場はここで間違いないか? 誰か説明の出来る者はおらんか?」
「私が襲われた馬車の……」
「違う! 俺達が被害者だ! こいつらが急に襲って来やがったんだ!」
騎士に説明を始めようとしたペデーラの声を遮るように、セルージョに縛られて路肩に座らされていた男が叫んだ。
「そうだ、俺達は何もやっちゃいねぇ!」
「ただの農民だ。こいつら違法な奴隷商人に違いねぇ!」
「静かにしろ! 双方の言い分は聞く、これより私の指示に従わずに勝手に話を始める者は、疚しいことがある者だと見なす。勝手な発言は控えよ!」
騎士に一喝されると、襲撃犯の男達は顔を強張らせて黙り込んだ。
前世の日本と違い、騎士には強い権力が与えられている。
日本の警察は拳銃の使用や実力行使に多くの制限があるが、騎士にも制限はあるのだろうが、下手に逆らえば斬り殺される可能性さえあるのだ。
腕に覚えのある冒険者ならばともかく、ただの農民では一喝されれば震え上がるのも無理はない。
「まず、襲われた馬車の者から話を聞く、お前が馬車の持ち主か?」
「この馬車はグロブラス領カーヤ村のケラピナル商会のもので、私は仕入れ番頭のペデーラと申します……」
騎士はペデーラから話を聞き取った後、ライオスから話を聞き、途中で説明の補足のために呼ばれた俺が、ステップを使って幌の上から下りるのを見て目を丸くした。
「エルメール卿でいらっしゃいますか?」
「はい、ニャンゴ・エルメールです。よろしくお願いします」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします。エスカランテ騎士団のジャンニと申します」
王都の『巣立ちの儀』が襲撃された時、エルメリーヌ姫を守るついでにエスカランテ侯爵家の四男デリックの命も救ったことで、エスカランテ騎士団では名前が知られているらしい。
それまでは睨みを効かせるためなのか、少し尊大な態度をしていたジャンニは、急にへりくだって腰の低い対応をし始めた。
その様子を見ていた襲撃犯の男達の表情が、みるみる絶望に彩られていく様子は少し哀れだと感じてしまった。
「なるほど、粉砕の魔道具に例の粗悪な魔銃……いかにもですね」
「はい、そうした武器も扇動する者が与えたのでしょう」
「我々も警戒は強めていたのですが、領地境の全てに目を光らせるのは事実上不可能ですし、言い方は悪いですが農民はどこにでもいますから、なかなか取り締まるのは難しいです」
「エスカランテ領でも反貴族派による襲撃が起こっているのですか?」
「いいえ、これまでは一件も起っていなかったのですが、これからは更に警戒を強める必要がありそうです」
「領地境の辺りの治安はどうなんですか?」
「今のところは大丈夫ですが、我々も心配はしています」
エスカランテ領とグロブラス領は、川を境として領地が分けられている。
街道には検問所があって、違法な物品や手配されている人物が出入りしないように監視されているが、夜中に川を渡るなどの方法を使えば出入りは可能なのだ。
「移民とかは増えてるんでしょうか?」
「これまでに比べれば増えていますが、急激に増えているという感じではないですね。ご存じかと思いますが、エスカランテ領は武術が盛んな土地柄ですので、冒険者になるにしても相応の技量が求められます。そうした事情はグロブラス領にも伝わっているらしく、移民を考える者は、うちではなくレトバーネス公爵領を目指すようです」
レトバーネス公爵は王族の血を引いているそうだし、領地の規模もエスカランテ領の倍以上あるので、そもそもの経済規模が大きく、働き口が見つかる可能性も高いからだろう。
俺からの聞き取りを終えたジャンニは、最後に襲撃犯へ歩み寄った。
「これまでの話は聞いていたな、何か申し開きする事はあるか?」
「お、俺達はただの農民……」
「黙れ! ただの農民が何のためにグロブラス領からエスカランテ領まで来ている」
「つ、連れて来られただけ……」
「ほう、違法に農民をさらった者が、わざわざ騎士団の到着を待って届け出たとでも言うのか」
「違う……俺達は言われた通りに……」
「ほう、誰に何をしろと言われた。お前たちを操っていたのは誰だ?」
「そ、それは……」
「まぁいい、これから場所を移して洗いざらい話してもらうからな。エスカランテ領の治安を乱したのだ、下らん言い訳が通用すると思うなよ」
襲撃に加わった男達は、これからキルマヤ近郊にある騎士団の施設に送られ、厳しい取り調べを受けた後、処分が決められるそうだ。
襲撃自体は許される行為ではないが、結局この男達も反貴族派に騙され、操られ、使い捨てにされたのだ。
捕まえた十一人を処刑したところで、根本的な問題の解決には繋がらない気がする。
騎士団の聴取が終わった後、チャリオットの馬車はケラピナル商会の馬車に同行してカーヤ村を目指すことになった。
八人全員分の報酬が出る訳ではないが、どのみち旧王都へ向かう道すがらでもあるし、いつ現れるとも知れないオークを探すよりは稼ぎになるという判断らしい。
荷物を下ろして倒れた馬車を起こし、また荷物を積み込んで、ようやく出発の準備ができた。
今度は護衛を行うので、ケラピナル商会の馬車との距離を詰めて進む。
そういえば、グロブラス領は蜂蜜が名物だった。
あぁ、蜂蜜たっぷりのスコーン……食べたいにゃ。
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