第233話 崩落

 足下から爆発音が響いた直後、話をしていたトレンメルとバジーリオの姿が消えた。

 突入部隊は崩落した通路と一緒に落下し、ステップを使っていた俺だけ取り残された形だ。


 案内役のキツネ人の男と分かれたT字路の辺りから足音が変わっていたのは、地面ではなく建物の上に作られた通路になったからなのだろう。


「くそっ、シールド!」


 落ちてゆく騎士が手を伸ばしたのが見えたが、助けている余裕は無い。

 俺の頭上にも、幾層にも重なったバラックが崩壊しながら落ちてくる。


 瓦礫をシールドで弾きながら、僅かに見える空を目指してステップを使って駆け上がる。

 崩れたバラックの柱や壁などが体を掠めていった。


 まるで、落ちゲーの画面に入り込んでしまったかのようだ。

 しかも落ちて来るブロックは、形も大きさも動く方向さえも不規則だ。


「にゃっ! 粉砕!」


 行く手を塞いだ壁を粉砕の魔法陣で吹き飛ばし、強引にルートを確保する。

 どんなに深くても地下十階程度、一気に駆け上れば一分も掛からないはずなのに、空が果てしなく遠く感じる。


 一瞬でも気を抜いて、直撃を食らえば重量を支えきれず落下して圧し潰されるだろう。

 更に爆発音が続き、足下からはもうもうと土埃が噴き上がって来た。


 轟音と共に崩壊するバラックのあちこちから悲鳴が聞こえてきて、視界の端には瓦礫と一緒に落ちていく人の姿も見えた。

 地下の支えを失った貧民街は、爆発の振動も加わって、地滑りを起こしたように全体が

中心に向けて崩れているようだ。


 瓦礫を摺り抜けた後も無我夢中で駆け上がり、土埃から抜け出すと貧民街に隣接する倉庫の屋根を見下ろす高さだった。

 屋根の上で警戒にあたっている冒険者達も、土埃を避けて蹲っている。


 噴き上がってきた土埃をかぶって、俺の自慢の毛並みが茶色くなっている。

 ブルブルっと体を震わせると、埃が舞いあがった。


 貧民街の上を分厚く覆った土埃の下では、火の手も上がり始めているようだ。

 昼食時で、調理をしていた火が燃え広がったのだろう。


「くそっ、狙いは突入部隊だけじゃなかったのか……」


 屋根の上にいた冒険者が、風属性魔法で土埃を払い始めたので、俺もデカイ風の魔法陣を作って街の外に向けて土埃を吹き払っていると、セルージョに声を掛けられた。


「ニャンゴ!」

「やられました、罠を仕掛けられていました」

「大丈夫か?」

「俺は何とか、でも一緒にいた騎士と官憲は……」


 俺がいたのは地下七、八階ぐらいに思えたし、上に載っていた建物が全部崩れたのだとしたら突入部隊の生存は絶望的だ。

 上から眺めても見えるのは瓦礫ばかりで、どこに埋まってしまっているのかすら分からない。


 土埃が吹き払われると、やはり火の手があちこちで上がっていた。

 崩落した貧民街は、木の柱と板壁の寄せ集めなので、あっと言う間に火が燃え広がっていく。


 水属性の騎士や冒険者が消火活動を始めているが、大量の水が一度に流れ込むと、崩落の下敷きになり、運よく建物の隙間などで生きながらえた者が溺れ死ぬかもしれない。


「酷ぇことになりやがったな。いったい何が起こったんだ?」

「たぶん、粉砕の魔法陣が使われたんだと思います」


 爆発の感じからして、王都の『巣立ちの儀』やフロス村での襲撃に使われた粉砕の魔法陣によるものだろう。

 魔導線を使って遠隔で爆破したのか、それとも哀れな犠牲者が発動させたのかは分からないが、かなりの数が使われたようだ。


「騎士団、官憲、それに住人……いったいどれだけの人間が犠牲になったんだ……」


 セルージョだけでなく、屋根にいる冒険者の殆どが呆然と瓦礫と化した貧民街を見詰めている。

 個人の力でどうにかなる規模の崩壊ではなく、どう動いて良いのかも分からない。


 今回の作戦は、冒険者に応援を求めるほどの総力戦で挑んだ作戦だ。

 騎士団は、子爵の居城や隣国との国境を固めるビスレウス砦にも配置されているが、それでも大きな損害であることに違いはない。


 イブーロの治安維持を担っていた官憲に至っては、今後の活動に支障をきたさないか心配になるほどの損害だろう。

 裏社会の勢力を削ぐどころか、騎士団と官憲の力を大きく削ぐ形になってしまっている。


「幹部の奴ら、どこに行ったんでしょう?」

「さぁな、この下敷きになっていないことだけは確かだろうな」


 包囲を破っていないなら幹部は貧民街の中にいたはずだが、まさか自爆した訳ではないだろう。

 死んだと思わせて、行方を眩ませていると考える方が自然だ。


「ライオスやガドは巻き込まれてねぇだろうな」

「冒険者は貧民街の外周でギルドの職員とか護衛する手筈ですから、大丈夫だとは思いますが……」


 土埃が晴れていくと、貧民街の一番外周にある建物は残っているように見えた。

 冒険者達は、見えている炎に向けて水属性魔法を撃ち込んで消火を試みているが、崩れたバラックは不気味な軋み音を立てているので危なくて近付けないようだ。


「この後、どうするんでしょう?」

「まずは火を消すのが最優先だろうな。その後で救助活動を始めるんだろうが、まだ崩落の危険があるから一斉に始める訳にはいかないだろうな」

「俺、ちょっと騎士団と官憲に事情説明に行ってきます。ちょっと気になる事もあるんで」

「そうか、俺らは官憲の対応次第だが、おそらく強制依頼は解除になるはずだから、救助への協力要請が無ければ、一旦拠点に戻る」

「了解です、俺も報告を終えたら拠点に戻ります。他のみんなには無事だと伝えおいて下さい」

「おぅ、任せとけ」


 倉庫の屋根から下りて、近くにいた官憲の隊員に現場の責任者がどこにいるのか尋ねると、案内を買って出てくれた。

 官憲の所長は、俺達が貧民街に入った道の入口で指揮を執っているらしい。


「エルメール卿、あちらにいる熊人の男性が所長のオルドマンです」

「どうもありがとう」


 案内してくれた隊員に礼を言ってオルドマンに歩み寄ろうとしたら、キツネ人の男が大声で報告をしていた。


「全部あのエルメール卿って奴のせいですよ。あんな不安定な場所で馬鹿みたいな威力の魔法を使いやがって、何考えていやがるんだか……」


 突然自分の名前を聞いて思わず足を止めると、オルドマンは一瞬こちらに視線を向けましたが、すぐにキツネ人の男の方へと戻して話を続けました。


「それで、エルメール卿や突入部隊はどうなったんだ?」

「たぶん、崩落に巻き込まれたんだと思います」

「お前は、どうして無事だったんだ?」

「最短の脱出経路を頭に入れておくのは潜入捜査の基本ですよ。とにかく、エルメール卿の魔法が崩落を引き起こしたのは間違いありません」

「なるほど、そうやって俺に罪を擦り付けるつもりなのか」

「えっ……ど、どうして……」


 俺に背中を向けて報告を続けていたキツネ人の男は、振り向いて俺の姿を見つけると二歩ほど後退りした。

 怒りの感情を必死に抑えているが、全身の毛が逆立つのを止められない。


「やっぱり寝返ってやがったのか。お前のせいで突入部隊のみんなは崩落に巻き込まれたんだぞ」

「ち、ちがう……俺じゃない、こいつだ、こいつがやった……ひぃ」


 顔を真っ青にしながら、震える指先を俺に向けたキツネ人の襟首をオルドマンが鷲掴みにした。


「エルメール卿、どういう事かご説明いただけますか?」

「勿論です」


 キツネ人の男と合流してから、横穴へと向かう過程、一本道だと言われて分かれた後で罠だと気付いた理由、直後に爆破音がして崩落に巻き込まれた様子を伝えた。

 俺の話が進むうちに、キツネ人の男はブルブルと震え出した。


 これほど感情が面に出てしまう男に潜入捜査が務まるとは思えないのだが、その辺りに寝返った理由があるのかもしれない。


「ソブス、やってくれたな」

「ち、違う……俺じゃない」

「ガウジョ達はどこだ?」

「し、知らない……本当だ、本当に知らな……ぐぅぅ」


 オルドマンに襟を締め上げられて、ソブスは呻き声を上げた。


「あくまで白を切るって言うなら、俺にも考えがあるぞ」

「ち、違うんだ……こんな規模だなんて思わなかったんだ。ただ、主力を罠に嵌めるとしか……」


 本物の熊でも逃げ出すのでは……と思うほどのオルドマンの眼光に気圧されて、ソブスは裏切りを示す内容を口走ったことにすら気付いていないのかもしれない。


「この裏切り者のクズ野郎を牢にぶち込んでおけ! 手足を縛り上げて、自殺も出来ないようにして、決して目を離すな! 後で俺が直々に取り調べてやる、連れていけ!」

「はっ! このクソ野郎、さっさと歩け!」

「ぐぁぁ……」

「おい、手荒に扱って殺すなよ。まだ聞き出すことが残ってるんだからな」

「はっ、了解です!」


 ソブスというキツネ人の男は、手枷を嵌められて小突かれながら連れて行かれた。


「エルメール卿、申し訳ございませんでした」


 名前を呼ばれて振り返ると、オルドマンが腰を深く折って頭を下げていた。


「いえ、俺の方こそ、トレンメル達を助けられませんでした」


 トレンメルもバジーリオも今回の作戦を成功させて、イブーロを、ラガート子爵領を更に暮らしやすくしようと意気込んでいた。

 そんな善良で有能な人達の命が、こんな形で失われてしまったかと思うと、また怒りが湧き上がってきた。


「所長さん、幹部の連中を探しましょう」

「勿論です。草の根を分けてでも探し出し、裁きを下してやります」

「奴ら、作戦が始まった時には貧民街の中にいたんですか?」

「はい、ガウジョを含む幹部には監視を付けていたので、中にいたのは間違いありません」

「包囲を破った形跡は?」

「土埃に紛れて逃げられた可能性は無くもないですが、そこまでは計算できんでしょう」

「ならば、別の抜け穴は?」

「遅ればせながら、今探させています」

「そうですか……居場所が分かったら知らせて下さい。捕縛の手伝いをさせてください」

「分かりました、よろしくお願いします」


 オルドマンと握手を交わしてから貧民街の方向へ視線を向けた。

 水属性の冒険者達の協力もあってか、火災は下火になっているようで、真っ黒だった煙は白く変わっていた。

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