第227話 貧民街解体計画

 貧民街には、二種類の人間が暮らしている。

 搾取する側と、搾取される側だ。


 搾取する側が居座っているのは当然として、搾取される側が抜け出せないでいる理由は借金と麻薬だそうだ。

 周辺の村からイブーロに出て来たものの、思うように仕事が得られなかったり、街の暮らしに馴染めない者達を言葉巧みに騙し、法外な利子で金を貸し付け、引き摺り込む。


 貧民街での暮らしに絶望した者には、気分が良くなる薬と偽り、最初は安価で麻薬を与える。

 やがて薬をやめられなくなった者は、薬を買うために更に借金を重ね、雁字搦めに縛られて足抜け出来なくなるのだ。


 そうした状況を官憲も放置し続けて来た訳ではない。

 違法な高利貸しや、薬物中毒患者を摘発して、貧民街の縮小を試みてきたのだが、救い出すペースよりも流れ込むペースの方が早い状況が続いていたらしい。


「今回の作戦は、数年前から地道に準備を整えて続けてきたものを一気に、大規模に行って貧民街を解体に追い込む予定だ」


 作戦の柱は、貧民街の住民の救出にある。

 法外な利子による借金に縛られている者は、違法な貸し付けを理由として借金を帳消しにして貧民街から救い出し、ラガート子爵の居城が建つトモロス湖畔の訓練場へと送る。


 そこで、職業訓練を行って、真っ当な職業に就かせて生活を立て直す。

 麻薬中毒患者は同じくトモロス湖畔に建てられた、いわゆる医療刑務所へと移送され、薬物依存から抜け出す為の治療を受けるそうだ。


「でも、借金が違法であると、麻薬の常習者だと、どうやって判定するんだ?」


 セルージョの質問に、フェッセルは澱みなく答えを返してきた。


「借金については、担保無しに貸し付けられる限度額を設定し、貸付から現在までの証文の保管を義務付けた。次々に証文を作り変え、いかにも法律で定められた限度内で貸付けているように偽装するのが奴らの手口だが、もうそれは使えない。それに加えて、少額の借金での身柄の拘束も禁じている」

「なるほど、騙して金を貸し付け借金で縛る方法を使えなくしたって訳か?」

「その通りだ。もはや奴らに取り立てられる借金は無い」

「てかよぉ、三年前に法律を作ったなら、さっさと手入れをすれば良かったんじゃないのか?」

「新しい法律を過去に遡って適用するのは、さすがに無理がある。ある程度は条件が整うのを待つ必要もあったんだ」


 この他にも、冒険者ギルド、商工ギルドの貸付制度を改正して、無担保での貸付額を改めたそうだ。

 違法な借金は無効に、合法な借金はギルドで借り直す形にして、借金による束縛から解放するらしい。

「借金をしている者への対応は分かったが、麻薬を使用しているかどうかはどうやって調べるんだ?」

「麻薬は匂いと試薬を使う」


 ライオスからの質問にも、フェッセルは明確に答えてみせた。


「知ってるとは思うが、麻薬は特殊な匂いがするので、まずは匂いがする人間を捕らえる。その後、麻薬使用者の尿に垂らすと色が変化する試薬が開発されたので、それを使って確定検査を行う。これで、ほぼ完全に麻薬使用者を捕らえられる」

「なるほど、だが麻薬の使用者は、組織の連中にもいるんじゃないのか?」

「その通りだが、麻薬使用の嫌疑は、一連の作業を妨害する者に対しても使い、抵抗勢力を取り除く理由にも活用する予定だ」


 さすがに貧民街の解体を目指すとあって、よく計画が練られているように感じる。

 まさに、ラガート子爵の威信をかけた戦いなのだろう。


「エルメール卿、何か質問はございませんか?」

「ラガート騎士団、官憲、各ギルド、それに冒険者と、イブーロ総出の体勢で取り組むのは分かりましたが、それぞれの役割や動き方はどうなるのでしょう?」

「まず、騎士団と官憲ですが、貧民街の封鎖と内部の建物への立ち入りを主に行います。制服や揃いの鎧を身に着けた者の方が、踏み込んでいく説得力があります」

「ギルドの職員さんは、先程の貸付絡みの手続きですか?」

「おっしゃる通りです。手続きを行う職員の近くに配置を行うと、騎士団と官憲の人員はほぼ使い果たしてしまいます」

「では、冒険者は抵抗勢力への反撃や、ギルド職員の護衛などを担当するのですね」

「その通りです。冒険者の皆さんには、倉庫の屋根の上から睨みを利かせてもらうのと、バラックの解体も行ってもらいます」

「えっ、建物の取り壊しも進めるのですか?」

「はい、あのバラック群が残っていては、また入れ物として使われてしまうだけです。今回は徹底的に、建物まで取り壊して貧民街を解体します」


 話を締めくくったフェッセルの表情には、今度こそ貧民街を解体するという覚悟と同時に、計画への自信のようなものも感じられた。

 続いて、ギルドマスターのコルドバスが口を開いた。


「聞いてもらって分かったと思うが、今回の作戦は大掛かりなものとなる。冒険者に対しては強制依頼を発動するつもりでいる」


 強制依頼というのは、魔物の大群や他国の軍隊が攻めてきた時などのために、ギルドに所属する冒険者に参加を義務付ける措置で、Dランク以上の冒険者に適用される。

 前衛で戦う、ガドやライオスのようなタイプには、地上でギルド職員の護衛、セルージョのような後衛で戦う者は屋根からの狙撃などを担当する。


「では、俺も屋根の上から狙撃担当ですね」

「いや、エルメール卿には別の仕事を担当してもらいたい」

「別の仕事ですか?」

「貧民街を根城にしている勢力の幹部共を捕らえたい。出来れば生きた状態で、無理ならば死んだ状態でも構わない」


 どうやら、貧民街の用心棒ゾゾンを討伐した時のラバーリングでの拘束や、ケーキ屋を襲った押し込み強盗を捕らえた手腕を買われたらしい。

 勿論、学校を襲撃した連中を一網打尽にした実績も加味されているだろう。


「何人ぐらいいるのですか?」

「おおよそだが、十人前後と見込んでいるが、当然その中には用心棒も含まれている」


 貧民街を仕切っているのは、ガウジョという犬人の男らしい。

 犬人にしては体が大きく、魔力は弱いが腕っ節には自信があるらしい。


 そのガウジョを中心として、純粋な幹部連中が五、六人、そしてそれぞれに用心棒らしき男が付いているそうだ。


「用心棒の中には、冒険者崩れも含まれている。覚えているか、元レイジングのリーダー、テオドロもその一人のようだ」


 強引な勧誘と力によってパーティーのメンバーを縛っていたテオドロは、ブロンズウルフ討伐の際に仲間を盾として使って愛想を尽かされていた。

 イブーロに引っ越したら、絡まれるのではないかと心配してたが、結局一度も顔を合わせていない。


 まさか、貧民街を仕切る連中の用心棒になっていたとは思ってもいなかった。

 横に座ったセルージョに視線を向けると、思った通り苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべている。


「もしかして、テオドロ以外にも俺の知っていそうな冒険者が混じっているんですか?」

「ほほぅ、さすがだなエルメール卿。幹部連中と一緒にいるかどうか分からんが、元レッドストームの連中もいるらしい」

「レッドストーム……?」

「ふははは、訓練場で派手に決闘したのに、記憶にも残っていないのか」

「あぁ、ボーデのパーティーですか」

「あんな馬鹿者には、サッサと見切りを付ければ良いのに……」


 ボーデは、二度目の決闘で抱き込んだジントン共々ギルドからランク降格の処分を食らったそうで、そこから身を持ち崩して貧民街の組織に加わったようだ。

 元レッドストームのメンバー四人、それに手下だった三人も一緒らしい。


「少しでも冒険者として活動して、オークなどの討伐の経験があれば、ああいった連中にとっては都合の良い人材だ。それに加えて、ガウジョが組織の強化のために冒険者崩れを積極的に集めたようだ」

「じゃあ、本来の戦法の他に魔銃も使ってくると思った方が良いですかね?」

「まぁ、そう考えておいた方が良いだろうが、問題無いだろう? 王都での活躍は届いている」


 砲撃や魔銃を使って攻撃してきた反貴族派を完封したのだから、貧民街のゴロツキ程度は問題無いだろうという話だろうが油断は禁物だ。


「魔銃による攻撃程度は問題ではありませんが、あまり一緒に行動する人が多いと守りきれなくなりますよ」

「その心配は要らない。護衛を頼む訳ではないから、同行者を守ることは考慮する必要は無い。エルメール卿に頼みたいのは、あくまでも捕縛だ」

「でしたら、問題ありません」


 大掛かりな作戦だが、既に下準備は完了していて、実行に移すのみという段階のようだ。

 チャリオットやボードメンのような、ギルドの主要なパーティーが依頼から戻るのを待って、作戦は実行に移される。


「ハッキリとした日付は言えないが、五日以内には実行する予定でいるから、そのつもりで準備を整えておいてくれ」

「了解した」


 コルドバスとライオスが握手を交わし、チャリオットの参加は決定した。

 作戦完了までは、他の依頼は受けずに準備を進める。


 貧民街の解体は、俺の希望の一つでもある。

 猫人でも普通に働ける環境を整える意味でも、絶対に成功させなければならない。 

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