第183話 騎士見習い(オラシオ)

「全員よく聞け! 本日、反貴族派の襲撃によりシュレンドル王国第一王子アーネスト殿下が亡くなられた。これは、騎士団にとって敗北に等しい失態だ。よって、明日からの休暇は取りやめとする!」

「えぇぇぇ……」


『巣立ちの儀』の当日、僕ら騎士見習いは第三街区での警戒業務に参加していた。

 僕らが担当していた北地区では大きな騒ぎは起こらなかったけど、北西地区、西地区、南西地区では大規模な襲撃があったらしいと聞いていたが、まさか王族が命を落していたとは思わなかった。


 この1ヶ月程の間、訓練と第三街区での警戒作業とで、休み無しの日が続いていたので、明日からの休みは皆が楽しみにしていた。

 それが突然中止になったのだから、不満の声を洩らすのは仕方ないと思ったけど、壇上の主任教官の顔色が変わった所で、声を上げた全員が失敗したと思ったはずだ。


「静まれ! 貴様らは、反貴族派のクソ野郎共に出し抜かれて、悔しいとは思わんのか! 情けないと思わんのか! アーネスト殿下の他にも、大聖堂前の会場では多くの犠牲者が出ている。王族を、貴族を、民衆を守るのが我々騎士団の役目だ。その存在意義が踏みにじられているのに、貴様らはのうのうと休んでいたいと思うのか! そんな心得違いをしている者は、今すぐこの場から立ち去れ、騎士団から出ていけ!」


 教官に烈火のごとく怒鳴られて、訓練場は水を打ったように静まり返った。


「明朝は6時に起床、食事身支度を全て終え、この場に7時に集合。第三街区での不審者洗い出しの作業に参加する。気の抜けた温い表情を浮かべている奴は、容赦なく張り倒すからそのつもりでいろ。分かったか!」

「はっ、了解です!」

「ふん……解散!」


 教官たちが隊舎へ入るのを見送ったところで、訓練生からは一斉に溜息が洩れた。

 休暇の取り消しは理不尽だとは思うけど、この程度の理不尽を受け入れられないようでは騎士見習いとして生き残っていけない。


「オラシオ、トーレ、戻ろうぜ……」

「うん、あれ? ルベーロは?」

「ん? 情報収集だろう、今日は色々あったからな」

「なるほど……」


 同室の熊人のザカリアスと、馬人のトーレと共に宿舎に戻る。

 僕の部屋は、犬人のルベーロを合わせた4人部屋だ。


 僕ら騎士見習いは、夜間の巡視訓練が無ければ、夕礼の後は翌日の朝礼まで自由時間となる。

 まぁ、自由時間といっても、自主訓練や自習をしないと訓練にはついていけないから、本当の自由時間はもう少し削られてしまう。


「どうする? ルベーロが戻って来てから食事に行く?」

「いいや、先に行ってきちまおう。騒ぎが大きかったから、いつ戻ってくるのか分からないしな」

「そうだね……」


 犬人のルベーロは、四人の中では一番小柄で、魔力的にも体力的にも少し劣っているけど、噂話を集めてくるのが上手い。

 噂話というと、本当の話もあれば、嘘の話も混じっている。


 ルベーロは、噂の真偽を嗅ぎ分ける独特の嗅覚があって、将来は偵察業務を行う部署に入りたいと思っているそうだ。

 騎士訓練所には魔力的に優れた子供が集められて来るので、持って生まれた才能が飛びぬけた者が多く在籍している。


 そんな中で生き残っていくには、自分の特徴を活かすのは一つの方法なのだ。

 僕らが食事や入浴を終えて部屋に戻っても、ルベーロは帰って来なかった。


「それにしても、もう2年になるのか」

「うん、早いよねぇ」

「俺達、良く生き残ってるよなぁ……」


 二年前の『巣立ちの儀』で、魔力資質を認められて僕らは王都へとやって来た。

 同室の3人も、みんな地方の村の出身だ。


 熊人のザカリアスは、僕が暮らしていたラガート子爵領の隣、エスカランテ侯爵領の出身だ。

 武術が盛んなところだそうで、入所当時から武術の基礎を教えてもらっている。


 馬人のトーレは、東北の山村出身だそうで、足がとても速い。

 飄々とした性格で、あまり喋らないけど、いつも一緒にいる。


「あと3年か……長いような、短いようなだな」

「そうだね。でも、絶対に騎士になるって約束したから頑張るよ」


 いつも首から下げている火の魔道具を握り締める。

 ニャンゴと一緒に吹き矢の屋台で手に入れた、大切な思い出の品だ。


「例の幼馴染か……可愛い女の子だったら良かったのにな」

「ふふ……ニャンゴがスカートをはいている姿なんて想像できないよ。元気にしてるかなぁ……王都に遊びに来たら、僕が案内する約束なんだ」

「そのために王都を見て回れる貴重な休みだったのにな……」

「うん、残念」

「でも、その幼馴染って猫人なんだよな?」

「うん、そうだよ」

「ラガート子爵領の端っこのアツーカから、猫人が王都まで訊ねてくるのは難しいんじゃないのか?」

「うん……そうかもね」


 王都に来て、教官とか色んな人に話を聞いて、猫人が世間でどんな風に見られているのか初めて知った。

 同室の皆は、僕に気を使って言葉を濁して言ってくれるけど、訓練生の中には露骨に猫人を馬鹿にする人もいる。


 コネで入り込んでいるような貴族の息子などは、特にそうした傾向が強い。

 ニャンゴは違う……と言いたいけれど、そうした人達の言い分も分からなくはない。


 騎士団に集められている子供達は、魔力の強い者ばかりだし、体格の大きい人種が殆どだ。

 それに、空っぽの属性などと言われている空属性の騎士は1人も居ないらしい。


 ニャンゴが王都に来るのが難しいならば、正式に騎士となった後、北の国境にあるビスレウス砦の勤務を希望しようと思っている。

 あそこならば、アツーカ村までは馬で半日も掛からない。


 休暇を貰えるならば、初日の朝に砦を出て、村に一晩泊まって、翌日の昼に戻れば良いはずだ。

 イネスにも会いたいし、立派になってミゲルを見返したい。


 アツーカ村の思い出に浸っていたら、情報収集に走り回っていたルベーロが戻って来た。


「大変、大変、大変だよ」

「ルベーロの大変は信用できないからなぁ……」

「失敬だなザカリアス。今日はマジで大変なんだよ。『巣立ちの儀』の会場が襲撃されて、凄い数の死傷者が出てるらしい」

「知ってるよ、夕礼で教官が言ってただろう」

「そうだっけか、まぁ、それでだ……人の頭ぐらいの石が大量に降って来て、会場が大混乱になって『巣立ちの儀』は中止になったらしいぞ」

「嘘だろう……だって、騎士団が厳重な警戒をしてたんじゃないのか?」

「それがさ、西門も破られて、そこから暴徒が雪崩れ込んだって話だぜ」


 ルベーロが噂話を集めてきた時は、こんな感じでザカリアスと2人で話を進めることが多い。

 2人が喋るペースが早くて、僕とトーレは聞き役に徹することが殆どだ。


「もしかして、騎士団にも死者が出てるのか?」

「あぁ、それも1人や2人じゃないらしい」

「そう言えば、今年は第五王女様が参列なさってたよな?」

「それだよ。王女様がいた辺りにも、容赦なく石が降り注いだらしい」

「マジか、それじゃ王女様は……」

「まぁ、慌てるなよ。会場には大量の石が降り注いだだけでなく、暴徒が押し寄せて、魔銃や粉砕の魔法陣まで使ったらしい」

「なんだよそれ、そんなの戦場じゃん。俺らだって助からないだろう」

「そう思うだろう? ところがだ、エルメリーヌ姫様は傷一つなくご無事だそうだ」

「すげぇ、さすが王国騎士団。かっこいい……」


 騎士として、お姫様の危機を身を挺して防ぐ……僕ら騎士見習いとすれば、夢に思い描くような場面だ。

 普段は飄々としているトーレでさえ興奮気味なのに、ルベーロは何だか妙に得意げな表情を浮かべている。


「みんな、そう思うよな。王国騎士団は凄いって。でも、実際にエルメリーヌ姫を守ったのはラガート子爵家の騎士らしいぞ」

「えっ……ラガート子爵領って、僕の故郷だけど」

「大混乱の会場の中で、姫様の所に駆けつけられたのは、その騎士1人だけだったみたいだ」

「1人だけって事は、暴徒の狙いは姫様じゃなくて国王様だったのか」

「ザカリアスもそう思うよな、俺も同じ事を考えたけど、狙われたのは姫様の方だったらしい」

「それじゃあ、暴徒は2、3人だったのか?」

「ざ~んね~ん、50人以上だってよ」

「嘘だろう、1人で倒したの?」

「しかも、姫様の他に2人も貴族の子供を守りながらだってよ」

「すげぇ、超凄くない?」


 ザカリアスの言葉に、僕もトーレも凄い勢いで頷いた。


「でもさ、どうやって守ったんだろう? 盾を何枚も持ち込んだとか?」

「オラシオ、会場は大混乱だったって、ルベーロが言ってた」

「そうだぜ、トーレの言う通り、その騎士は大混乱の観覧席を姫様のところまで跳び越えていったらしいぞ」

「なんだよそれ、身体強化魔法の達人かよ」

「ザカリアス、出来る?」

「無理に決まってるだろう。大聖堂の会場は見学にいっただろう。いくらなんでも、あんな高さと距離は跳べねぇよ」


 僕らの疑問の答えを知っているのか、ルベーロはニヤニヤと笑みを浮かべている。


「ルベーロ、知ってるならさっさと話せ」

「どうしようっかなぁ……」

「話したくないなら別にいい、明日になれば何処かから伝わってくる」

「あぁ、分かったよ、話せばいいんだろう。良く聞けよ、特にオラシオ」

「えっ、僕……?」

「そうだ、聞き逃すなよ」


 ニヤリと笑ったルベーロは、信じられないような話を始めた。


「ラガート子爵家の騎士は、一枚も盾を持っていなかった」

「嘘だろう、それでどうやって……」

「まぁまぁ、最後まで聞いてくれ。子爵家の騎士の周りには、まるで見えない壁があるみたいで、魔銃の炎弾などは全部途中で弾けてしまったそうだ」

「そ、それって……もしかして……」

「そう、その騎士は空属性の魔法を使っていたらしい」

「嘘……」

「しかも! 良く聞けよオラシオ。その騎士は猫人だったそうだぞ」


 全身に震えが走った。

 そんな事が出来るのは、1人しかいないはずだ。


「ニャンゴだ……きっとニャンゴだよ……」

「落ち着けオラシオ、まだ例の幼馴染と決まった訳じゃないぞ」

「ううん、ルベーロ。絶対にニャンゴだよ、間違いない。あぁ! どうしよう……」

「どうした、オラシオ」

「どうしよう、ザカリアス。僕、ニャンゴに王都を案内するって言ってたのに……」

「はぁ、心配するのはそこかよ。というか、マジでオラシオの幼馴染だったら、すげぇな、俺達と同い年だぞ、もう現役の騎士かよ。すげぇ!」


 ニャンゴ、いつの間に騎士になったの? 僕に会いに来てくれたの?

 会いたいよ、ニャンゴ。いっぱい、いっぱい話したい事があるんだ。

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