第155話 エスカランテ侯爵家

 ラガート子爵家の魔導車の御者を務めるナバックは、人当たりの良いヤギ人で話好きの男だ。

 王都へは何度も御者として行っているそうで、色々なことを教えてくれる。


 ラガート子爵領に隣接する領地を治めるエスカランテ侯爵についても、色々な噂話を教えてくれた。


「エスカランテ侯爵家は、シュレンドル王国騎士団の騎士団長を代々務めている家柄で、現当主のアンブリス様が現在の騎士団長だ」

「代々務めているってことは、騎士団長は世襲制なんですね?」

「いや違うぞ、そもそも王国騎士には実力が無ければ選ばれないのは知ってるな。その実力者の集団を束ねていく役割だから、当然実力が伴わなければ務まらない」

「じゃあ、エスカランテ侯爵家の歴代当主は、実力を認められて騎士団長に選ばれているんですか。凄いなぁ……」

「まぁ、騎士団長ともなると、貴族に睨みを効かせないといけないし、平民出身では務まらないのも事実だな。そうなると貴族の出身で、武術に秀でた者となると……」

「あぁ、なるほど……エスカランテ侯爵家以上に、武術に熱心な貴族がいないんですね」

「まぁ、そういうことだ」


 殆どの貴族が、嗜みとして剣術や槍術などを習うそうだが、あくまでも貴族の子女の手習い程度だそうだ。

 それに対してエスカランテ家では、幼少の頃から修行と呼ぶのが相応しい修練を積むそうで、他の貴族が対抗するのは不可能という訳だ。


 ナバックは俺と話をしながらも、せわしなく右手を前後に動かしている。

 どうやら右手で握ったレバーで、動力である撹拌の魔道具への魔力の供給をON、OFFしているらしい。


 登坂ではONにしている時間を長く、逆に下り坂ではOFFのままブレーキレバーに手を掛けている。

 ナバックの正面にある左右に倒れるレバーが、魔導車の舵の役割を果たしているようだ。


 前世日本の知識を持っている俺から見るとブレーキが貧弱に思えてしまうが、馬車のブレーキも同様だし、魔導車の速度はあまり速くないから、これで十分なのだろう。

 イブーロからエスカランテ領の街キルマヤまでの道程は、家具工房ディアーコの護衛依頼で一度訪れているし、領地の境まではワイバーン討伐の時に再訪している。


「そう言えば、キラービーって討伐されたんですかね?」

「あぁ、もう旅人を襲うような事例は起こっていないぞ。元々、キラービーはもう少し高い場所に生息する魔物だからな」

「そうなんですか」

「あぁ、今回はワイバーンに住み家を追われ、新しい巣を作らなきゃいけない、そのためには栄養が必要という感じで家畜や旅人を襲っていたんだろう」

「なるほど……」


 ナバックは魔物に関する話もするのだが、別に冒険者として活動してきた訳でもないし、腕っぷしに自信がある訳でもない。

 そうした話の全てが実体験ではなく、酒場などで仕入れた聞きかじりの知識なのだ。

 まぁ、道中の退屈しのぎには丁度良いし、話半分程度に聞いておけば問題ないだろう。


 魔導車の御者台は、寒さしのぎのために囲った状態にしてある。

 足下は板で、目線の高さはガラス窓で覆われている。


 空属性魔法で覆いを作る必要も無いし、さすがに貴族の魔導車らしく振動も良く抑えられている。

 その上、俺は専用の空属性クッションを使っているから、乗り心地はすこぶる良好だ。


 つまり……眠たくなってきてしまう。

 これは冒険者として未熟というよりも、隙あらば眠たくなってしまう猫人の体質的な問題なのだ。


 一応、護衛という役割を担っているので、ぐーすか眠っている訳にはいかない。

 ナバックとの会話は、眠気を覚ましてくれるので本当に助かっている。


 旅程3日目、この日はエスカランテ侯爵家に宿泊する。

 王都まで行く途中にある領主の家には、表敬訪問という形で一夜の宿を借りるそうだ。


 ラガート子爵家の一行を出迎えた初老のジャガー人が、先代領主にして先代騎士団長のアルバロス・エスカランテだ。

 年齢はもう60代ぐらいだろうが、身のこなしに独特の柔らかさがあり、強者のオーラを感じさせる。


「やぁ、フレデリック、良く来た、良く来た。ブリジットも元気そうでなにより。あぁ、アイーダは美しく成長したな」

「本日はお世話になります」

「なぁに、堅苦しい挨拶などは無しにして、我が家と思って寛いでくれ。さぁ、冷えるから中に入ろう……」


 元騎士団長と聞いていたので恐ろしげな人物を想像していたが、実際のアルバロスは気さくで優しげな人物に見えた。

 そのアルバロスと共に、同じくジャガー人の少年が子爵一家を出迎えている。


 ここまでの道中に聞いたナバックの話によれば、現当主の四男デリックだそうだ。

 アイーダと同い年で、デリックもまた王都で巣立ちの儀を受けるらしい。


 子爵一家には如才ない笑顔を浮かべているが、ふっと俺達に向けた視線には見下すような色が見える。

 いけ好かない奴と感じたが、さすがに鍛えているようでミゲルなどとは較べものにならない引き締まった身体つきをしていた。


 ラガート子爵達が屋敷に入る間、俺達は魔導車の横に整列して見送り、その後で同行者が使う宿舎へと移動する予定だった。

 ところが、子爵一家を屋敷へと誘ったアルバロスが、不意に振り向いて俺に視線を向けてきた。


「君がニャンゴだな。タールベルクから話を聞いている」


 そう言えば、護衛を担当した家具工房の取引先のボディーガード、タールベルクが先代領主と懇意にしているような話だった。

 ニヤリと口許を緩めたアルバロスの視線は、子爵達に向けていたものとは違って獲物を狙う猛獣の瞳だ。


 背中の毛が一斉に逆立って、頭の中で警鐘が鳴りっぱなしの状態だが、悟られないように務めて冷静を装って答えた。


「はい、初めまして、ニャンゴと申します」

「ふむ、なんでも面白い魔法を使うそうだな。ワイバーンも仕留めたそうじゃないか」

「はい、ですがあれは周囲の協力があってこそで、俺だけの手柄ではありません」

「そうか……まぁ良い、付いて来い。儂の無聊を慰める話をしてくれ」


 屋敷に入る途中で振り向いていたラガート子爵に視線を向けると、小さく頷いてみせた。


「はい、お供させていただきます」


 執事やメイド長と共に、ラガート子爵に続いて屋敷へと入る。

 エスカランテ侯爵家の屋敷は、何とか宮殿と呼んだ方が良いほど、壮麗で広大な規模を誇っている。


 エントランスには武術が盛んな土地柄か、武闘家をモチーフとした彫刻が並べられ、どれも今にも動き出しそうな精巧さだ。

 古い時代の鎧や武器も並べられているが、入念な手入れが施されているようで、今すぐにでも実戦使用が可能な状態に保たれている。


 ホストとしてラガート子爵を案内しつつも、時折アルバロスの視線が俺に向けられる。

 視線の先は、どうやら俺の足下のようだ。


 応接間に入り、子爵一家をソファーへと誘った後、執事と一緒に壁際に立った俺の所へアルバロスが歩み寄って来た。


「ふむ、それが空属性魔法か」


 応接間の床には毛足の長い絨毯が敷かれていて、普通の人ならば足が沈み込んでいるが、ステップを使っている俺の足は浮いたままだ。


「はい、空属性魔法で空気を固めて足場にしています」

「それは足を汚さないためか?」

「いいえ、もう習慣になっていますし……ここに同じものを作りましたので、ちょっと触ってみて下さい」

「ほぉ……おぉぉ、なるほど……ここまで出来るものなのか」


 滑りにくく、クッションを利かせたステップに触れると、アルバロスは目を見開いて驚いていた。


「ふむ……ここに作れるということは、高さも自由なのだな?」

「はい、この通り……」


 ステップを使って、その場で足場の位置を上げてみせると、アルバロスはまた猛獣のような笑みを浮かべてみせた。


「面白いな、実に面白い……ニャンゴ、儂の隣に座れ」

「えぇぇ……」

「なぁに、礼儀だ作法だなど気にする必要は無い、別に取って食いやしないから安心しろ」

「はぁ……」


 そうまで言われたら仕方ないので、後ろに付いて行こうかと思ったら、アルバロスにひょいっと抱えられてしまった。

 レイラさんのようなお姫様だっこではなく、小脇に抱えられて連行される形だ。


 アルバロスの腕は太く、服の布地越しにも筋肉の塊であるのが良く分かった。

 どれだけ鍛錬を行えば、こんな腕になるのだろうか。


 俺の腕なんて、指に挟んでペキっと折ってしまいそうだ。

 アルバロスが腰を落ち着けたソファーのひじ掛けに座らされると、斜向かいに座っているデリックは露骨に嫌そうな顔をしてみせた。


 それに気付いているのかいないのか、アルバロスは巣立ちの儀の話題を切り出した。


「さて、この度はアイーダ嬢、そしてデリックが巣立ちの儀を受ける訳だが……デリック、そなたは何の属性を望む」

「勿論、父上やお爺様のような火属性が良いです」

「そうか……だが、与えられる属性は女神様が知るのみで、我々にはどうする事も出来ぬ。両親ともに火属性であっても、子供は風属性であったり水属性であったりする。そして……空属性という珍しい魔法を授かる者もいる」


 テーブルを囲む全員の視線が俺に集まり、とっても居心地が悪い。


「正直に言おう、儂は空属性など何の役にも立たない属性だと思ってきたし、実際に空属性を使って活動をしている者など見たことが無かった。だがどうだ、このニャンゴは己の才覚で空属性を優れた魔法に変えて見せたではないか。面白い、実に面白い」


 アルバロスに、グローブのような手で手荒く撫でられる。

 前世日本で、オッサンに撫でられて迷惑そうな顔をしていた猫の気持ちが良く分かった。


「デリック、もし巣立ちの儀で思うような属性を得られなくとも、決して下を向くな。そして、望み通りに火属性を手にしても、決して増長するな。そなたには、儂やアンブリスと同じエスカランテの血が流れておる。失敗を恐れるな、立ち向かえ、工夫せよ、四男のそなたが兄達を追い越すことも不可能ではないぞ」

「はいっ!」


 アルバロスの薫陶を受けて、デリックは瞳を輝かせている。

 てか、間に挟まっている俺はどうすれば良いんだ?

 大人しく、猫の置物になってるしかないのかにゃ。

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