第13話 腐葉土

森の中に進むにつれ、空気が冷たく湿って来るのを感じた。

世界は青色に変わり昼を待たずに夜になっていくようだ。


振り返れば遥か後ろの木々の間からは強い光が漏れている。


天候が変わった訳ではない。


まるで海の底から天を眺めた様な風景は、闇雲に樹木が光を求めた結果だ。


他よりも高く広く、他を押し退けてでも光を得る。


枝葉は幾層にも分厚く絡まり、雨すら地には落とすまい。


多分、その戦いは地中でも繰り広げられているのだ。


時おり立つ痩せ細った若木が光を浴びるのは何十年先なのだろうか?






森が開けた場所の直前で休憩となった。


彼女はリュックから缶詰め3缶と軍用の水筒を1人づつに渡す。

さすがに四人分は重かったようだ。

水筒は空であり、水は自前で補給しろと言う事らしい。


「牛缶ね、白紙思い出すねぇ」


訓練召集で散々見てきた牛肉の缶詰めを鞄に詰めながら中田がボヤく。


「目的地まで、あと15キロ位ね…上手くしたら夕方には帰れるわ」


「へぇ、なら夕飯は宿で食えるかな」


少女から気に入らないなら宿で食えと言われる前に中田は自分から言った。


「つーかよ、名前なんてんだ?」


急に中田に聞かれて彼女は面食らったようだ。

缶詰めをしまいながら聞き流していた武内も顔を上げ少女を見る。


用事があっても呼びにくい等、名前を知らない事による不便は幾度かあった。


が、そう言う事を抜きにして武内は彼女の名前に関心があった。


実際、良く分からない少女だ。


歳の頃は自分位と推測した以外は全く分からない。


宿で声をかけられ案内人だと言われ着いて来たに過ぎないのだ。


それも今から学校へ行くと言わんばかりの黒いセーラー服でだ。


だが、それでも彼女には案内人だと思わせる異質さがあった。


例えば、同世代の者を集めて学校に放り込んだとして普通ならば学校に溶け込んでしまうだろう。

武内も「生徒」「学生」と言う集団に溶け込んで今まで生きてきた。


だが、彼女は学校へ放り込んでも「彼女」と「学生」になっている気がする。


もし、彼女が同級生であり天文部だったとして

夏子みたいに話せるのであろうか?


とっとと自分だけで片付けてしまうだろうか

はたまた、一晩中1人で星を眺めているだろうか。


「そうね…鴉って呼んでたなら鴉で良いわ」


彼女…鴉は一瞬戸惑ったようだが、それだけ言うと双眼鏡を取り出し斜面に生えた白樺に向かった。


「いや、おい、そう言うんじゃなくてな!」


中田なりの歩み寄りだったのだろう。


「上手く行けば夕方には帰れる」


鴉は斜面に身を預け白樺の根元から開けた先の森を双眼鏡で監視しながら答えた。


「帰ったら私を忘れて、私も忘れるわ」









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