堕とされた神


 俺とナディアに神が降ろされてから三年が経った。


 俺に降ろされた神性は『生命の母神マテァ』と呼ばれる生命や大地を司る神性。

 降ろされた直後に俺が使った千里眼の様な力は、生命の母神マテァの持つ『世界の眼』と言う亜種千里眼スキルで、この世界全てを見通す事が出来るらしい。


 まぁ、俺がいま持っているのは『世界の眼(仮)』となっているらしく、効果もオリジナルよりだいぶ下がってはいるが、便利な事には変わりない。


 一方のナディアに降ろされたのは『智慧の父神ヴァテァ』と言う知識と空を司る神性。

 俺の持つ『世界の眼(仮)』の視線を感じ取れるほど魔力に敏感で、俺とナディアがここ三年でこの世界の言語や文字、文化に魔法を一通り覚える事が出来たのはこの神性のお陰と言って良いだろう。


 ちなみに、ナディアと言う名前は俺が付けさせられた。

 智慧の父神ヴァテァ曰く、『私が名を付けると、この子に厄災が降りかかる可能性がある』からだそうだ。

 元々は主神格の存在だったとはいえ、今の世界では邪神の様な扱いを受けているのでその懸念はまぁ分からなくも無いが……。


 だから代わりに俺が名付ける羽目になったのだが、響きが気に食わないだの、もっとスマートな感じが良いだの、本人でもないのに注文がうるさく、結局決まるのに半日を費やした。


 一応、俺の名前も自分で決めていたが、文字を覚える過程で何故かナディアが俺の事を「リノ」と呼ぶので、いつの間にか「リノ」で落ち着いてしまった。

 何故リノなのかと聞いても、「なんか、雰囲気がリノって感じがする」と言うよく分からん答えが返って来たので、あまり深く考えないようにしている。




「おぉ、我らが神よ!! どうか今宵の神託を下したまえ!!」


 俺達の前に数人の信徒が跪いて神託、とは名ばかりの適当な命令を待っている。

 智慧の父神ヴァテァの入れ知恵のお陰で、俺達はここ三年でこの教団の大部分を使役出来るようになっていた。


 俺達には邪神が宿ったと言う体裁を装って(実際に邪神は降りてきているが)神託と称し、こいつらを良い様に扱うのは中々面白い経験だった。

 飯が不味いので「神を宿す者の糧としてこんな粗末な物を出すのか?」と言ったら、洞窟内に畑やら台所の様な物を作り始めた時には正直笑いを堪えるのが難しかった。


 と言うか、初手で人の臓物とか食事に出されなかったのは助かった。

 こいつらの事だからそれくらいの事は普通にやりかねないと思ったんだけどね。


 今日も信託と称して、適当にこの近くの森を探索して、魔晶を持ってこいと言う様な命令をしておく。

 魔晶はまぁ、そのまんま魔力が凝結した様な鉱石みたいなものだ。

 コイツを信徒たちに集めさせて、俺達は着々とここを抜け出す準備を進めている。

 この洞窟は地脈と言うパワースポットみたいな所で、魔力が地上によく漏れるので魔晶も比較的集めやすい。

 何なら洞窟内にすら魔晶が自然発生するほどで、そちらも定期的に持って来させている。


 智慧の父神ヴァテァによれば、もうすぐ月食の日がやって来るらしい。

 この世界にも太陽や月がある事は驚いたが、それよりも重要なのは月食や新月の日は邪神の力が強まるという事だ。

 ちなみに智慧の父神ヴァテァによると、俺達に神が降ろされた時は新月の夜だったらしい。


 俺達に宿っている二つの神性はこの世界の守護神の様な物だったが、今では存在を捻じ曲げられ邪神として扱われてしまっている。

 なので月食の日であれば力が増し、ここを抜け出すのが容易になる。


 意外にもこの洞窟は警備と言うか住んでいる信徒の数が尋常で無く、どいつも呪術に長けた厄介な存在なので迂闊に事を起こせば即座に消されてしまうだろう。

 三年の年月を掛けて入念に準備を重ねた計画だ。

 あと数日待つくらい、最早苦痛に感じない程度には転生してから精神が叩き上げられてきた気がする。


「リノ、何だか嬉しそう」


「そうか? 顔に出るのはマズいな。頑張って隠さなくちゃな」


 だが、期待が沸き上がるのも抑えられない。

 転生してから三年、ようやく待ちに待った外の世界を目に出来る。

 その日まで、上手くこいつらを欺き続けるんだ。



 ◇ ◇ ◇



 月食の日、俺とナディアは信徒に集めさせたありったけの魔晶を詰めたマジックバッグを持って祭壇の間から抜ける。

 マジックバッグは、今日の日の為に信徒に持って来させた素材を、智慧の父神ヴァテァの智慧を借りて作った代物だ。


 いつもなら信徒達は朝昼晩の概念なく常に洞窟内をうろついているが、今日は別だ。

 月食の力を利用して俺達を強化しようと企んでいるらしく、大量の贄を祭壇の前に備えた後は自分たちの持ち場に着くため、誰一人として部屋を移動する者がいない。


 俺とナディアは隠蔽魔法を使って姿や足音、気配までもを消して洞窟内を駆ける。

 この洞窟、構造が思っている以上に複雑な上にかなり深いのだ。

 俺達が居たのは最下層の祭壇の間で、地上までは大体十層近くある。


「ほんと、何でこんなに面倒な場所になってるんだ」


『上層は至って自然的な地形になっているが、下層になればなるほど人為的な地形になっている。……いやな予感がする、出来れば早くここを脱した方が良い』


 俺の悪態に智慧の父神ヴァテァは淡々と答える。

 月食で力が増しているので、隠蔽魔法で声すらも掻き消せるのはありがたい限りだ。


 ……にしても、何で下方向に拠点を増築したのだろうか。

 正直、バレない様に拠点を作るのだとしても、あそこまで地中深くに作る意味は無いんじゃないか?


 智慧の父神ヴァテァの言う通り、あまり良い予感はしない。

 少しの焦りと共に、若干足を速める。


 そうこうしてる内に、最上層まで着いたようだ。

 最下層付近と違って最上層は大分広めの場所になっていたが、微かに外から流れて来る空気の匂いを感じる。

 出口まではあと少しだろう。


「急ごう」


「うん」


 俺とナディアは脇目も振らずに出口を目指す。

 だんだんと外の明かりが見えて来た。

 出口はもうすぐそこだ。


「おっと、そんなに急いでどこに行かれますかな?」


 だが、そんな出口の前に一つの人影が立ちふさがる。

 細身で長身、なのにどこか悍ましい威圧感を感じさせる人物。

 しかも月食によって魔法が強化されている俺達の隠蔽魔法を容易く見破る程の実力者。


 最悪だ。


「……フサッグ大司教、何故貴方がここに?」


「それを答えたら、貴方たちは大人しくここに留まって頂けますか?」


 もはや隠蔽魔法は意味をなさない、かと言って大人しくこんな場所に留まる訳には行かない。


「その目つきでは、到底戻って頂けそうにありませんね」


「当り前だ」


 俺が短く肯定の言葉を返すと、はぁと短くため息をつき、フサッグは唐突に意味の分からない言葉を発し始める。


「フングルイ ムグルウナフ クトゥグァ フォマルハウト ンガア・グア ナフルタグン イア! クトゥグァ! 」


「クトゥ……!? おい待て、何でその呪文が―――」


『二人とも、早く逃げろ!!』


 智慧の父神ヴァテァがこれ以上ないと思える程に切羽詰まった声音で警告する。

 その様子に、俺達はすぐさま出口を目指す。

 ちらりと洞窟内の壁を見ると、魔晶が赤く発光しているのがみえた。


 フサッグは何もしてこないまま、ただ不敵に笑い続け何度も同じ呪文を繰り返すのみだ。

 俺達は特に何も無く洞窟の外に出る。


 だが、待ち望んでいた外の景色は、燃えるような月に照らされとても不気味に映る。


「なぁ、さっきから背筋がビリつくんだけど、何なんだこれ!?」


「私も何だか寒気が止まらない……」


『だろうな。あれは、あの呪文はこの世界の理に囚われぬ、外界の者を呼び起こす為の呪文だ』


 智慧の父神ヴァテァの声音には、明らかな動揺が滲み出ている。

 まさか、とは思うものの、フサッグは明らかに俺が前世で聞いた覚えのある不穏な呪文を口にした。

 この神性ヴァテァがこうも取り乱す程の存在、あの呪文、本当にあの存在をあいつは呼び出そうとしているのか!?


『もっと早くに気付くべきだった、自然的な構造の上層に比べて意図的に下へと伸びた下層。異様に多い信徒の数に魔力を大量に確保出来る地脈。加えて今日と言う月食の日。大量の贄、大量の魔力、そして魔を増長させる月。全ては、で外界の神性を降ろす為に―――』








 一瞬。


 一瞬で、全てが燃えた。


 背後の洞窟は、跡形も無く崩壊した。

 周囲の森は、跡形も無く焼き払われた。


 奇跡的に、俺達は防御が間に合った。

 それでも防ぎきれなかった熱波が肌をチリチリと焦がす。


 洞窟だった場所を見ると、そこには今の熱波の影響を受けなかったのか、傷一つ無く笑い続けるフサッグと、その頭上には―――








 生ける炎が煌々と揺らめいていた。

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