第35話 変態さんを言葉で説得する過酷なミッション

 もちろん、俺にはまったく余裕がない。

 相手は女とはいえ、一体何をしでかしてくるのかまったく予想ができないポリスなのだから。

 ていうかこの女、やっぱりヤベー奴だったか。

 広場の真ん中で、半分パンダの女が長身少女の背後から腕を極めているという異様な光景が広がっているにも関わらず、誰も俺たちを気にする人間はいなかった。

 どいつもこいつも、目の前の恋人に夢中だったからな。

 やっぱ『恋』ってのは二人きりでしかできない閉鎖的なモノなんだろうよ。

 こりゃ俺が自力でどうにかするしかなさそうだ。


「とりあえず、聖奈を放してくれませんか?」


 ポリスを刺激しないように、俺は慎重になっていた。

 聖奈は今のところは平気そうだけれど、いつ泣き出してしまうかわからない。

 大事な友達として、聖奈を怖い目に遭わせるわけにはいかない。


「あなたが腕を極めているその子は、女子小学生です。犯罪者でも誘拐犯でもありません」

「まさか」


 ポリスは鼻で笑い。


「もういいんだ、少年。君はこの痴女にそう言うように脅されている。そうだろう?」


 よほど思い込みが激しいのか、ポリスはまったく信じる気配がない。

 唯一の救いは、ポリスには、聖奈の行動を制限する以上の暴力を振るう様子がないこと。

 ポリスはとっても頭がおかしい女には違いないけれど、過度に暴力的なわけでもなさそうだ。


「本当のことを話しましょう」


 俺は切り出した。


「あなたが思っているようないかがわしいことは、何もありませんよ。だってその聖奈は本当に小学生で、俺は、高校生ですから」

「なに? 高校生?」


 ポリスが関心を示した時、俺は勝利を確信した。

 普段は滅多に持ち歩くことはないが、今日に限って俺は、学生証を持ってきている。

 このデートの資金は俺持ちだ。学割を使った方がずっといいからな。ケチじゃないよ。


「少年、証拠を見せてもらおうか?」

「もちろんですよ」


 俺は、財布のカードケースに仕込んでいた学生証を取り出そうと、ポケットに手を伸ばすのだが。


「おい、やめろぉ! 公衆の面前だぞ!」


 あくまで聖奈の手首を離さないながら、ポリスは突然片手で目を隠した。


「そういうのは、その辺の物陰でこっそり見せてくれぇ!」

「何を見せると思ったんだよ?」


 やめろ、と叫ぶわりにはすっげえ嬉しそうなのはどういうことなの。


「丘崎さん、ずるいですよ、聖奈にも見せてください」


 腕を決める力が緩んだからか、聖奈もわりと余裕が戻ってきていた。

 女子二人が、下ネタ的なサムシングを連想しているとなんとなく感じた俺は、これ以上余計なことが起きる前にさっさと学生証を取り出す。


「ほら、これで文句ないでしょ? 俺は高校生なんですよ。これでも」


 ポリスの元に放り投げた学生証を、ポリスの指示で聖奈が拾い、ポリスに見せる。


「な、なんと……!」


 驚愕のポリスは、片膝を崩してうなだれた。聖奈の腕をまだ離してはいない。


「確かにこれは……あのクソむさくるしい照光港しょうこうこう高校の学生証! 悔しいがこれは本物……私ですら、これほど精密な偽造はできない……」

「信じてくれましたね!」


 不穏なセリフを聞かなかったことにするために、俺は大きな声を出した。

 とはいえポリスも信じてくれたし、これで一件落着。

 と、思いきや。


「し、しかし、君が高校生だったとしても、この女はどう見ても大学生……だ、大学生がぁ、こんな時間まで、こんな場所に、未成年を連れ回していいわけがないだろうが!」


 ポリスは食い下がる。

 そういう切り口で来たか。

 聖奈の身分証明ができないのをいいことに、聖奈を成人した大学生にしてしまおうというわけだ。

 この広場に来ると計画したのは俺なので、聖奈には何の責任もない。

 このままでは、全部が全部聖奈のせいになってしまう。

 ポリスにもわかるように、聖奈と一緒に行動する時はちゃんと俺の意思も関与していることを理解してもらわないといけない。

 だから俺は。

 聖奈を無事なまま取り戻し、ポリスにお引取り願うために。


  

「――聖奈は、俺の恋人なんです」


  

 そんな、『ウソ』をついた。

 今さっき、自ら否定したことを引っ張り出してくる。


「だから、俺もちゃんと自分の意思でここまで来たんですよ。無理矢理連れ回されたわけではありません」

「あばば、おかざきしゃんが聖奈を恋人って……!」


 聖奈は、デフォルメの二頭身キャラになりそうなくらいデッサンの崩れた表情で、頭からばしゅん、と湯気を飛ばして気絶した。

 呆然とするポリスだったけれど、まだ聖奈の腕を掴んでいた。

 おかげで聖奈が顔を地面に突っ込んでしまうことはなかった。

 今は聖奈には眠っていてもらった方が都合がいい。

 ……あとでめちゃくちゃ謝罪するハメになるだろうけれど。


「お互い同意してここまで来たんですから、聖奈が責められるいわれはないですよ」


 するとポリスは、変態とは思えないくらい妙に真剣な顔をして。


「……恋人とはいうが、君は高校生で、この女は小学生なのだろう?」


 逆に、俺の立場の方が危うくなりそうな反撃をしてきた。

 思い出したように正気を取り戻されると、むしろこっちが焦る。

 だが、聖奈を救うための方便も、俺が言い出したことだ。

 その責任は、最後まで取らないとな。


「……確かに高校生と小学生の組み合わせは違和感を覚えるかもしれませんけど、年齢差でいえば、俺と聖奈は4つしか離れてません。そのくらいの年齢差のカップルなんて、世の中にはザラにいますよ」

「ぐっ、それは……」

「お姉さんだって、それくらい歳上の人と付き合ったことくらいありますよね?」


 ポリスの交際関係なんて知らないけれど、煽りの意味も込めて、俺は言った。


「あ? うん、まあな、私はとてもモテモテな恋愛強者だからなぁ。王位継承者とか大資産家の長男とか養子としてやってきた義理の弟ながら実は貴族の血筋とか……それはもう、たっくさん求愛されているゾ!」


 あ、これモテてねえな、と直感できる反応をするポリス。相手がみんなファンタジーじゃねえか。異世界帰りかよ。


「だったら、高校生の俺と小学生の聖奈が付き合っていたって、何の問題もないですよね」


 俺はポリスとの距離を詰めていく。

 一方のポリスには、もはや得体のしれない勢いは存在しなかった。

 虚勢を張ったことが裏目に出たな。

 見栄張ってウソついたらロクな目に合わないからな。

 ソースは俺。


「じゃあ君はぁ!」


 ポリスは聖奈の腕を放すと、おもむろに立ち上がり、胸元に両手を当てて妙にいじらしい顔をした。

 ポリスは変質者だけど見た目だけは美女なので、雰囲気の変わった彼女を相手に多少気後れをしてしまうのだが。


「この子の方が、好きなの?」


 好きなの、も何も……。

 どうして俺、負けヒロインに引導を渡さないといけない状況みたいになっているんだろう。

 そもそもあなたは攻略対象キャラどころかサブヒロインですらないでしょうが。


「好きですよ。……大事な恋人です」


 聖奈が気絶しているのをいいことに、俺は、ちょっと言い過ぎかな、ってくらい言った。

『恋人』ではないけれど、聖奈のことは『好き』だし『大事』だ。3つの言葉のうち2つは紛れもない真実だ。

 ……まあ聖奈としては、ウソのその一つの言葉だけが真実であってほしかったのだろうけれど。


「ぬぬぬぬぬ……そうまで言われてしまったら……」


 ポリスは、目がぐるぐるになりそうなくらい混乱すると。


「ぬぅん!」


 聖奈を解放し、ぽいっ、と俺のもとへ放り投げた。


「……私が、間違ってました。ごめんなさい」


 土下座でもって、俺たちに謝罪の意を示すのだった。

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