第27話 客分としての生活
会談の翌日、30分程度の仮眠を取ったイネちゃんはドラクさんから盗賊ギルドの依頼に必要な書類を用意してくれたので、イネちゃんは街に出て盗賊ギルドへと足を向けていた。
ちょっと寝不足気味ながらも少しは寝ることができたからねルンルン気分で盗賊ギルドに入ると、そこには先日やたら絡んできたチンピラと、衛兵に捕縛されていたはずのミランと呼ばれていた男が一斉にこちらを睨んできた。
「おうおう、よくも酷い目に合わせてくれたなぁ」
「いや普通その人数でこっちみたいな体格の女の子を追いかけて衛兵の目の前通ればそうなるでしょ」
「そうじゃねぇ!あれだけ大口叩いていたくせに逃げやがって!」
「いやそれも逃げるでしょ。勝てるにしても凄く面倒だし……後依頼達成報告しに来てるから、ギルドに睨まれたくないのならどいたほうがいいよ」
「チッ、お前ら道を開けてやれ」
街のチンピラ勢がミランの一言で一斉に動く辺り、実力も含めて人望もそれなりにはありそうかな、兄貴呼びで慕われてる感じはあるし。
「これが領主館に保存されていた出納帳と食料の動きです。残念ながらパタの分しか入手できませんでしたが」
「ここで待て」
マスターさんが書類を持って建物の奥へと入ると、予想通りにミランが絡んで来る。
「さぁて、果たしてメスガキはぶぅじに依頼をこなせるでしょうか。てめぇら、かけるか?」
「問題ないとよ。ほれ、報酬のギルド証だ。残念だったなミラン」
「ありがと……ってシェリフなんだね」
「少なくとも、この街ならな」
まぁ衛兵公認の半公的組織化しているのならそりゃそうか、ルースお父さんの好きな西部劇でもなんかそんなノリで保安官になった人間もいたりするらしいし、そういう事例を考えるとむしろ自然なのかもしれない。
「マスター、このメスガキがシェリフ貰ったってんなら……」
「ほどほどにしろよ。後ルールは守れ、次はボスも許さないぞ」
「へぇへぇ」
わかってるのか分かっていないのか判断に困るような生返事をしながら指の骨を鳴らしながらイネちゃんのところまで来て。
「シェリフを持ったのなら決闘ができるぜ!」
「拒否権は?」
「あるな、だがその後腰抜け扱いで仕事も減るが」
なる程、ならず者をやる気にさせつつ御するための制度の1つかな、血の気の多い連中ならしょっちゅうやらかしかねないしガス抜きは必要なのは理解する。
「おいおい、なんでマスターに聞くんだぁ」
「そっちのが確実でしょ、少なくともルールに関しては嘘をつかないと言える立場の人間だし」
「どこまでも……舐めきったガキだ!」
ミランはそれが始まりの合図のつもりだったのか、不意打ちでイネちゃんの胸ぐらをつかんで勢いよく壁に叩きつけてきた。
「ヤッちまえミランさん!」
「黙ってろ!」
なんてやってるけど、どうやら実際にやったミランは違和感に気づいたらしくちょっと焦り始めている。
「まぁ……単純なフィジカル任せによる攻撃は確かに有効だとは思うけどね」
胸ぐらを掴んでねじり込む形にこちらに押し付けているから純粋に密着していて、こちらは両手が空いている状態……急所だらけの顔面が目の前だし、金的は身長差的にできなくもない程度の位置、ただ武術……というか人体を理解しているのであればこの状態なら手でも胸辺りでも腹でも急所を狙えるわけで……。
「化物じゃねぇか……魔軍の奴と戦った時にこんな感覚があったぞ……」
「失礼な、人間だよ」
「嘘いがぁ!?」
とりあえずイネちゃんを掴んでいる手のツボを刺激して拘束を外す。
腹部は筋肉と脂肪の鎧でできていそうなので地面に降りた直後に鋼鉄靴のかかと部分で、次の動きに繋がる程度に体重をかけて踏んでからツボを刺激していた手をミランに押し付けながら中国拳法で言うところの気の流れを体内で作って最も頑丈だけど警戒していないだろう腹部に向けて叩きつける。
「ガッ……やっぱ化物じゃねぇか、なんだ今のは、なんのスキルだ」
「スキルじゃ……いやまぁ技術ではあるから間違いではないけどそうじゃないというか」
あぁもうややこしい。
発勁しただけでこれだから、合気術とかやったらもっと色々と言われそうだよ。
「だぁが、まだ終わりじゃねぇぞ!」
「いや終わっときなよ……」
「ここで終わったら舐められるだけなんだ……よ!」
チンピラネットワーク……いや、マスターの言葉も考えると盗賊ギルド含め裏社会全体のネットワークでって可能性もあるか、なにせこの戦闘は盗賊ギルドで定められていた決闘システムを利用しているんだから必死にもなるか。
ともかくミランが拳を振り下ろしてきたので、その振り下ろしている運動エネルギーと彼の体重をそのまま利用して逆に壁に叩きつける形で投げ飛ばす。
「おい、建物は壊さないでくれ。店でもあるんだからな」
「机とかはいいんだ」
「その辺りなら決闘なんて決まりを作った連中が立て替えるてくれるからな。そうでなきゃ俺も許可なんて出さん」
なる程、組織としてチンピラを構成員とする以上はそこも織り込み済みだってことか……いや最初からそこを切り離したほうが組織としてはいいとイネちゃん思うんですが、よもや社会的セーフティネットみたいな場所になってないだろうね、盗賊ギルド。
「クソ……まだ終わって……ねぇ……」
「もうやめとけ、ギルド側の立会人としてこれ以上は許可できん。その子がお前を何度殺せたか察しろ、お前の実力ならそれくらいできるはずだ」
「俺を慕っている連中に恥ずかしい真似させれねぇ……」
「分かるが相手が悪すぎる。それに、お前さんの相手はボスのスポンサーの客分だぞ、意味はわかるな」
あぁやっぱドラクさん、ガッツリ繋がってるのか。
そしてマスターさんのその言葉でミランの部下の表情が青くなるのが横目で確認できるから、スポンサーが誰なのかってのは周知されてるわけだね。
「引き際を見誤る方が評価を落とす。そういうことも覚えろ」
「じゃあよマスター、1つ約束しろ」
「なんだ」
「今度ギルドじゃなく正規の決闘をさせろ。勿論相手はこのガキだ」
あ、メスガキからガキになってる。
「許可できん、少なくとも俺の権限ではな」
つまり盗賊ギルドの定める決闘は素手での喧嘩ってことで、正規の決闘ってのは文字通りの決闘ってことか。
「ミラン、これ以上ごねるとボスに消されるぞ、部下もまとめてな」
「クソ!」
それだけ言ってミランはご機嫌斜めに盗賊ギルドを部下を引き連れて出ていった。
「あいつらは貧困街出身だからな」
「まぁ、職があるのはいいことだよ。その職業の社会的善悪は見ないにしても」
「それと、これからどうするつもりだ」
「スポンサーとの交渉は信頼できる人間に任せてある以上、こちらは別口で動くつもりだから、軽めの奴があれば依頼書を見せてくれたら嬉しいよ」
「残念だが機密性の高い奴しかない。最も、あんたらが俺たち裏社会とガッツリ繋がってくれるっていうのなら別だが」
「あ、うん内容察せたからいいや。それにこっちはこれでも自分たちの組織では公的な存在だからね、あまりキハグレイスの情勢に足を突っ込むつもりはないから、ごめん」
「いやいい。スポンサー案件だからボスも文句は言いようがないしな」
「なら……せっかくですし改めて観光と市場にでも」
「そうか、必要無いかもしれんが気をつけろよ」
マスターの言葉に手だけで返事をして盗賊ギルドを出て、ドラクさんから貰った街の地図を開いて市場に向かう。
人類と魔軍の戦争中の上に王都は直接動いていないにしても、パタに対しては冷遇処置を取っているだろう想像ができる情勢だから市場の品揃えに関しては期待はできないし、先日少しみた感じでも中央市場にも関わらず人の数はそれほど多いとはお世辞にも言えないくらいだったからね、そこはもう、現時点でのパタの状態を確認するためでもある。
ドラクさんは食料最優先で増産体制を取ったけれど、近くに鉱床がないパタは金属加工業がないし、木工業に関しても近くの森は神域の森としているせいであまり大規模生産ができるような発展はしていない。
つまるところ食べる物はあっても調理器具と食器がないなんてことが起きかねない状態というのがパタの物資事情なのである。
「となると必然的に食べ歩きしかできないか……改めて観光名所を回るのもいいけど史跡以外見れる場所があまりないのが悲しいかな」
半日で大半を回れてしまうからなぁ、とりあえず食べ歩きに向いてそうなものを見つけて今度はあれこれ難しいことを考えることなく観光地を回って見ることにしたのだった。
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