第18話 シンプルイズベスト


 といった感じに米里さんと過ごして、二時間くらい経ったところでお店を出ることに。

「ありがとうございましたー」

 真白の手慣れたレジ打ちにも内心目を丸くして、高校生にとっては安くない千円を財布から溶かした。……いや、これが真白の飛行機代になると思えば……。

 雰囲気もいいしコーヒーも美味しかった。……でも、やっぱりお高い。お金稼げるようになったら、また来よう……。


 僕が家に着いてから二時間後くらいに真白は家に帰ってきた。

「ただいま帰りましたー」

「おかえり」

 僕は台所で冷凍の鮭をシンプルに塩焼きにしつつ、真白を迎えた。

「ふぅー、今日も働きましたー」

 真白は家に入るなり上着を脱いでリビングの椅子に座ってはダラーンと体を伸ばす。

「やっぱりお家が一番のんびりできますねえ……」

「その割には楽しそうに働いてたけど?」

 横目でテーブルにふにゃけている真白を眺めつつ、同時に作っている豚汁の味を見る。うん、なかなか。……ちなみに、北海道でとんじると読むとなぜか不思議そうな顔をされる。どうやらこっちではぶたじると読む人が多いみたいだ。これは僕も未だに慣れない。

「楽しいですよー。落ち着いた雰囲気も好きですし、お客さんも大概いい人ばかりですから」

「ならよかった。僕も帰ってからご飯作り出したから、今日は鮭の塩焼きと豚汁と漬物でいい?」

 駄目って言われてもあれなんですけどね。

「いいですよー、ありがとうございますー」

 どうやらよほど疲れているみたいだ。もうテーブルの上でふにゃふにゃしたまま動けなくなっている。

……もう鮭は焼きあがったな。

 僕はお皿に香ばしい匂いを漂わせている鮭を乗せて、真白の顔の目の前にそっと置いてみる。すると、くんくんと真白の鼻がピクピク動き始めて、

「お、おさかなさんの匂いっ」

 目を輝かせて勢いよく体を起こした。

「はわぁ……シンプルですけど一番美味しいんですよねえ……よだれが出ちゃいますう……」

「……もうすぐご飯炊けるからちょっと待っててね」

 放っておくと鮭だけで晩ご飯にしそうだったので、僕は火にかけていた豚汁を食卓に運び、さらには小鉢に移した白菜の漬物を手早く食卓に移した。

 ほどなくして、炊飯器から機嫌のいいメロディが鳴り響いたので、音楽が鳴りやむ前にスイッチを切って最後にテーブルに持っていった。……少しは蒸らしたほうがいいのだろうけど、時間がないから今日はご愛嬌ってことで。

「お待たせ。それじゃあ、食べようか」

「はいっ」

 わくわくと顔をニコニコさせて真白は茶碗にご飯をよそって、僕は豚汁を注ぐ。左に白米、右に豚汁、真ん中に焼鮭、漬物。うん、至ってシンプル。

「「いただきます」」

 そう言うと真白ははふはふと幸せそうにご飯と鮭を食べている。頬っぺたが落ちるとはきっと今の表情のことを言うのだろう。

 そんな彼女の表情を眺めながら口に含む鮭は、塩を振っているはずなのにどこか甘い。ご飯本来の甘さなのだろうか。

「そういえば、随分楽しそうにお隣さんと話してましたよね、やっぱり仲がいいんじゃないですか?」

 もぐもぐとご飯を噛んでいる真白は、何の気なしにそう聞いてくる。

「……別に、ノート貸してもらったお返しみたいなところがあっただけだよ」

「そうですか? 結構米里さんは嬉しそうにしてたと思いますけど」

「……気のせいじゃない? 僕と過ごすのなんて、一部の人にとっては罰ゲームみたいなところもあるだろうし」

 なんて答えると真白は珍しくぷくりと顔を膨らませて、やや大げさに豚汁をすすってみせる。

「ど、どうかした?」

「どうもしてませんよー」

 ……漬物食べる音もなんかわざと大きくしている気がするんですが。

「なら、どうして優太さんはぼっちなんですか?」

 真白は流れそのままにまあまあ重たい質問を僕に投げてきた。僕は一度コップの麦茶を飲んで間を取る。

「……ぼっちっていうのは、どういう意味で?」

「全部です。学校でも、家でも」

「それは、どうして実家を出たのかって解釈でいいの?」

「そういうことになりますね」

 どうしたものか。……別にどうしても話したくないことではないけど、やっぱり話して楽しいことではない。せっかくのご飯が不味くなるくらいには。

「……ご飯食べ終わってからにしよう。お互い気分がよくなる話じゃないから」

 しかし、真白の真面目な表情を見て話さないわけにもいかないかもと思った僕は、重いため息とともにそう吐き出した。


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