第9話
迷宮内をひたすら歩いて魔物を見つけたら倒す、というのを繰り返していると、いつの間にか魔石を入れる袋がパンパンになってしまっていた。
マコトはリュックサックを背負っており、その中には今満杯になったのと同じ大きさの袋が既にいくつか入っている。
用意しておいた袋は全て満杯になってしまっていた。
道具屋で前もって買っておいた簡素な懐中時計を見ると、既に時刻は20時となっていた。
迷宮に入ったのが昼前だったので、マコトは10時間も探索していた事になる。
緊張状態が続く迷宮では時間感覚が狂いやすい、という事は聞いていたが、実際に体験すると驚いてしまう。
マコトは予想以上に時間が経ってしまっていた事に慌て、今度からはもう少しこまめに確認しようと反省した。
ひとまず今日のところはここで止めておこう、と決めたマコトは脱出する事にした。
迷宮の中には魔物が生成されず、入ってくる事もできないセーフティーゾーンが存在する。
全てのセーフティーゾーンには祠があり、そこから迷宮の外に転移する事ができるようになっていた。
しかしマコトはテレポートの魔法を持っている為、わざわざセーフティーゾーンに行く必要がない。
念の為周囲に人がいないかを確認し、テレポートを発動した。
転移した場所は宿屋の借り部屋である。
一瞬で移動したマコトは迷宮の中からでも無事に転移できた事に安堵する。
できる事は知っていたが、実際に試した事はなかったので少し不安だったのだ。
ともあれ、無事に戻ってきたマコトはギルドへ向かう事にした。
宿屋の娘にいつの間に戻ってきていたのかと聞かれたが、適当に誤魔化した。
安心して転移する為にも、早く金を貯めて家を借りるか買わなければならないとマコトは思った。
「あっ、マコトさん!やっと戻ってきましたか!」
ギルドに入ると、受付にいたレイラが大声でそう言った。
周りの探索者が驚いた顔をしてレイラを見る。
レイラは視線を集めてしまった事に慌て、顔をほんのり赤くして俯いた。
マコトは苦笑しながら受付に行く。
「すみませんレイラさん、遅くなってしまいました。」
「い、いえ、叫んだりしてすみませんでした。でも、心配してたんですよ?」
そう言って顔を赤らめたまま潤んだ瞳で上目遣いをするレイラに内心で焦るマコト。
「す、すみません。私もこんなに時間が経ってるとは思わなくて……。」
「新人の方には良くある事ですが、気をつけて下さいね?」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」
丁寧に頭を下げるマコトにレイラもやや焦った様子を見せる。
「あ、いえ、私こそ偉そうな事言ってしまって、すみませんでした。」
二人して頭を下げ合っていると、裏から出てきたクレイグさんが呆れた顔をした。
「なにやってんだお前ら?何かアホみたいだぞ?」
「アホって……お父さんに言われたくない!」
恥ずかしそうな顔で言い返すレイラに、クレイグは本気で落ち込んだ様子を見せる。
苦笑したマコトがクレイグに話しかけた。
「クレイグさん、ただいま戻りました。」
話しかけられたクレイグも平静を装って応答する。
「お、おう………どうだったよ、迷宮は?」
「なかなか大変でした。慣れない事ばかりで。」
「ま、そうだろうな。だが随分長く潜ってた割には怪我もないようだし……まぁ、及第点だろ。」
「ありがとうございます。」
「魔物はどれだけ倒せた?」
「あっ、そうですね。魔石があるなら買い取りしますが?」
「それでは宜しくお願いします。魔石はこれだけです。」
レイラに促されたマコトはそう言うと、リュックサックから四つの袋を取り出して受付に出した。
それを見たレイラとクレイグは目を丸くする。
「あの………少なかったですかね?」
10時間も潜っていてこれだけしかないのか、と思われているのではないかと不安げな表情のマコト。
クレイグからの鉄拳制裁を食らう覚悟すら決めて身構えていると、唖然としたレイラが口を開いた。
「こ、これ全部今日だけで……お一人で取ってこられたんですか?」
「は、はい、そうですけど……?」
「マコト、お前もしかして、まともに休憩も取らずに探索してたのか?」
「休憩?……………あっ。」
そう、マコトはセーフティーゾーンを見つけても水を飲んだり魔法の残り回数を確認したりするだけで、まともに休んでいなかった。
「やっぱりか………お前、体力管理くらいはちゃんと………って、その割には元気そうだな。」
マコトを睨み付けて怒ろうとしたクレイグだが、10時間もほぼぶっ通しで探索したはずなのにあまり疲労が溜まっていなさそうなマコトの様子を見て、怪訝そうな顔をする。
常時リカバリーを発動し、時折ヒールも発動していたからなのだが、それを正直に話す訳にもいかず、焦るマコト。
それを見て溜め息を溢したクレイグは、フォローをするように話す。
「………まぁ、お前も話したくない事くらいあるだろうよ。訓練の時でも人並み外れて回復力は高かったしな。これ以上は聞かねぇが、体力管理はしっかりするんだぞ、良いな?」
「は、はい!ありがとうございます!」
安堵したマコトはクレイグに一礼した。
照れたように後頭部をポリポリと掻きながら、クレイグはレイラに話を振る。
「レイラ、早く査定してやれよ。」
「あ、うん……それでは査定しますので、少々お待ち下さい。」
レイラは袋の中から全ての魔石を取り出して、種類別に分別していく。
魔物によって魔石の形や色などが微妙に違うのだ。
「改めて見ると凄い数ですね……新人が一人で持ってくる量じゃないですよ………」
マコトは少ないかもしれないなどと考えていたが、一般的に新人の探索者はたとえ下級の魔物でも一撃で倒せはしない。
普通はパーティーを組んで魔物と戦うものであり、一人で戦うとしたら時間をかけて策を弄して倒そうとする。
更に普通は少なくとも2時間に一回は休憩を取る為、倒す魔物の数は更に少なくなる。
出会う魔物全てを瞬殺して探索し続けていたマコトが、いかに常識はずれなのか、知らないのは本人ばかりであった。
「査定が終わりました。ゴブリンの魔石が32個、コボルトの魔石が27個、グレムリンの魔石が19個で、合計78個ですね。下級の魔石は一律500セルとなっておりますので、買い取り価格は総計39000セルになります。宜しいでしょうか?」
「はい、構いません。」
「それでは探索者カードをこちらに当てて下さい。」
受付に備え付けられたパネルにカードを翳す。
透明の板が飛び出し、査定金額が表示されている。
承認の文字をタッチすると、透明の板は消失した。
「ありがとうございます。それではこちらが買い取り金になります。ご確認下さい。」
レイラが小袋をマコトに渡す。
マコトが中を確認すると、銀貨が3枚と銅貨が9枚入っていた。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」
「いえいえ、多くの魔石を納品して下さってギルドとしても助かりますから。今後も頑張って下さいね。ただし、無理はしないで下さい。」
今日みたいな事がないように、とでも言いたげな顔で注意するレイラに、マコトは苦笑して頷いた。
「はい、気を付けます。それでは今日は失礼します。」
「まぁ待てマコト。迷宮の初探索祝いだ、飲みにでも行こうぜ。」
一礼して踵を返そうとしたマコトの肩をがっちりと掴んで、クレイグがそう言った。
「ちょっとお父さん!マコトさんは疲れてるんだから!」
「そうかぁ?それほど疲れてるようには見えねぇがな?」
「お父さんはただお酒を飲む口実が欲しいだけでしょ!」
「うぐっ……いや、それは………」
図星を突かれて言い淀むクレイグ。
マコトが苦笑しつつフォローする。
「いえ、私は構いませんよ?身体的にはあまり疲れていませんし。探索の後の宴会も、探索者の醍醐味ですから。」
「良いこと言うじゃねぇかマコト!それでこそ俺の弟子だ!」
「いつからマコトさんがお父さんの弟子になったのよ………マコトさん、本当に大丈夫なんですか?」
レイラがそれでも心配そうな顔をする。
「はい、大丈夫ですよ。これでも体力と回復力には自信があるんです。この程度問題ありません。」
地獄の一ヶ月を耐え抜いたマコトが言うと説得力がある、と思いながらレイラは頷いた。
「わかりました、マコトさんがそう言うなら………でも、私も行きますからね。」
「えっ、お前もかよ?」
腰に手を当てて軽く父親を睨みながらレイラがそう言い、クレイグは微妙そうな反応をする。
「なによ、何か都合の悪い事でもあるの?」
「いや、別にそういう訳でもねぇけどよ………まぁ良いか。マコト、レイラも一緒で良いか?」
「もちろん構いませんよ。ですがレイラさん、お仕事の方は……?」
「もうすぐ上がりだから大丈夫です。残りの仕事すぐに終わらせますから、少しだけ待ってていただけますか?」
「はい、お待ちしてますね。」
「席取っとくから、なるべく急げよ。」
「わかってる。それじゃマコトさん、また後ほど。」
レイラは一礼すると、奥の方へ入って行った。
それを見届けたクレイグがマコトを見る。
「んじゃ、俺達は席取っとくか。」
クレイグはギルドの酒場の方へ向かう。
マコトは頷いて、クレイグの後を追った。
4時間後、すっかり外は暗くなってしまった。
ギルドの酒場も半分ほどはもういなくなっている。
クレイグはかなり酒に強く、娘のレイラもしっかりとその血を継いでいるようだった。
この国では飲酒に関して、特に規制はしていない。
何歳であっても飲むだけなら自由なのだ。
18歳のレイラだが、それなりに飲み慣れているようだった。
マコトも大学を卒業して就職してからは飲む機会も少なくなったが、元来が酒好きでそれなりに飲める口な為、久し振りの酒を目一杯楽しんでいた。
三人の中では一番弱いレイラが眠りについたところで、今日はお開きとなった。
「すみませんクレイグさん、結局全部奢っていただいて………ありがとうございました。」
「気にすんな。これでも金には困ってねぇし、新人に金出させるようなまねはしねぇよ。………それより、これから時間あるか?」
酒が入って赤くなった顔でクレイグはにやりと笑った。
「これからですか?明日は特に予定もありませんし、大丈夫ですけど。どこかへ行くんですか?」
「そりゃお前、酒の後は決まってんだろ………女だよ、女。」
「あぁ………そう言えば、この国に来てそういうお店はまだ行ったことがありませんね。」
「良い店紹介してやるからよ。今日は俺の奢りだ。パーッと行こうぜ!」
「レイラさんはどうするんですか?」
マコトは机に突っ伏して眠りこけているレイラに目をやった。
「こいつはギルドの寮に押し込んでくれば大丈夫だ。」
探索者ギルドのすぐ近くに、ギルド職員の寮があった。
「レイラさんって寮に入ってるんですか?」
「おう、三年前にギルドで働き始めた時から、家を出て寮で暮らしてんだ。ちょいと寮まで運んでくるからよ。待っててくれ。」
そう言うと、クレイグはレイラを片手で持ち上げ、ギルドを出ていった。
「いくら娘とは言え扱いがぞんざい過ぎるだろ。………クレイグさんらしいけど。」
マコトは一人呟きながら残った酒を呷った。
数分後、戻ってきたクレイグにお供し、マコトは商業区の一角にある色街に来ていた。
通りでは酔っ払ったスケベ達が歩き、その男達に扇情的な格好をした娼婦達が色気を振り撒いていた。
だが、クレイグと彼に付き添うマコトに声をかける者はいない。
何故なら、通りで客を拾うような娼婦は色街の中では下位の者達で、クレイグのような上等な客に声をかけるのは失礼にあたるという暗黙の了解があったからだ。
マコトは詳しくは知らないが、クレイグは元々王都に名を馳せた一流の探索者だった。
多くの探索者が娼婦を買う為、娼婦達はギルドや探索者の内情に詳しい者が多い。
クレイグを知らぬ者はいないと言っても過言ではない。
そういった事情があり、クレイグとマコトは誰にも邪魔される事なく、クレイグの勧める娼館にたどり着く事ができた。
娼館に入ると、エントランスにいた使用人のような格好をした数人の男達が、一斉にクレイグに向けて深々と頭を下げた。
娼館の支配人が代表して声をかけてくる。
「これはこれはクレイグ様、ようこそいらっしゃいました。当館のご利用はお久し振りでございますね。」
嫌味のない上品な笑みを浮かべ、クレイグに話しかける。
「おう、ここんとこ色街に来る機会がなくてな。有望な弟子ができて、そっちに掛かりきりになっちまってたんだよ。」
クレイグはそう言うと、マコトの肩に手を置いた。
支配人は軽く目を開いて驚いた様子を見せるが、すぐに上品な笑顔に戻った。
「左様でございましたか。クレイグ様が弟子を取られるとは……珍しい事もあるものですな。」
「俺は弟子にしてほしいってんなら基本的に断らねぇぜ。どいつもこいつもすぐに逃げちまうから鍛えられねぇだけだ。」
「そして、この方は見事に生き抜いたという事ですな?」
「そういうことだ。こいつは近い将来、間違いなく超一流の探索者になる男だ。上客になるだろうから、覚えときな。」
「クレイグ様がそこまで仰るとは………お客様、私は当館の支配人をしております、ブロスと申します。お見知りおき下さい。」
「こちらこそよろしくお願いします、ブロスさん。私の名はマコトと言います。」
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。マコト様、私共に敬語は不要でございます。どうぞ気軽にお声掛け下さい。」
「あー……そうか、わかったよ。稼ぎが増えたら利用させてもらう事も増えると思うから、その時は宜しく。」
マコトは館内の様子を見て、今の自分の稼ぎでは到底無理なレベルの娼館なのだろうと確信していた。
「ありがとうございます。是非ご贔屓にしていただきたいと存じます。」
話が一区切りついたところでクレイグが口を挟んだ。
「よし、顔合わせは終わったな。んじゃ、早速部屋に案内してくれ。」
「指名は致しますか?」
「いや、今日はフリーで良い。マコトにも誰か良いのをつけてやってくれ。支払いは全部俺に。」
「畏まりました。それではお部屋までご案内させていただきます。すぐに向かわせますので、そちらの方で少々お待ち下さいませ。」
支配人が深々と一礼すると、控えていた店員が二人来て、クレイグとマコトをそれぞれ別の部屋へと案内した。
「んじゃ、今日はここでお別れだ。時間は気にしなくて良いから、好きなだけゆっくりしていきな。終わったら帰ってて良いぞ。」
「はい、ありがとうございます。それではまた。」
肩越しに声をかけて軽く手を振るクレイグに、マコトは丁寧に一礼した。
案内された部屋で娼婦を待つ間に、マコトはリカバリーとヒールを発動して酔いを覚ましておいた。
ほろ酔い状態で熱く燃え上がるのも悪くないが、折角連れてきてもらった高級娼館、しかも異世界初の風俗という事で、しっかりと楽しみたかったのだ。
それでもほんのちょっと酔いを残した状態でベッドに腰かけて部屋を眺めていると、扉がノックされる音が聞こえた。
「どうぞ。」
マコトが返事をすると、扉が開かれ一人の女性が入ってきた。
「失礼致します。私リサと申しますが、マコト様でお間違いないですか?」
「あぁ、そうだ。」
リサは美しい金髪を肩甲骨のあたりまで伸ばした綺麗な女性だった。
「本日はご来店いただきありがとうございます。私がお相手させていただきたいと思いますが、宜しいでしょうか?」
「勿論だ、今日は宜しく頼む。」
マコトが小さく頭を下げると、リサは少し驚いたような顔をした。
「まぁ……マコト様は紳士的な方ですね。精一杯ご奉仕させていただきますので、宜しくお願い致します。」
リサは一礼すると、ベッドに座るマコトに優雅に近寄った。
屈んでマコトの唇に小さく口付けをした。
「まずはご一緒にシャワーをいかがですか?」
「そうだな。今日は迷宮に行って汗をかいたから、洗ってくれると嬉しい。」
「お任せ下さい。満足していただけるよう、頑張ります。」
艶美な笑みを浮かべるリサに魅入ったマコトは、誘われるがまま浴室へ行き、その美技に身を任せた。
互いに身体を洗い合った二人は、浴室を出てベッドに座る。
「とても優しく洗って下さって、ありがとうございました。あんなに丁寧に洗っていただける事は珍しいので、とても嬉しかったです。」
そう言って浮かべる笑みは、先程までの妖艶なものとは違い、年頃の少女のようで、マコトの興奮は頂点に達していた。
「すまんが、女を抱くのは久々で、これからはあまり優しくできそうにない。有り体に言うと、我慢の限界だ。」
するとリサは、再び妖艶な笑みを浮かべ、着たばかりのネグリジェを脱いだ。
「どうぞ、マコト様のお好きなように………今日は心行くまで、私の身体で癒されて下さいな。」
必死に欲望を律していたマコトだが、その言葉にあっさりと負け、リサの唇に吸いつきながら、その華奢な身体を押し倒した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます