第3話

「さて、加護は与えられた。次は儂からの礼じゃな。」


「……え?」


創造神の言葉の意味がわからなかった真が呆けた顔をする。


「魔神の礼が終わったのじゃ、次は儂じゃろ?」


「そ、創造神様も何か下さるのですか?」


「魔神は儂の孫娘であり、そのペットも儂の家族じゃ。家族の命を救ってくれたのじゃから、家長として礼をせねばな。」


「は、はぁ………」


「とは言うものの、既に魔神が加護を与えた為に、儂が加護を与える事はできぬ。」


「そうなんですね。」


「うむ、そこでじゃ……真君、何か欲しいものはないかね?」


「欲しいものですか?」


「儂が考えるより、真君が欲するものを与えた方が良いじゃろうて。限度はあるがの。」


真は顎に手を当て考え込む。


やがて顔を上げ、創造神を見た。


「それでは………目を良くして下さい。」


「………目を?」


予想だにしない要望に創造神が僅かに目を丸くした。


「はい、私は生まれつきあまり視力が良くないのです。」


「そういえば眼鏡をしていたの。事故で壊れてしもうたが。」


「はい、ですので実は先程から、神様のお顔がはっきりとは見えていません。」


「そうじゃったか………何度か目を細めていたから何事かと思っておったが………しかし、本当にそれで良いのかの?」


「はい、構いません。」


「ふむ、君がそれを望むなら………しかしそれだけでは…………む、そうじゃ!」


何やら思案していた創造神が顔を上げる。


「ただ視力を上げるだけでは礼としては不十分じゃ。そこで、真君に天眼を授けようと思う。」


「天眼……ですか?」


「うむ、そうじゃ。天眼とは、神の持つ神眼を元にして作った劣化物じゃ。劣化とは言っても、人が持つには強大な力を持つがの。」


「そ、それは私がいただいても大丈夫なのですか?」


「構わぬよ。試しに作ったは良いが、使い道がなくて眠っておったものじゃからのう。」


まるで在庫処分だ、と思った真だが口には出さなかった。


「ありがたく頂きます。」


「うむうむ、それでは始めるかの。」


創造神は真に近寄ると、彼の目に手をかざした。


自分の目が熱を帯びるのを感じて体を竦めるが、熱はすぐに引いた。


目を開けると、先程までのぼんやりとした視界がクリアになっていた。


「お、おぉ……これは凄い!創造神様、ありがとうございます!」


真は感激した様子で頭を下げる。


「ほほほ、気にするでない。それより、その目で君を視てみると良い。」


「"視る"……ですか?」


「自分自身の内面を視るように意識するのじゃ。」


真は言われた通りに自分を視るように意識すると、彼の目の前に半透明の板が浮かび上がった。


突然の事に驚くも、何とか平静を取り戻す。


「こ、これは………?」 


創造神に目を向けるが、創造神は微笑みながら髭を撫でるだけだ。


「何と書いてあるかの?」


そう言われ、真は再度板に目を向けた。




ーーーーーーーーーー

名称:マコト・カガミ


異能:天眼/魔神の加護/魔倣眼


容量:100/100

ーーーーーーーーーー




「………何でしょう、これは?」


「異能スキルが書かれてあるじゃろう?」


「はい。」


「異能というのは、生まれつき持った特別な力の事じゃ。真君が行く異世界には、様々な異能が存在する。」


「異能というのは誰でも持っているのですか?」


「いや、極一部の選ばれた人間のみじゃ。真君も、異能を持っている事を軽々しく口にせん方が良いぞ?」


「はい、そうします。……この天眼があれば、他人の情報を視る事ができるのですか?」


「その通りじゃ。似たような魔法でアナライズというものがあるが、これは使うと対象に察知されてしまう。しかし天眼を使用しても対象は決して気付けないのじゃ。」


「そんな魔法があるんですか………魔法というのはどうやって使えるのですか?」


「異世界には迷宮ダンジョンというものが幾つか存在する。その迷宮で魔導書というものが見つかる事があるのじゃが、その魔導書を読むと魔法が使えるようになるのじゃ。しかし、魔導書は一度読むと効力を失う。」


「ならば同じ魔法を使える者はいないのですか?」


「いや、同じ魔導書は存在する。その効果が弱いものほど多く存在し、非常に強力なものの中には世界に一つしか存在しないものもある。」


「魔導書を読めば誰でもその魔法が使えるようになるんですか?」


「いや、魔法を覚えるにはその分の容量キャパシティが必要じゃ。例えば、容量が10の人間が、容量15を必要とする魔法を覚える事はできぬ。そして、容量が15の人間は、容量5を必要とする魔法を三つ覚える事ができるのじゃ。」


「なるほど……人々が持つ容量には差があるのですね?」


「そうじゃ。それが魔法の素養とも呼ばれておる。一般的な容量は10~30といったところかの。才能のある者で30~50くらいじゃ。それ以上ともなると、歴史的にも数えるほどの限られた人間のみじゃな。ちなみに君は魔神の加護を持っておるから、最大値の100となっておるはずじゃ。」


「は、はい、なってます。」


自分の容量の大きさに思わず動揺してしまう真。


だが、更なる衝撃が与えられる。


「あの……もう一つ異能があるんですけど……?」


「む?もう一つじゃと……何があるのじゃ?」


「魔倣眼というものがあります。」


「……聞いた事がないのう。天眼で詳しく見てみてくれんかの?」


「わかりました。」


ついでに魔神の加護についても確認しようとする真。


天眼で異能を視る。




『魔神の加護』

魔法の神に愛された者の証。

魔法容量が最大値となる。

全ての魔法の消費容量が最小値となる。

全ての魔法の制限回数を倍化させる。

行使する魔法の効果を強化する。


『魔倣眼』

天眼と魔神の加護との複合派生異能。

他者が行使する魔法を目にしただけで覚える事ができる。




「……これ、凄いな。」


呆然とした真は視たものを創造神に伝えた。


「魔倣眼とは……また強力な力を得たのう。………じゃがそれよりも、魔神の加護の効力がちと大きすぎるのではないかのう?」


創造神がジト目を魔神に向けると、魔神はプイッと顔を背けてゲシゲシと創造神の足を蹴る。


「ふむ………まぁ、初めて加護を与えたのじゃし、大目に見るかの。」


創造神は嘆息して首を振った。


「………あの、加護が何か……?」


事情が読めずに困惑する真に、創造神は苦笑いを浮かべる。


「真君に与えられた加護じゃが、通常よりもやや強化されておるようじゃ。」


「強化?」


「うむ、本来であれば消費容量が最小値になどならんのじゃよ。それに、制限回数を倍化させるのも不可能じゃの。」


「最小値っていくつなんですか?」


「最小値は1じゃ。」


真は驚愕する。


「つまり、私は百の魔法を覚える事ができるという事ですか?」


「しかも、魔倣眼によって魔導書がなくとも見るだけで魔法が使えるようになるという事じゃの。」


「それでは、制限回数とは?」


「全ての魔法は一日に使える回数が決まっておるのじゃよ。例えば、ファイアボールという魔法は消費容量が5、制限回数が15じゃ。」


「つまり、そのファイアボールという魔法を15回使うと、その日はもう使う事ができなくなるのですね?」


「うむ、特殊なアイテムを使えば制限回数を回復させる事もできるがの。」


「そして、私の場合はその回数が倍化………ファイアボールであれば30回使えるように、と?」


「そういう事じゃの。」


「そ、それって………良いのでしょうか?」


いくらなんでもズルすぎないかと腰が引ける真だが、創造神は真の肩に優しく手を置いた。


「たとえ無数に魔法を使えるとしても、使い手が上手く使えなければ宝の持ち腐れじゃ。傲ることなく、精進せよ。」


「し、しかし…………はい、わかりました。」


遠慮ぎみの真だが、貰ったものは仕方ないと諦めた。


使える分には構わない。


面倒ごとは御免だが、ようはバレなければ良い訳だ。


そう考えた。






「それでは、最後にこやつからの礼じゃな。」


そう言うと、創造神は視線を落とした。


真もつられるようにそちらを見ると、毛繕いをしていた黒猫がこちらを見上げ、短く鳴いた。


「礼って………この猫からですか?」


「うむ、助けて貰った当事者なのじゃから、当然じゃろ?」


「はぁ、しかしお礼と言っても………」


「侮るでないぞ。こやつはこれでも神獣じゃ。戦いには向かんし体はただの猫と変わらんが、特殊な力を持っておる。こやつからはその力の欠片が与えられる。それを礼として受け取っておくれ。」


「特殊な力とは?」


「"隠蔽"の力じゃ。こやつはあらゆるものを隠す力を持っておる。………まぁその力を使ったせいで、車が直前までこやつに気付かなかったのだがの。」


「………そういう事だったんですか。」


納得がいったように真は黒猫を見つめる。


欠伸をした黒猫は真の足に絡むように丸くなった。


その仕草が可愛くて、真はしゃがんで黒猫を撫でる。


滑らかな肌触りだった。


「車が迫っておる事に驚いて力を解いてしまい、その結果真君を巻き込んでしまった。こやつはそれを悔いておるのじゃよ。」


猫は片目を開いて真を見上げ、ゆらゆらと尻尾を揺らす。


まるで親に怒られるのを警戒している子どものようで、真は思わず笑みを浮かべて再度黒猫の頭を撫でた。


「気にするなよ。お前が無事で良かった。」


そう口にした真だが、「そういえばこの猫は神獣なんだよな?敬語使った方が良かったか?」と内心焦っていたが、誰も気にした様子はなかったので安心していた。


黒猫は撫でられて目を細め、その尻尾を真の体にペシッと軽く当てた。


その瞬間、真の体内に暖かい何かが流れ込んできた。


これが黒猫からの礼か、と予想した真は立ち上がり、天眼で自分を視る。




ーーーーーーーーーー

名称:マコト・カガミ


異能:天眼/魔神の加護/魔倣眼/隠蔽


容量:100/100

ーーーーーーーーーー




さらに、隠蔽を天眼で視る。




『隠蔽』

解析系の異能、魔法から自らの情報を隠蔽する事ができる。

隠密行動に補正がかかる。




「これもまた便利な異能だな。ありがとな。」


真が再度黒猫の頭を撫でると、黒猫は真の手に頭を擦り付けながら鳴いた。






「さて、それでは儂らからの礼は以上じゃ。真君、異世界へ旅立つ覚悟は良いかのう?」


「えっと、どうやって異世界へ行くのでしょうか?」


「儂が真君を転移させるのじゃ。とある王国の街の一角に送るからの。服装は向こうで一般的なものに変えておこう。支度金も用意するぞ。」


「そこまでしていただけるなんて………」


「ここまでして放り出す訳にもいかんよ。安心しなされ。」


「本当に、ありがとうございます。」


真は深く頭を下げた。


「ほほほ、よいよい。それより、向こうに着いたらまずは探索者ギルドという所へ行くと良いぞ。場所は道で人に聞けばすぐにわかるじゃろうて。言語に関しては問題なく読み書きも会話もできるようにしよう。」


「はい、わかりました。そこで何をすれば良いのでしょう?」


「探索者として迷宮の探索に臨むのじゃ。真君の力があれば、無理をしなければしっかりと稼ぐ事ができるじゃろう。生活に余裕ができたら、あとは真君のしたい事をすれば良い。」


「わかりました。ありがとうございます。」


「………さて、それでは送ろうかの。お前達も、最後に挨拶をしなさい。」


創造神が一人と一匹に話を振った。


魔神がトコトコと歩みより、真の袖を引いた。


袖を引くのは彼女の癖なのだろうか。


「魔神様、色々とありがとうございました。感謝しています。」


真がしっかりと魔神の目を見て言うと、魔神は小さな小さな笑みを浮かべた。


「…………頑張って。」


「ミャーオ!」


黒猫も真の足に頭を擦り付けながら鳴き声を上げた。


「はい、頑張ります。……お前もありがとな。車には気を付けるんだぞ。」


最後に黒猫の頭を撫で、立ち上がった真は創造神に向き直る。


「………それでは創造神様、宜しくお願いします。」


「うむ、それではの、真君。……君の人生に、神の祝福を。」

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