第368話 ファンタスティック

 ダグラスの開発は順調に進んでいる。バルトロたちが戻って来てカイザーフロッグの皮で作った手袋と長靴を追加物資として送っておいた。

 地下水の問題は浄化の魔道具で無害化できるため、カイザーフロッグの皮は念には念を程度になったとのことだ、

 といっても突然地下水が吹き出してくることもある。

 工事には安全確認を巌に、とお願いしていることもあってか、今のところ地下水による作業員の被害は出ていない。

 アスファルトの輸送もシャルロッテ主導の元、工事の進捗に合わせて順次ダグラスへ届けれていると報告を受けている。

 一方、工事計画は見直ししたんだ。

 地下水問題があるため、道を作ってから建物を作ることになった。ネラックでやったのと同じ進め方だったので、ポールを一時的に派遣して工事計画を引き直してもらったんだ。

 経験のある工事計画なので、ネラックの時より順調に進む予定とのこと。


「ふうう。工事をする人はこれからも大変だろうけど、俺としては一息ついたな」


 やれやれだぜ。

 屋敷の執務室でふうと大きく息を吐く。

 ため息じゃないのかって。ま、まあ、そうとも言う。

 だってよ。この書類の山を見てくれよ! コピー機の魔道具が活躍したとしても、俺の仕事は減らない。

 パソコン。やはり、パソコンが全てを解決してくれる?

 いや。果たして本当にそうだろうか。

 考えてみてくれ。パソコンが無い電卓を叩いて紙に帳簿を書いていた時代から、パソコンで処理をするようになり労働時間が減ったのかどうかを。

 労働時間は変わらない。一人当たりの業務効率が爆上げしたことは確かだが、その分より多くの仕事をするのである。

 電話があれば、遠方の人とも会話ができるし、メールがあれば書類を郵送せずとも一瞬にして相手先に届けることができるのだ。

 こうして、仕事の範囲が拡大していき……利益追求って怖い。


「無心で書類をこなすしかないのだ。ボールペンがあるから楽になっただろ。俺……」


 自分で自分を慰め、懐中時計をチラリと見る。

 や、やばい。もうすぐお迎えが来る時間じゃないか。

 時刻は朝。ちょうど朝食タイムが終る頃だろうか。

 

「閣下! おはようございます!」

「お、おはよう……」

「やはり、牛乳を飲まねばお仕事が捗りませんか? ご安心を!」

「う、うん」


 シャキーンと片膝を付き牛乳を掲げたのはもちろんシャルロッテである。

 朝からいい笑顔で元気一杯だなあ……。

 俺の反応が悪いのは当然だろう。察して、と言いたいところだが、相手はシャルロッテ。

 仕事をするのが喜びなので、彼女目線ではご褒美タイムになるんだろうな。

 ともあれ、朝から何も食べていないこともあり牛乳を一気飲みさせてもらった。

 続いてエリーがやって来て、パンにベーコンとレタス、トマトにチーズを挟んだ朝食を受け取る。

 牛乳をお代わりして、朝食を完食しようやく元気が出てきたぞ。

 

「ふう……。後は夜に残りの書類をやれば間に合うよ」

「さすが閣下であります!」

「開会の挨拶の準備をしなきゃ、だな。いつもの服でいいよね?」

「はい。問題ございません!」


 朝日が昇る前から仕事してまだ終わっていないが、今日は待ちに待った競技場のこけら落としなのだ。

 バルトロやスポーツ競技準備会の人たちの協力があり、何とか予定通りに競技会の開催にこぎつけた。

 ギフトや魔法があるこの世界でどこまでスポーツが成立するのか不安であるが、ネラックと連合国の領民たちが楽しんでくれればそれでいい。

 いずれプロスポーツまで発展してくれれば言う事無しだけど、中々難しいよな。

 千里の道も一歩より、と言うじゃないか。まずは一歩踏み出すことが肝要なのである。

 

「よっし。それじゃあ、競技場に向かうことにしよう。エリー。護衛を頼むよ。シャルは運営との調整を頼む」

「はい。お供いたします!」

「お任せください!」


 そんなこんなで、競技場に向かう。

 

 ◇◇◇

 

「今日という日を迎えることができて嬉しく思う。ネラックも街と呼べるまでに発展した。連合国の更なる発展と安寧を願い、ここに競技会を開催する」


 簡単な挨拶を済ませると、競技場に集まった満席の領民たちから盛大な拍手がなされる。

 ワアアアアアア。

 と歓声も同時に巻き起こるが、俺が右手を上にあげるとピタッと静まり返った。

 本当に良く訓練された領民たちだよ。誰が教えたわけでもないというのに、反応の良さにビックリする。

 

 競技場には円筒を半分にして横に倒した構造物が二つ設置してあった。

 筒の長さは100メートルほどと中々に大きい。底から斜面を登って頂点までは10メートル以上ある。

 そう。こいつはハーフパイプと呼ばれるスケートボード競技用の構造物だ。

 

 競技場の入場ゲートからスケートボードを小脇に抱えた選手が手を振りながら登場する。

 先頭にいるのはバルトロだった。練習する暇は殆どなかったのだけど、大丈夫だろうか。

 彼の身体能力なら問題ないとは思うが……トップバッターだと聞いているし不安が募る。

 スケートボードは協議した結果、採点をしないことになったんだ。なので、魅せるだけで、順位などはない。

 トップバッターのバルトロがハーフパイプのスタート地点に立ち、両手を振る。

 

 バルトロがジャアアアアっと滑り始めた。

 円形の傾斜を凄い勢いで駆けおり、登る。そのまま浮き上がった彼はスケートボードの板を持ち、のっけからくるりと一回転して難なく着地。

 ウオオオオオオオ。

 と湧き上がる歓声。

 

「すげえ!」


 これは始まりに過ぎなかった。次の登りで宙に浮いた彼は先ほどの倍ほど高く飛び上がり半円を描き着地すると更に加速する。

 そして、三度目のジャンプでは空中で二回転。更にスピードが乗った彼は、今度は三回転してしまったのだ!


「ヤバ過ぎだろ!」

「どんどん回転数が増えていっておるな」


 膝の上にいつの間にか乗っていたセコイアが冷静に分析する。

 最終的に六回転しちゃったよ。バルトロ。

 やはり、この世界の人間の身体能力は地球と異なる。一部の人間だけなのだろうけど、身体能力の限界を競い合う競技はやれそうにないなあ。

 バルトロが一番回転数が多かったのだけど、他のスケートボード競技者もオリンピック選手並みのパフォーマンスを見せてくれた。

 一番長い人でも一年ちょっとくらいのスケートボード歴でここまでやって見せるとは……凄まじい。

 

 ハーフパイプを撤去し、ゴールポストを用意する時間を挟み、お次はサッカーが始まる。

 これもなんとまあ……改善の余地ありだな。ギフトや魔法で能力を強化していない人限定と絞ったはずなのだけど……キックオフと同時に豹頭のガルーガがボールを蹴り込んだ。

 おお。キックオフシュートなんて魅せるプレイじゃないか、と腰が浮きそうになりセコイアの体重で浮き上がれなかったご愛敬に内心苦笑するまでは良かった。

 彼の蹴ったボールは相手選手に当り、その選手が吹き飛び転がり……ボールがぱあああんと破裂してしまったんだよね。

 ボールを交換して、ガルーガら魔法が使えなくとも冒険者としてならした人はメンバー交代してリスタートする。

 まあそれでもさ。助走もせずその場でジャンプするだけで二メートル以上の高さが出るし、俺の知ってるサッカーじゃなかった。

 何と言うのだろう。コメディ風味のサッカー映画とかを見ているイメージと言えばいいのだろうか。

 漫画の必殺シュートが現実世界で起こっているような、そんな感じだ。

 ま、まあ。競技場は大盛り上がりだったから良しとしようじゃないか。

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