第316話 街の近況

 あれ? 教育の話はこれで終わりと思っていたのだけど、シャルロッテが期待の籠った目でこちらを見ているじゃないか。

 言わずとも分かる……きっと「ヨシュア様からご提案がありましたらそれも組みこみます」と無言で示しているのだ。

 そうだなあ。思うところは確かにある。

 

「大学を作るとなると、学部構成についてあくまで個人的な意見として述べていいかな。俺の意見だからと言って『絶対反映させるべし』となるのは困る」

「もちろんです! 是非、お聞かせください!」

「科学と神学を学ぶことができる学部を創設すれば、ネラックの特色がでそうだなってね」

「カガク! ヨシュア様とペンギン氏が広められた新しいことわり……でありますね!」

「俺やペンギンさんが広めたわけじゃあないけど……科学の基礎となるところから学べる場所を残しておきたいとね」

「素晴らしいお考えです! カガクトシ『ネラック』に相応しいかと。神学は自分に考えが及びません。ご教授いただけないでしょうか」

「ネラックは人間以外の種族比率が連合国の中で群を抜いて多いんだ」

「なるほど! 確かに『神学』として研究材料が揃っておられますね!」


 「人間以外の種族」と言葉にするだけですぐに察するシャルロッテはさすがだ。

 魔石機車や飛行船が目立つのだけど、ネラックは他にはない特徴を持っている。

 それは、教会と並ぶように立つ宗教施設なんだ。エルフが信仰する精霊、ドワーフやノームが信仰する火の神……などなど。

 それこそ、宗教施設の展示会のような様相を呈している。

 同じ聖教国家だと共和国のジルコンには多数の神が祭られていると聞く。それでも、一番大きな建物と敷地を持つのは教会らしい。

 ネラックは敢えてそれぞれの宗教施設に割り振った土地の面積を同じにしている。

 敷地いっぱいいっぱいまで使うもよし、高さも自由なので建物の大きさはそれぞれ異なるんだけどね。

 そう、彼女が察した通り神学といっても聖教を研究するだけの学部じゃない。

 ありとあらゆる宗教について研究する学部にしたいという意味で神学部を作りたいと言ったわけなのだ。

 

「繰り返しになるけど、あくまで参考意見ってことで。次は娯楽と治安について頼む」

「承知いたしました! 治安については全く問題ありません。ちょっとした店舗でのトラブルがあったものの、死傷事件は未だゼロ件です」

「それはすごいな」

「エリーさんとアルルさんのお手柄じゃないでしょうか」

「ん。そこでエリーとアルル?」

「はい! 中央大広場に」

「だああ。その先はもう言わなくていい。次だ次」


 そんなわけあるかああ。シャルロッテの妄想に過ぎない。

 中央大広場に座するは、ひょろい像。広場を通る時に絶対に目を合わせないようにしている。

 お祭りの時は装飾までされていたぞ。

 あんな像が犯罪率低下に貢献しているなんて有り得ないだろうて。

 

「領民からの声も頂いておりましたが、ご報告しなくてもよいのですか……?」

「報告書にまとめていたりする?」

「もちろんであります!」

「……読むから、語らなくていいよ……娯楽を頼む」

 

 領民からの声ってあれだろ。話の流れからして犯罪率の低下に貢献している根拠を示す内容だよな。

 大広場に関してのことなど聞きたくもねえ。しかし、大人な俺はちゃぶ台返しなんてしないのさ。

 ガラリと話題を変えてやり過ごすのだ。

 シャルロッテもちゃんと話についてきてくれるし。問題ない。


「娯楽施設は公共浴場を建設中であります。領民から意見を募った結果、劇場を作る案が出ております」

「劇場案は採用としよう。場所は任せるよ。他の案はあったりする?」

「ございます。こちらに」

「あ、ありがとう」


 書類をズズイと前にやるシャルロッテ。

 一番上の書類の文字が見えたけど、それ、治安の方の領民の声だよな。思わず声が上ずってしまったじゃないか。

 公衆浴場は間もなく完成の見込み。劇場もそう時間がかからず形になるだろ。

 これまで全く娯楽系施設を作ってこなかったわけじゃない。そこはこの後の街の視察で見に行くことにしよう。

 

 パラパラと書類をめくり、ところどころボールペンでメモを取る。

 ふむふむ。ここまで詳細な計画書じゃなくて良かったんだけど、すげえな。設計図まで詳細に描かれているじゃない。

 正直、建築の知識があるわけじゃないので、専門的なことを書かれても分からない。

 餅は餅屋に任せるに限る。


「いかがでございますか?」

「ポールさんら棟梁が描いてくれた設計図かな?」

「おっしゃる通りです! 娯楽の官吏には大工の方もいらっしゃいますし。建築を統括してくださっているポール氏とも連携しております」

「専門的なところは判断がつかないけど、ポールたちも見てくれているのなら安心だ。いつもありがとうと伝えておいてくれ」

「かしこまりました!」


 ひときわ声が大きい……。耳があ。

 書類を揃えて、上にボールペンを置く。


「ヨシュア様。その変わった羽ペン。書きやすそうでありますね」

「これはボールペンというんだ。色々試した結果、良いインクが見つかってさ。そのうち市場に並ぶと思う」

「インク? 透明なところから見えている黒い部分がインクなのですか?」

「うん。羽ペンと違っていちいちインクを付けなくて良いから、外を歩きながらでも使いやすい」

「それは素敵過ぎるであります! お仕事が捗りますね!」

「お、おう。じゃあ、持ってっていいよ」

「いえ、貴重なボールペンをお借りするわけにはいきません!」

「もう一本あるから大丈夫だよ」


 顔が引きつりつつも、シャルロッテにボールペンを手渡す。

 俺は懐にもう一本忍ばせてあるから問題ない。ボールペンを使い始めたらもう羽ペンなんて使えなくなるぞ。

 インク……まあ、インクだよ。言わなきゃ分からない。

 綿毛病の時に協力を仰いだ魔道具職人のティモタを覚えているだろうか?

 彼はエルフの魔道具職人で、娘がマルティナというハーフエルフの少女なんだ。マルティナは職人たちから可愛がられてて……懐かしいなあ。

 感傷に浸ってしまいそうになってしまった。

 インクに悩んでいたところ、ティモタが紹介してくれたインクを使うとバッチリの粘度だったんだよね。

 それで、ボールペンを実用化できる目途が立ったというわけである。


「外を歩きながら実施検証しつつ会話しようか。外でお昼にでもしよう」

「承知いたしました!」


 そんなわけで、屋敷の外に出ることにした。

 

 ◇◇◇

 

「飲食店が増えたよなあ」

「はい! ヨシュア様のご人徳があり、遠方の料理を出す店もあったりするのですよ」


 シャルロッテが目を向けた先にはジルコンの港街料理との看板が掲げられている。

 港街料理って海鮮ものじゃないの? ネラックは内陸にある街なので、近くに海なんてないんだけど……素材はどうしているんだろ。

 気にはなったが、各国料理があるとなると自然と並んだ看板に目が行く。

 ひょっとしたら、レーベンストックはバーデンバルデンのレストランがあったりしないかなあ、なんて。

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