第237話 閑話.鍛冶店

「やっぱ速ええなあ。座ってるだけなんて体が鈍りそうだ」

「どの口が言うか」


 ローゼンハイムの大通りを歩くバルトロとガルーガは軽い調子で言葉を交わす。

 ぼりぼりと頭をかいたバルトロが露店に並ぶリンゴを手にし店主の方を向きながらも、横に並ぶ相棒へ声をかける。


「活気が戻ってるな。前に来た時とは大違いだぜ」

「退避命令も出ていたと聞く。ヨシュア殿から文書で指示が出たんだったか?」

「詳しいことは分からん。特に興味もねえしな。俺は……」


 しゃりっとリンゴをかじるバルトロは片目をつぶり、ゴクンと喉を鳴らす。


「リンゴがうまけりゃいい」

「オレも似たようなもんだ。それで、宛はあるのか?」

「おうよ。ガルーガは? いつも手入れしてもらってた店か?」

「迷ったが、お前のお気に入りに興味がある。急ぐものでもない。ついていっていいか?」

「もちろんだぜ。こっちだ」


 リンゴだけでなく道すがら肉串や果物、更にはビールまで飲もうとしたバルトロに対し、ガルーガは流石に止めに入った。

 食べるのはいいが酔っ払って店に行くのは失礼だろう、と。

 一方のバルトロは悪びれた様子もなく「それもそうだな、素面のが」と、意味深に顎へ手をやるのだった。


『鍛冶店』


 看板はかかっているが、「店名」が記載されていない。

 ガルーガはこれまでいくつの街で星の数ほどの店に入ったことがあるが、店名が無い鍛冶屋は初めて見る。

 自分のお膝元でもあるローゼンハイムでこのような店があったとは……と内心膝を打つガルーガなのであった。


「ここか?」

「おう。小さいとこだが、なかなかのもんだぜ。だがなあ……」


 両手を頭の後ろにやったバルトロが眉根を寄せ苦笑する。

 ガタリ。

 二人の気配を感じ取ったのか扉が内側から開き、焦げ茶色の髪と髭をたくわえたドワーフの男がバルトロに睨みをきかす。

 彼は眼光が鋭い上に子供なら泣き出しそうないかつい顔をしていた。筋骨隆々で首回りはガルーガに負けず劣らずといったところ。

 典型的なドワーフの鍛冶師の姿であるとも言える。


「よお。相変わらずの地獄耳だな」

「お前さんこそ、久々に来たと思ったらまるで変わっとらん。大公様に仕えてるんじゃなかったのか?」

「そうだぜ。ヨシュア様の元に寄せてもらっている」

「だったらもう少し礼儀くらい覚えてそうなものだろうて。まあ、それでこそお前さんか。しかし、わざわざ来る必要があったのか? ガラムがいるのだろう?」

「お、ガラムさんを知ってるのか。偏屈なあんたのことだから、他人には興味ねえと思ってたぜ」

「ふん!」


 ドワーフの男は長い髭を揺らしガルーガの体を上から下までねめつける。

 ふんとつまらなそうに鼻を鳴らした彼は、バンと作業机を叩いて立ち上がった。

 相も変わらず彼の眼光は肉食獣のように鋭く、見るものによっては後ずさるほど。

 しかし、対する二人とて只者ではない。

 バルトロはいつもの軽い調子で顎髭をさすり、ガルーガは何食わぬ顔でゴソゴソと荷物入れを漁っている。


「お願いしたいのはこいつガルーガの武器だ」

「ガルーガだ。よろしく頼む」


 親指をヒョウ頭に向けるバルトロ。

 紹介されたガルーガは首だけを下げ、自分の名前を告げる。


「そっちのでかいのか。まあ、それなりじゃな。よいぞ」

「ガルーガならお眼鏡にかなわないはずがねえ。ガルーガ、あとはドノバンと話をしてくれ」

「バルトロはこの人に頼むのではないのか?」

「俺にゃあ、叩いてくれねえんだ。この爺さん」

「減らず口を。とっとと奥へ行くがよい。身の安全は保障せんがな」


 首を振るバルトロに向け、ドワーフの男ドノバンが「行った行った」と顎を奥の扉にやった。


「ドノバン殿。素材は持参した。オレの得物もだ」

「ふむ。ぬ、ぬぬぬ! こいつは……ファイアルビーではないか! そっちはオリハルコン! お、お主。どこでこいつを……」

「ヨシュア殿から下賜されたものだ。武器が傷んできているからと」

「こいつは腕がなるわい。お主ならば武器が泣くこともないじゃろう。ファイアルビーは刃に使う、よいな?」

「任せる。オレは折れぬ、砕けぬのなら構わない。あいつバルトロに魅せてもらったからな」


 ガルーガは扉の奥に消えていった相棒の、あの一撃を思い起こす。

 どこにでもある鉄の剣で、斬ったのだ。バルトロは。やってやれぬことはない。

 しかし、ハルバードが折れれば、自分にとって致命的だ。あの男ならば、素手でもなんとかしそうではあるが。


「お前さん。あやつと比べるのはやめておけ。自分を見失うからの」

「分かっている。バルトロはバルトロだ。他にもオレなど歯牙にもかけぬ猛者に出会えた」

「バルトロと並ぶ者か!?そのような者、そうそう居らぬぞ。儂の知る限り、最高の騎士と謳われたファーゴットくらいのものじゃ。しかし、あやつも良い歳になった。往年ほどではあるまい」

「ファーゴット? すまん。騎士には疎くてな。バルトロと並ぶ者とは、一度会ってみたいものだ」

「胸糞悪いあやつのことは放っておけ。こいつで至高のハルバードをうってやるからの!」


 ドノバンのバルトロに対する当たりがきつい。

 二人の間に何か確執があるのだろうか、とここまで考えて思考を放棄するガルーガ。

 詮索はしたくないと思い直したからだ。


 ◇◇◇

 

 一方、奥の部屋では――。

 銀髪を後ろで結んだ赤い目をした少女がキッとバルトロを睨みつけ仁王立ちしていた。

 年のころは15歳前後に見え、両耳が僅かに尖っている。彼女はドワーフでもノームでもエルフでもない耳の形をしていた。

 それもそのはず、彼女はドワーフの父とハーフエルフの母を持つ極めて稀な両親の間に生まれた子供だったからだ。


「よお」

「……」


 バルトロが右手をあげ、彼女に声をかける。

 対する彼女は目を細め、彼を射殺さんばかりに冷やかな目線を送った。

 

「まだ怒ってんのか?」

「……怒ってなんかいない!」

「それを怒ってるってんじゃねえのか」

「知らない! どうせ女のところに転がりこんだんでしょ! グデーリアンのバカ!」

「今はバルトロって名乗ってんだ」

「どっちでもいい! 裏切者!」


 取り付く島もないとはまさにこのこと。

 少女はバルトロの言葉などまるで聞こうとしない。


「こうして、ティナに会うのも何年振りだっけか」

「1042日ぶりだよ! このうすらとんかち!」

「もうそんなになるのか。ってか、数えてんのかよ」

「知らない! 出てけ!」


 相変わらずの気性の激しさに、バルトロは後ろ頭をかき「んー」と口をへの字に曲げた。


「ティナ。冒険者をやめたのは軽い気持ちじゃあねえ。俺はな、初めて『すげえな』と思う人に出会えたんだ」

「……私を置いていった」

「そんなつもりはなかったんだが。結果的にそうなっちまったな。すまん」

「今更! 謝っても許してやらないんだから!」


 興奮した様子の彼女に対し、バルトロはかつての相棒の一人に自分の過去を語り始める。

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