第201話 高いところは怖い
急ピッチで魔素から電気に変換する魔道具の生産が進んでいる。
いろいろ考案した結果、魔道具は漫画で見た記憶がある赤いダイナマイトのような形となった。といっても爆発させるわけじゃないので導線は無く、その代わりに底部にスイッチが付いている。
誰でも簡単に使うことができるように、持ち運びやすいようにと考慮した結果、この形となったんだ。様式美として筒の色は赤色にしたぞ。幸い染料がいっぱいあったからね。 アストロフィツムから抽出した染料を使おうかとも思ったけど、色が毒々しすぎたのでやめておいた。紫色のダイナマイトなんて嫌な予感しかしない。
それはともかく……街の職人総出で魔道具を製作してもらっていることもあり、予想より早く数が揃う見込みである。
もう一つある飛行船の数が二艇あることは覚えているだろうか?
今後の運用も考えて街から風魔法使いを募り、セコイアやシャルロッテがいなくとも二梃運用可能な体制を作った。
やはりというか魔法を使える人そのものが少ない。風に限定したから更に人数が……とりあえず四名雇えたのでよしだ。
まさか領民全体で四人ということもあるまい。
飛行船はアスファルトコーティングを施し、耐久性が以前より高くなっている。もう一艇建造したいところだけど、魔道具の後かな。
一艇建造するたびに、人を雇わねば運用できないのが辛いところだ。メンテナンスも必要だしなあ。
いつまでもガラム達に情熱を注いでもらうわけにもいかないわけで。
整備員も育てないと、いずれ限界が来る。今は緊急事態なので、後回しになっているけど。
え? みんなが頑張ってるというのに、飛行船に乗ってのほほんとしてるとは何事だって?
いや、まあ、最前列に座って双眼鏡を覗いていることは、空いた時間でというかそんなところだけど、飛行船に乗っているのには訳がある。
どうするかかなり迷ったけど、行くことにしたんだ。時間が惜しい状況であるから、飛行船でね。でも、着陸できる場所が無いかもしれん。
だがしかし、問題ない。ちゃんと対策をしたからね。俺じゃなくてトーレとセコイアの手によるものだけど。
「何か見えるのかの?」
「うーん。街が見えるかな。あれはガーデルマン伯爵領だな」
当たり前のように膝の上に乗ってきたセコイアに対し双眼鏡を覗き込んだまま応じる。
ん、今度はルンベルクか。
「ヨシュア様。本当によろしいのですか?」
「命大事にだ。でしゃばり過ぎだとは思うけど、一人でも多くの人を避難させたい」
「ヨシュア様のお優しさに、このルンベルク、いたく感動いたしました!」
後ろで控えるルンベルクが白いハンカチを目元に当てた。
彼の隣では仮面の騎士ことリッチモンドも同じように咽び泣いている様子。
彼は仮面があるから目元を抑えることができない。なので、顎から涙がポタポタと落ち……る前にハンカチで口元を覆ったようだった。
「そうだ。ルンベルク。着陸の手配はせずとも問題ないのか?」
「問題ございません。騎士団長に話を通してあります」
「彼が街の警備まで請け負っていたんだっけか」
「緊急時ですので、騎士団が警備兵も含め全て統括しているとのことでした」
「すまん。今更確認して。ルンベルクとリッチモンドなら心配する必要はないと思って、ついおろそかにしてしまったよ」
「信頼頂き、感激の至りです」
ルンベルクとリッチモンドが揃って片膝を付き、頭を下げる。
と会話をしている間にも双眼鏡に目的の街が映りこんできたぞ。
そう、俺たちが目指す場所は公国公都ローゼンハイムである。
追放宣言を受けた俺が堂々とローゼンハイムに踏み込むか悩んだってわけさ。
だけど、俺が行くことによって街の人を迅速に動かせるのなら、と思って。
残された時はそう長くない。モンスターの一団は街の最終防衛ラインの目と鼻の先まで迫ってきているのだから。
俺としてはできれば騎士団にも戦って欲しくない。
誰も犠牲を出さずになんて綺麗事だって分かってるさ。ローゼンハイムに住む人にとって、この街こそ故郷であるし、命を懸けて街を護りたいという気持ちも理解できる。
それでも尚、俺は出しゃばり勝手な自分の想いをぶつけようとしていた。
余計なお世話だと思われるだろう。今更やって来てなんだって、俺でさえ思う。
でも、このまま放置しておくことができなかったんだよ。自分の我がままだと知りつつもね。
「難しい顔しおって。キミらしくもない」
「そらまあ、難しい局面だなとさ」
「らしくないのお。キミなら決めたのだからとなれば、いつものような間抜けな顔に戻るもんじゃがの」
「間抜けって……普段の俺はどんな顔してんだって話だな」
「そのままじゃよ。まあ、締まらぬ顔をしている方がライバルが少なくなる。ぼへえとしておくがよいぞ」
酷い言いようだな。
でもま、セコイアのおかげで緊張が少し和らいだよ。
双眼鏡を再び覗き込み、街の様子を確認する。
ここまで寄れば、双眼鏡越しとはいえハッキリと街の姿が確認できた。
城壁に覆われ、中央に公宮がある。以前と変わらぬ街の様子に懐かしさを覚える。
小高い丘の上にそそり立つ大聖堂もあの時のままだ。
懐かしんではいるけど、まだローゼンハイムを発ってから一年も経過していない。もっと長い間、辺境で暮らしていた気がするのだが、そうでもないという。
本気で忙しかったからな。あれやこれやとやったんだけど、最初の頃、何をしていたのか記憶が定かじゃない。
これも今だけだ。後二年で俺は惰眠を貪る予定なのだから……絶対、いや、きっと、ううん、たぶん。
「速度を落とすぞ、ヨシュア」
「うん。どこに着陸しようか」
決意を新たにしていると、セコイアの言葉で現実に引き戻される。
街についたとなれば着陸せねばならない。うん、当たり前のことだよな。
ローゼンハイムにはもちろん発着場なんてものはない。広場もないし、城壁の外も木々や畑があるからバッチリ安全に着陸できる場所はないのだ。
だからこそ、トーレとセコイアにひと肌脱いでもらった。
俺の問いかけに対しセコイアがにまーっと微笑み、言葉を返す。
「決まっておる。ヨシュアもそうじゃろ?」
「まあな。二つに一つと思ってる。どっちでもいいよ。任せる」
「そうじゃの。ならばこっちかの」
お、そっちに行くかあ。
一番高いところを選んだか。どっちにしろ飛行船でいきなり上空に現れたとなれば、目立つ。
速度を落とした飛行船は大聖堂へ向け舵を取る。
高い建物の更に上ならば、ぶつかって飛行船が傷付くこともない。
上空に飛行船を留めたまま人だけ降下できるように準備を整えている。
「よおし、行くぞ。セコイア。俺を頼む」
「自信満々に『頼む』とは、男らしくないのお」
「仕方ないだろ。高いところはとても怖いんだぞ」
「……情けない……」
「今に始まったことじゃないだろうに」
「そうじゃの。いつも貧弱じゃからの。上空から身一つで降りることに乗ってきただけでもまだマシってものかの」
事実だから何も言い返せない。
降りる時に漏らさないかだけ心配だ。
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