第185話 事後

 朝日が登る前にふと人の気配を感じ目が覚める。

 うは。ソファーの横で正座をしたシャルロッテが深々と頭を下げていた。

 昨日のことだろうな。


「シャル。気にしなくて良い。アルコールを飲んだことは事故だし」

「閣下! 申し訳ございません! 平に平にお許しを」

「気にするなって。体の様子はどうだ?」

「特に違和感はありません」


 何故か頬を桜色に染めるシャルロッテは、正座をしたまま太ももをもじもじと動かす。

 この様子だと、昨日のことを何も覚えていないんだろうなあ。酔っ払いの常である。


「昨晩、ちょっとした事件があってな。朝食をとりながら相談したい」

「承知です!」


 すっと立ち上がったシャルロッテはいつものようにビシッと敬礼をした。

 お仕事モードのキリリとした顔に戻ったな。彼女にとって仕事は大きなエネルギー源ということだ。

 俺は違うからね。念のため。


 ◇◇◇


 驚いた。

 領民が増え続けていることも、大通り沿いには家が立ち並んでいることも知っていたけど、既に結構な領民が居住していたんだな。

 オジュロの言う6000名を受け入れたとしても問題ない、とシャルロッテが試算してくれた。

 未開墾の畑と追加で家畜を育てることを前提とすれば、少なくとも食糧に関しては七万人規模まで平気だそうだ。

 それ以上になると、農村部を新たに作った方が移動も少なく効率が良いとのこと。

 馬車鉄道と街道でネラックと村を繋ぐことで、ヒトとモノの移動も迅速に行える。

 街中から畑までの距離が伸びたりしたら、街の外にある畑の近くに家を建てても良い。だけど、街からの距離がある場所よりは農村から街への移動の方が手間が少ない。

 交通手段が徒歩と馬車鉄道か馬車、馬だと雲泥の差だ。

 道の整備もされているからな。

 開拓村かあ。なんか少し憧れる。いっそ俺が……ぐふふ。


「気持ち悪い顔をして何を嫌らしいことでも考えておるのだろう? ボクの裸か?」

「全くもって異なる。裸を想像したとしても、セコイアってことはないだろ」

「実は興味があるんじゃろうて」


 珍しくめげずに絡んでくるな。

 セコイアの裸なんかより、ぴこぴこ動くふさふさした狐の尻尾なら気になる。

 あれって尾骶骨の先から生えているのかな? 付け根がどうなっているかの方が見てみたい。

 ガルーガだと想像がつくし、誰かいたかな。獣人の男は。


 んんと。バルトロ、ガルーガ……ペンギン。今いるメンバーの中に対象はいない。

 ペンギンなんて見るまでもなく服を着ていないからすぐわかる。ペンギンだけに特段興味も湧かない。

 他には猫耳のアルル。さっきから俺の腰をぽかぽかしているセコイアは一応女子だし憚られる。

 残してきたルンベルク、シャルロッテは人間だしなあ。

 こんな時こそレーベンストック。近くかの地へ訪れようと思っていてさ、シャルロッテに任せようと思ったけど、俺が行ってもいいかもしれん。


「ヨシュア様。あと40分くらいだぜ。やっぱいいな。空は」

「俺も結構好きだよ。空は。なんかロマンがあるよな」


 前方の窓を親指で指したバルトロがニカッと白い歯を見せる。

 彼の言う通り、俺たちは今空にいた。

 オジュロと会話を済ませた後、シャルロッテにその場を任せすぐに飛行船に乗り込んだのだ。

 目的は公国東北部。

 オジュロからの情報だと何が起こっているのかやはり分からなかったので、ならば実際に見に行こうとなったのだ。

 メンバーを厳選してね。

 感知に優れたアルル。分析にペンギンとセコイア。経験でガルーガとバルトロといった具合に。


「ロマンか。いいねえ。そういうの。そういやヨシュア様。俺に何か作ってくれたとか」

「そうだった。トーレに頼んで合間合間で作ってもらってて。俺じゃ上手く動かせなかったけど、バルトロならいけるんじゃないかな」

「調整が必要なものなのか? 扱いに癖がある武器みたいなもんか」

「武器じゃないけど、舗装されたところなら遊べる」


 バルトロの運動神経なら、まだ完成品とはとてもいえない物でも扱えそうだ。

 彼からフィードバックをもらって改造すれば、街の子供たちにも楽しんでもらえる一品になるに違いない。

 

『ヨシュアくん。持ってきているぞ』

『いつの間に』

『持ってきているというよりは、置きっぱなしになっていたという方が正しい』

『あああ。飛行船のこともずっとやってもらっていたからな。景色を眺めるより細工の方がトーレ好みだったってことか』

『そんなところだね』


 ペンギンがフリッパーを片側だけあげて、ビシッと倉庫の方を指し示す。

 彼が取りに行くより行った方がはやい。

 

「ヨシュア様。これか?」

「いつの間に。早いな」

「気になっちまったからな」

「それで合ってる」

「へえ。荷物を運ぶ道具か? それにしては板に駒が付いただけだし端も反り返っているな」

「それは、乗って板を動かすことで進んだり、地面を蹴って上に乗ったりして動かすスケートボードって乗り物なんだ」

「面白そうだな! 戻ったら乗ってみる」

「まだちゃんと力を伝えられなかったり、方向転換し辛かったりすると思う。細かい調整をトーレとやってくれると助かる」

「あいよ」


 スケートボードをひょいっと肩に乗せたバルトロの姿が妙に板についていてくすりとくる。

 ワイルド系イケメンとアウトドアは似合うものだ。俺? 俺は自慢じゃないがモヤシ界の王子として君臨しようと思っている。

 ニヤニヤしていたら突然ぼふんと背中に誰かが抱き着いてきた。

 

「ヨシュア様」

「アルル?」


 抱き着いてきたのはアルルだったみたいだ。彼女は頬を俺の背中に擦り付け、身震いする。

 

「猫娘の探知内に入ったようじゃな。中々の距離じゃ」

「公国東北部までまだ30分以上かかるんじゃなかったか」


 飛行船の速度を鑑みると、まだ相当な距離があるぞ。

 両腕を組みふふんと鼻を鳴らすセコイアも、既に何が起こっているのか把握しているのか?

 

「じゃから、中々のもんじゃと言ったろうに」

「何が起こっているんだ?」

「キミが確認できる距離まで進む。もうすぐバルトロも感知できるじゃろ。バルトロに舵を任せるとよいぞ」

「分かった。見たくはないが、見なきゃな。しっかりと何が起こっているのか確認しなきゃ」

「ボクはキミが圏内に入ることができるよう、そろそろ準備をしようかの」


 俺の服の裾を引っ張ぱれ、ちょいちょいと最前列にある椅子の前までセコイアに連れてこられた。

 「座れ」と顎で示すので、素直に従ったら膝の上にちょこんと彼女が乗っかってくる。


「ここなら一番見えるじゃろ」

「そらまあ。最前列の前は窓だしな……」

「うむ。しっかりそこでボクを支えているがよい」

「支えなくても落ちないだろ」

「そこは気持ちじゃ」


 よくわからんけど、公国東北部の上空は常人たる俺にとっては余り良くない状態らしい。

 なので、セコイアが魔法パワーで何とかしてくれるとのこと。

 何をするのかはてんで分からないけどね。

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