第34話 また寝落ちした件

 中央大広場(予定地)でトーレの弟子と出会うことができたので、彼に言伝をすると共に、持ち帰ったスツーカの木のうち半量を彼に手渡す。

 これにて本日の予定は全て完了だ。

 セコイアと別れ、屋敷に帰るころには丁度夕焼け空だった。

 うーむ。今日も何のかんのでよく働いた……社畜精神万歳……はあ。

 

 食後にルンベルクがわざわざ新鮮なグアバジュースを用意してくれていた。

 無碍にお断りするわけにもいかず書斎で口を窄めながら飲んでいたところ、来客が訪れたとエリーが連絡に来てくれる。

 誰かと思えば、訪ねてきたのはトーレだという。

 すぐに彼を通すようエリーに頼んだ。

 

 パタン。

 扉が開き、大きなリュックを抱えたトーレが姿を現す。

 

「トーレ。何か不備があったか? 遅くなるまで仕事をさせてしまったようですまんな」

「いやいやいや。ヨシュア坊ちゃん。よくぞそれがしにこれを任せてくださいました」


 そう言ってトーレはリュックを床に降ろし、鼻息荒く喜色をあげる。


「まあ、落ち着け。トーレ。これでも飲むか?」

「それは丁重に丁重にお断りしますぞ」


 そんなあからさまに眉間に皺を寄せて鼻までつままなくてもいいじゃないか。

 グアバジュースだって、慣れればなかなかいける……いや、まだ俺にも無理だ。酸っぱすぎる。

 でも、これって。

 いや今はトーレのことからだな。

 

「それでわざわざ訪ねてきてくれたってことは、スツーカの樹脂のことかな?」

「樹脂はすでに抽出済みですぞ」

「え? 樹脂の取り方を聞きにきたんだとばかり」


 そういや伝えていなかったなあと思い出して、こいつはしまったとばかり。

 それがなんだ。もうすでに完了しているとは……。

 その証拠とばかりにトーレはリュックから1リットルくらい入りそうな瓶を出してきて床にコトンと置く。

 瓶にはハチミツのようにドロッとした粘性のある液体が入っていた。色は薄い茶色。

 

「これを塗るだけで良いとは聞いておりますぞ。しかしです、しかしですぞ。重大なことを説明し忘れております」

「え、えっと。塗り方とか?」

「そこはお任せを。これでも某は革だろうが布だろうがはや四十年以上の経験があります。そこはよろしい。よろしいのです」

「もう少し落ち着こうか。近い、近いから」


 喋るほどにトーレの顔がにじり寄ってきて、彼の鼻息が俺の肩にかかるほどまでになってしまった。

 なので、彼の肩をそっと掴み、元の位置に戻るように促す。

 

「最も重大な伝達が抜けておりますぞ。それは、『この樹脂が何か』です」

「お、おう。そいつは『絶縁体樹脂』だ。電気を遮断できる。感電対策にと思ってな」

「むむむ。絶縁体? 電気? 感電? むむむ。むむむ。聞いたことのない言葉ばかりですな!」


 しまった!

 鬼気迫るトーレに焦って現代知識用語をそのまんま使っちゃったぞ……。

 

「えー、なんだ。あれだよあれ。雷獣のビリビリ対策にと思って。俺、貧弱だからさ」

「絶縁体、電気、感電、雷獣……ですか。そうですかあああ! 興奮してまいりましたぞおお」


 やっぱり誤魔化せませんよねええ。

 仕方ない。

 こうなったらとことん付き合うしかない。洗いざらい全部説明しよう。

 セコイアとはベクトルが異なるけど、トーレもまた貪欲なんだ。

 後々のことも考えると、彼にも理解しておいてもらった方が得策……なんだけど、説明の仕方を誤ると朝までコースになってしまう。

 

「分かったよ。ちゃんと説明するから。でも、その前に品物の話をしたいんだけど」

「お任せあれ。目的は全身を覆うことでよろしかったですかな?」

「うん。軽い方がいい」

「ならば、フード付きローブが丁度よいかと思いますぞ。何着準備するのです?」

「そうだな。三着は欲しい。できるか?」

「お任せあれ。できたらすぐに届けさせますぞ」

「ありがとう」

「ささ。ささ。どうぞお話しくだされ」

「あ、うん」


 だから近いから。

 再びトーレを元の位置に戻し、咳払いをしてから語り始める俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 ――翌朝。


「ん、んんん」


 ぐう。昨日はあのまま寝てしまったのか。

 トーレと熱く語り合って、それからいつの間にか意識が遠くなりってところまでは覚えている。

 背中に当たる床の感触から、そのまま書斎で寝てしまったことが分かった。

 だけど、後頭部は極上のクッション、それに毛布を掛けてもらっているみたいだな。

 エリーかアルル辺りが俺を心配して用意してくれたのだろう。

 

 パチリ。

 目を開けた。

 

「お、おはよう」

「おはようございます。ヨシュア様」

「ま、また膝枕していてくれたのか」

「はい。ダメ? でした?」

「いや。ずっと膝枕だと重いだろう」

「いえ。とても、嬉しいです」


 そういって朗らかな笑顔を見せるアルルは俺の髪の毛を愛しそうに撫でる。

 しっかし、彼女の膝の上から彼女の顎にかかる髪の毛を見ていると何だか気恥ずかしい。

 アルルは猫族らしくスレンダーなので、ここからだと彼女の顔がよく見える。

 俺の目線に気が付いた彼女は、顎を下に向けにいいっと子供っぽい笑顔を浮かべた。

 

「もうそろそろデレるのも終わりでいいかの?」


 な、何だと。声に反応して、アルルの膝の上に頭を乗せたまま目線を動かす。

 やっぱりセコイアかよ。

 ものすっごくだるそうな顔をしたセコイアが、手をパタパタして自分を扇いでいる。


「侵入者だー(棒)」

「キミが起きるのが遅いから、出向いてやったのじゃろうて」

「起こしてくれてよかったのに」

「キミが疲れておるのだと思ってな。眠っておる時くらい静かに寝られるだけ寝かせてやりたいってのはボクだけじゃなく、皆の総意じゃ」

「そうだったのか。みんなに気を使ってもらってんだな……」

「キミは貧弱じゃからの。皆心配しておるよ。じゃが、キミの頭脳無くしては事が進まぬからの。さあ、しかと休んだかの?」

「おう。寝過ぎたくらいさ。筋肉痛はあるけど、まあ問題ない」

「まさか、ちょこっと歩き、アレを担いだだけで……」

「そうだよ! ちくしょう」


 くうう。これ見よがしに笑いやがって。

 

「アルル―。ロリがいじめるんだー」


 ワザとらしく膝枕をされたままの姿勢でアルルの華奢な体に抱き着く仕草をする。

 仕草だけで本当に抱き着いたわけじゃあない。

 それでも、ロリ狐には効果覿面だったようだ。彼女はこめかみをピクピク揺らし、狐耳から生えた毛が逆立っている。

 

「キミのところのハウスキーパーは何かの、キミの情婦じゃあないだろうな?」

「違うわ!」

「じゃあ、それは何じゃ。せっかくボクが膝枕してやろうというのに、メイドの仕事ですと譲らんかったぞ」

「そこは……アルルで」

「何じゃとおおお!」


 だあああ。うるせええ。

 からかい過ぎた。

 そろそろおふざけは止めて、少し遅くなったが本日の行動を開始するとしようか。


「アルル。バルトロに会いたい。もう出かけちゃったかな?」

「大丈夫。です。笛を吹けば。来ます」


 犬かよ!

 まあいい。笛を吹けば来るのなら、吹いてもらおうじゃないか。

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