第21話 ポチは可愛い件

「エリー、すまないが、今日は俺の護衛を頼む」

「何よりの喜びでございます!」


 すんごい喰いつきにタジタジしてしまう。 

 メイドたれを体現したような凛とした佇まいのエリーが、おいしいものを前にした子供のように頬を紅潮させ目を輝かせていたのだもの。

 これをアルルがやったのなら、そこまで驚かなかった。むしろ、よーしよーしと微笑ましい気持ちになっていたかもしれない。

 変な気を回してしまったかなあ。エリーもアルルも、指示を出さずにいたらしゅんとしてしまっていたからさ。

 なので、ちゃんと「護衛を頼む」と事前に言ったわけなんだが……。


 コホンとワザとらしい咳をすると、エリーはぶすぶすと湯気が立ったように真っ赤っかになってずぶずぶと落ちて行くように額に手を当てた。


「えー。俺は俺で適宜動く。最初はルンベルクとアルルと共に屋敷の外に出る」

「承知いたしました」


 ルンベルクの会釈へ右手をあげ応じ、この場は解散となる。

 

 ◇◇◇

 

 屋敷の外は指示を待つ領民たちであふれかえっていた。

 えー、お客様の中にドワーフかノームはいらっしゃいませんかー、なんて軽い感じで聞きたかったのだが、生憎立場上そのような軽いジョークが通じる感じが微塵もない。

 なので仕方なく、準備が完璧なできる男ルンベルクが設置してくれた演壇に登る。


 うん、さっきあれだけ歓声をあげたというのにまたもやすごい熱気に包まれる屋敷前。

 両手をゆっくりと開くと、シーンと辺りが静まり返った。


「諸君らの中に、木材を乾燥させることのできる者はいるか? いたら申し出て欲しい」


 どよどよとどよめきが上がる中、四人の領民が手をあげてくれる。

 

「領民の諸君。諸君らの働きにより、僅かな期間でこれほどの木材を準備することができた。心から礼を言う」

「ヨシュア様!」

「なんと、領民思いのお方か……」


 軽く礼を言っただけなのにも関わらず、両膝をついて滂沱の涙を流す人や何故か分からないが両手を合わせ俺に拝みだす人までいるじゃあないか。

 こいつは軽々しい言葉を発することに対し気を付けないといけないな……。

 注意するといっても礼とか褒めるのなら問題ない。叱責する場面が出た場合、細心の注意を払わねばとんでもない事態になるかもしれないってことを肝に命じておかないと。

 表面上、動じた姿を見せぬようにしつつも、内心ではああと深呼吸をするかのように気持ちを落ち着ける。

 

「一刻も早く諸君らの住宅を準備したいところなのだが、生憎木材が乾燥するまでに時間がかかる。そこで、木材を乾燥できる者を募ったのだ。この後の動きについては、ここにいるルンベルクの指示を受けて欲しい。農業従事者は何か問題があればアルルが窓口となる。頼んだぞ。親愛なる領民の諸君」


 ウオオオオオオオ――。

 大歓声に右手をあげて応じ、演壇を降りる。

 

「ルンベルク、もう一つ頼みがある」

「ハッ! なんなりとお申しつけください」 

 

 片膝をつき、俺を見上げている彼は感涙していた……。

 ここでひいていたらダメだ。うん。

 いつものことだと割り切ることが肝要だ。

 

「先日、道の予定地のことを相談したことを覚えているか?」

「はい。しかと心に刻んでおります」

「ロープもない状況だし、石灰を砕いて線を引くくらいはできるか?」

「それならば可能です」

「屋敷から中央大広場まで白線を引いてくれるか? いつまでも屋敷の外じゃあなと思ってさ」

「承知いたしました。全ては御心のままに」


 木材の乾燥が終わり次第、どんどん住宅を建てていくことになる。

 それと前後して、道のスペース確保を行わなきゃいけないんだけど、家の前に人だかりがあるのもなんだか気が引けちゃうんだよ。

 

 よし、ここはこれで大丈夫そうだ。

 傍らで控えるエリーへ目を向ける。

 

「エリー、馬を頼む」

「承知いたしました」


 エリーはお腹の真ん中辺りに両手を添え礼を行う。もちろん彼女は俺を置いて馬を取りに行くなんてことはしない。

 彼女にとって護衛任務が第一だから、俺が動くに合わせて馬のいる場所に誘導してくれることだろう。

 

 ん。移動しようと思ったところでアルルが何やら言いたそうにもじもじとして猫耳をぴくぴく震わせている。

 

「どうした?」

「か、かっこよかったです! 演説をされる。ヨシュア様。いつも」

「そ、そっか。は、ははは。頼んだぞ。アルル」

「はい!」


 尻尾をパタパタとご機嫌に振りながら、アルルは群衆の中へと消えて行ったのだった。

 

 ◇◇◇

 

 お次に向かったのはルビコン川のほとりだ。

 水車のところまで到着すると、既にガラムらは作業の真っ最中だった。

 それにしても……作業が進み過ぎじゃあないか?

 

 元々あった水車は未だ取り外されたままだが、トーレが担当していた連結部分が既に完成している。

 作業を終えたトーレの姿が見えない。でも彼のことだ。他の作業をしているに違いない。

 鍛冶屋の家屋も外観だけを見るなら完成していた。木と漆喰のシンプルな平屋だったけど、必要十分に見受けられる。

 

 一方でもう一つの重要パーツを制作中のガラムの方も大詰めを迎えているようだった。

 彼の作っているものは、直方体の横幅二メートル、奥行80センチ、高さ60センチほどの木箱とその中身である。

 できれば木箱を補強したいところだけど、水車の軸と同じく鍛冶施設がないと鉄も使えない。木製のままでもしばらくは使えるし、まあそのうちってところだろう。

 

 ちょうど手の空いていそうな狐耳ロリを発見したので、声をかけてみるが反応がない。

 両腕を組み、じっとガラムの作業を見つめる彼女は「ぶつぶつ」と何かを呟いていて俺の声が耳に届いていないようだった。


 こうなるといたずら心が生まれてくるのが人ってもんだろ。

 中腰になり後ろからセコイアの頬っぺたをむにゅーとしてみる。

 しかし、まだ反応がない。

 ふ、ふふ。頬っぺたは本命ではない。俺の本命はここだ。

 

 もふん。

 狐耳に触れる。

 いやん、触り心地がよいわあ。昔実家で飼っていた柴犬のポチを思い出す。

 

「ポチー。よおしよおし」

「何をしとるんじゃ……キミは」

「ポチが喋った!」

「誰がポチじゃあ!」


 体ごとこちらに向きを変えたセコイアが両手でぽかぽかと俺の胸を叩く。


「いやあ、冗談じゃないか。それで首尾はどうだ?」

「本当に冗談かの?」

「冗談って言っているじゃあないか。ポチ」

「……まあよいわ。もう間もなく完成ってところじゃの。あとは全てを連結させるのみ」

「早すぎないか……? まだ二日目だぞ」

「そうじゃな。ボクも驚いておる。こやつらの腕が余程良いのじゃろうて」


 なるほどな……。

 熟練職人が己の興味全開の仕事に対し、欲望のままに思う存分力を振るった結果がこの作業速度か。

 この本気を住宅の方に出してくれれば、なんて思ったけど鍛冶屋は彼らにしか作ることができないだろう。

 何事も適材適所ってやつかと納得する俺であった。

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