我楽多パレヱド

 数年に一度、いや、数十年に一度だ、あの瓦礫の山からは子供が産まれる。砂臭くて鉄錆だらけのゴミ捨て場から、夕日越しに黒くなった人影がゆらりと揺れる。人はそれを「ガラクタ」と呼ぶ。

 どうやって産まれたのかは知らねェ。ましてや赤ん坊でもないんだから、どういう仕組みか分からない。だがいつも瓦礫のガラクタを身につけていて、人間というよりロボットみたいだってのは一緒だ。たいていはその醜さから人間たちに怖がられて、自然と人間世界から消えていく。

 人間世界ってのはちゃんと働いて飯を食える世界で、そうじゃねぇ世界ってのは河川敷や駅で寝泊まりする世界ってやつだ。

 そんで、今日、双子が生まれた。仕事柄仕方無ェから、産声を上げる其奴らを出迎えに行く。やけに人間じみた形をしている奴らだった──むしろアンドロイドとかに似ているだろうか。刺々しい瓦礫も我楽多も身につけてやいない。ただ素肌が金属で出来ているし、眼球は誰かが捨てた宝石から出来ている。

 私はそんな双子にありあわせの服を着せて、家に連れてきた。此奴らに服なんてもんは要らねェんだが、私が人間擬きの裸なんて見たかねェってだけだ。彼らは首を傾げると、互いを見えない眼球で見つめ合って、服を着込んだ。

 ガラクタの野郎どもには声帯がある。これまたどうしてか知ったことじゃねェ。喉元にスピーカーがあって、舌を模した機関で発声できるらしい。電気が必要ってことじゃねェのか、ってことだが、まったくそのとおりだ。

 私はいつも他のガラクタどもにやっているように食事を与えた。有機物でありさえすりゃなんでも良い。だが与えられるものなんて私の残飯くらいしか思いつかねェ。それでも彼奴らは機械で出来た腕で食事を掻き込んでやがった。

「ごち、そう、さま」

「ご、ご、ごちそう、さま」

 喉から発声される声は決してロボ声なんかじゃねェ。見た目相応の人間だ。だからこそ怖がられる。人狼伝説というものがあるが、まさにそれと同じだ。人間を騙し、いずれ襲いかかってくる偽物として扱うのだ。

「あいよ。さっさと寝ちまいな」

 手をひらひらさせると、二人は同じほうの手足を同時に出しながら、てとてと、軍人の行進みたいに歩いていく。そのぎこちなさがあまりに滑稽だったもんで、私は鼻で笑ってやった。

 音も立てず睡眠している間に奴らは体内に入れたもので発電する。排泄物としてときおり灰を出す。人間を育てるよりはマシだ、オギャアオギャアと喚かれては眠れそうにない。

 大きく欠伸をして、私も寝床へと就いた。はて、今日は何日だったか。毎日毎日カレンダーを捲っては、バツ印をつけて今日が何年何月何日か確認する。よくよく見てみると、今日という日付には何か書き込みがされていた。昔の自分が書き込んだらしい。

──アキトとミキの誕生日。

 私はしばしその文字面と睨めっこをしていたが、ペンをしっかり握りしめてバツ印をつけた。そしてベッドに潜り込んで、泥のように眠った。



「お、はようございます」

「お、お、おはよう、ございます」

 どこで覚えたんだか、彼奴らは私より先に目を覚まして、リビングに出たところでお辞儀をする。朝っぱらは低血圧なもんで、そんなこたァされたって機嫌が良くなるわけでもない。座れ、とだけ言って双子を椅子に座らせる。

 よく似てる二人なもんだから、最近それぞれ名前をつけた。男のほうがハヤト、女のほうがマキ。もちろん、彼奴らに性別は無い。生殖機能も無いし分裂することも無い。ただ彼奴らは人間を真似て雌雄区別のつきそうな見た目をして生まれてくるだけだ。

 毎朝よくもまァ同じように食事にがっつけるものだ、味覚も無いくせに旨そうに食べやがる。明瞭だが吃りながら、おかわり、と言われたときにゃさすがに哀れにもなってくる。昨日の夕飯の残りだからだ。

 だが猫や犬を飼うのとは別だ。飯だけやって散歩させりゃ良いってもんじゃない。奴らはあくまで人間の形を模してやがる。だから、趣味にもそれなりの金がかかるはずだった。

 彼奴らの趣味は執筆だった。おかしな話だろう、小説を書くのが趣味なんだ。二人して紙に羽ペンで何かを書き殴ってんだ。マキのほうは後味が悪い毒薬みたいな話を書きやがるし、ハヤトのほうはこってりしたワインみたいな話を書きやがる。

 しかしまぁ、私が考えたことは簡単だった。どうせ手に職もつけられないで死んじまうマキナどもに、職をつけてやろう、ということだった。

 私が推敲してやると、彼奴らは身動き一つ取らないで私のことを見つめて感想を待ち望んでやがる。まるで忠犬だ。そんなふうに育てた覚えは無いのだが。

「良いんじゃねェの、二人とも」

 羊皮紙を返してやれば、二人は大切そうにそれに触れ、ぎゅっと抱きしめた。そんなに大切なもんだったのか。ならますますそれを生かしたほうが良いな、などと思いながら、私はあぐらをかき、二人に話した。

「お前ら、小説家になってみないか」



「魔女さん、お話が」

 吃りもノイズも少なくなって、彼奴らの声の区別がつくようになった。ちょうど眠ろうとしていたときに話しかけにきやがって。早く寝なさい、と言ったが、マキは私を正視したままだった。

 両手にはノートとペンが握られている。私が買い与えたものだ。

──何か思いついたらそこに書きなさい。書いておかねェと忘れるからよ。

 それは私の実体験もまた混じっていた。書いておかないとその「覚えておくべき何か」を忘れてしまうからだ。自分の名前、今養ってるガラクタについて、そしてこれからすべきことについて。

 マキはノートから一枚、写真を取り出した。眼鏡を掛け直して見てみれば、そこには私と二人のガラクタが映っていやがった。私は二人に挟まれて笑っていやがる、気味が悪い。いつ撮ったんだか、と思い、写真を受け取れば、裏面には百年ほど前の日付が書かれていた。

 ぶわっと頭の中で弾ける過去の記憶と感情。決して消えぬ長期記憶からの呼び声。私がかけた言葉は何だったか。

 だが一つ明かせることはある。此奴らもまた私のことを「魔女さん」と呼んで慕っていた。もう百年になるのか、時の流れは早いもんだ。

 マキは首を傾げ、何度か瞬くと、魔女さん、とまた私のことを呼んだ。

「興味がある。この人、誰」

「ンなもん知らなくて良いことだよ」

「なぜ魔女と呼ばれているの?」

「知らなくて良いこと」

「小説に書くんだ」

 そう言ってマキはノートを開く。そこにはびっしりと文字が書き込まれていて、取り消し線が引いてあったりアンダーラインが引いてあったりする。その中に大きな丸印として、謎の写真、と書かれているのだ。

 まったく、用意周到ったらありゃしねェ。私はマキをベッドに座らせると、写真を眺めながら記憶のさらに奥へと沈んでいった。



 魔女と呼ばれるには理由がある。昔だったらヤクを作って股に擦り付けて箒に乗ってる奴は魔女だった。そうでなくても傾国は魔女だったし、情婦も魔女だった。

 しかし現代日本ではそうもいかない。さきほども述べたとおり魔女は科学的に存在しない。それでもなお私が魔女と呼ばれるには理由がある。

 一つには、あのガラクタどもを養い育てて社会に出していること。たった数年教育するだけで彼奴らは充分に社会の歯車になれる──見た目を除けば、だが。今の社会は見た目の違う人間擬きを許容できるほど賢くはないらしい。しかしいずれはその人間に忠誠的な人格に気がつき、利用することになるだろう。

 一つには、私が不老不死の存在であること。テロメアを克服した私はある日成長が止まった。未発達な体は第二次性徴期を迎える前で発育を止めた。人々はようやく科学で理解できないものが現れて、私のことを魔女と呼ぶようになった。

──お前は魔女なんだ、被験体七七七。お前には人権が無いんだ。

 幼い頃、研究員からそう言われたのを思い出す。その記憶には感情は無いし感傷も無い。ただ私はいわゆる人間世界では生きていけないのだと理解しただけだった。

 そうして辿り着いたのがこのオンボロ屋敷だ。何十年もかけて見た目だけは綺麗にリフォームしたつもりだが。それでも壁に這う蔦や咲き乱れる花々を刈り取ることはできなくて、明らかに人間らしい人物が住んでいるとは思えない見た目になっているのだけれど。

 ガラクタを育て始めた理由は、すぐそばに我楽多の山があったからだ。ただの気紛れだ。瓦礫の中で蹲るようにして生まれた彼奴らは、親無くして生きていくことはできない。ホスピタリズムと一緒だ。

 我楽多を掻き分け、子供を掘り出す作業はなかなか手がかかる。時々手を切るし、そうでなくても鉄錆の臭いがキツい。鼻が曲がるような砂の臭いがする。そういう意味では、胎盤から産まれるガキと同じかもしれない。

 そうしてやっと掘り起こした奴らは、例外無く夢というものをもっていて、生を選ぼうとしている。生まれたときから生をプログラミングされているのだ。何かを成し遂げたいと思って生まれてきやがるのだ。

 その小さな夢が潰えるのを、私は幾度と無く見てきた。

 気持ち悪い、汚い、ダサい、気味が悪い。そんな簡単な言葉で、人間たちはガラクタどもをゴミ箱へと捨てる。信心深く優しい彼らの中身を見ないでぽいぽいと捨てやがる。我楽多には産まれる価値も無いのだ。

 かつての私がそうだったように。



 私が見てきたガラクタどもの話を途中までし終わると、彼奴はすやすやと寝息を立てていやがった。聞きたがったのはお前さんだろうに。だがノートには夥しく今私が話した内容が書き綴られている。まるで有価値な格言であったかのように。

 しばらくすると双子の片割れのほうがやってきやがった。ハヤトは毛布を手に持っている。体内の温度を調節する必要などガラクタにはありやしないのに。マキの体を引っ張っていって、自室へと戻っていった。

 それからしばらくして、彼奴が戻ってきやがった。今度は彼奴がノートを手にしている。彼奴も彼奴で小説のネタが欲しいのだろう。私はいよいよ話してやろうという気になってふてぶてしく頬杖をついたのだが、奴が聞いてきたのは全く別のことだった。

「オレたちは、幸せになれると思う?」

 変な質問だ。ガラクタのくせに脳味噌が詰まったみたいな質問をしやがる。人間ですらそんな問いを抱くことなど無いのに、面倒臭ェ。

「無理だよ。幸せになんてなれっこない」

 だからといって口から出まかせを吐いたわけでもない。ただ無理なもんは無理なんだ。お前がガラクタである限りは、幸せになれねぇ。それは私も同じだ。

「幸せになる権利はある」

 一丁前にそんなことを言うもんだから、私はその生真面目な顔を鼻で笑ってやった。すると腹でも立てたのか、彼奴はぷくっと頬を機械的に膨らませて機嫌を損ねやがった。

 希望なんてものを抱いたらこの世界では生きていけない。やがて心が生きたまま朽ちていくだけだ。他人に期待しては裏切られ、安全基地となる人もいないまま、孤独に身を浸してヤクのお世話になる。今の私がそうだ。他人に嫉妬して擦り切れて無様な姿になる。

 子供っぽく拗ねた彼奴は、まだそんな世界のことを知らねェ。だから鼻で笑ってやるのだ。お前にはまだ早いよ、と。

「それでも幸せになれる。ガラクタでも幸せになる方法があるって教えてくれたのはアンタだ」

 なんて、意固地になって言うもんだ。

 幸せになれる方法なんて教えてねェよ。現実的に生きていける方法だけを教えている。さもなくばずぶ濡れの夢を抱えたまま死ぬだけだ。手に職をつけるというのはそれを防ぐための予防線に過ぎない。

「お前は幸せになりてェのか」

 そう尋ねると、彼奴は宝石で出来た目を丸くして顎に手を当てた。考え込みやがった、まったく。待ってやる価値も無ェと思って追い払おうとすると、彼奴は口を開いた。

「魔女さんを幸せにしたいよ、オレたち」

 大笑いだ。馬鹿みたいに笑って腹を抱える。また顔を顰めるハヤトを見て、私はおかしくってたまらなかった。

 幸せになんてなれっこねェんだ。なれてたら私はガラクタの世話なんかしてねェ。普通に結婚して、普通に養子を取って、普通に生活をしていたはずだったんだ。

 ガラクタはガラクタだから馬鹿らしく幸せを追い求めれば良い──私はそう言った。奴は満足していない様子だった。不服そうに部屋に帰る奴を見ながら、私はそばにあった阿片を深く深く吸い込んだ。

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