第26話 偉い人の過去は秘密!


「あーっ、久しぶりの文明社会はやっぱりいいわあ」


 タクシーを降りるなり、泉は屋敷の住人が聞いたら眉を顰めるような一言を放った。


「たかが一日半ですよ、平坂先生。根っからの都会人なんですね」


「うふふ、そうね。……でも幸いなことに不気味なお屋敷のせいで退屈せずに済んでるわ」


「お化け屋敷は遊園地だけで十分ですよ」


 どんな状況でも娯楽に変えてしまう泉のタフさに、僕は全面降伏した。


「目抜き通りはシャッター街かと思ってたら、意外と賑わってるわね。よしよし」


 泉は人通りのまばらな日中の往来を、あちこちに目を向けながら進んでいった。


「次の交差点を超えたらもう駅ですよ。創作の手助けになるような風景はなさそうですね」


 僕が早くも音を上げかけると、泉は「情報収集の手始めに、どこかに入りましょうか。……ほら、あそこにケーキ屋さんがあるわ」と言った。


「情報収集?……いったいなんのです?」


「あら、作家のくせに想像力が働かないのね。いい?こんな田舎の山の中にわざわざ作家を集めるってことは、神谷先生はここに格別の思い入れがあるってこと。しかも村長さんが来て、ツモト製薬の商品をアピールする。つまりこの村とツモト製薬、神谷先生の間にはただならぬ繋がりがあるのよ。過疎地の駅前をこれほど綺麗にさせる村長が、地元からどんな風に思われているか知りたくない?」


 泉はここぞとばかりに自説をまくしたてると、得意げに小鼻を膨らませた。


「まあ、確かにやり手であることは確かでしょうね。でもケーキ屋さんに耳寄りな話なんてあるかなあ」


「当たって砕けろよ。男の子でしょ」


 泉は僕に檄を飛ばすと、交差点の手前にある小さな洋菓子店に入っていった。


「わあ、美味しそう。見て、レインボーロールだって。村の名前にちなんだのかしら」


 泉はショーケースを覗きこむなり、子供のように歓声を上げた。騒々しい客の来訪にきょとんとしている中年の店員に、僕は「こんにちは、お薦めは何ですか」と尋ねた。


「あ、はい。レインボーロールですね。おっしゃる通り虹神村にちなんで七色のクリームを重ねてあります」


「ふうん。……じゃあこのレインボーロールを二つ。それから……あっ、奥に見えてるのって、もしかしてイートインスペースかしら。あそこで頂いてもいい?」


 泉は忙しなく視線を動かすと、ずけずけと言い放った。


「はい、結構です。お飲み物はどうされます?」


「ダージリンティーを二つ。……ええと、支払いはキャッシュかしら」


 はい、すみませんと頭を下げる店員に、泉は「素敵。お買い物ごっこみたいで嬉しいわ」と財布を取りだした。勝手に人のケーキまでオーダーする強引さに呆れながら、僕は確かにこの店員くらいの年代なら、村長のことを多少は知っているかもしれないなと思った。


 僕らが奥の小さなテーブルについてしばらくすると、ロールケーキと紅茶の乗ったトレーを手に店員が姿を現した。


「この村、素敵ですね。空気が澄んでいて」


 泉がありきたりの褒め言葉を口にすると、店員は「まあ、ほかに何もないですし」と謙遜した。


「ところでこの村の村長さんって、どんな方です?」


 泉のあまりに唐突な問いかけに、僕は不審がられるのではないかとはらはらした。


「村長ですか?そうですね……」


 店員は顎に手を当て、しばし思案するような表情を見せた後「優しい方です」と言った。


「行動力があって、常に村のことを考えて下さる方ですね。でも……」


「でも、なんです?」


 ふいに言い淀んだ店員に、泉がここぞとばかりに食い下がった。


「六、七年までしたか、息子さんが事故に遭われて回復が思わしくなかったんです」


「息子さんが……」


 泉が眉を寄せ、押し黙った。初めて聞く情報に、あれこれ勝手な憶測を巡らせているのに違いない。


「それで、今はどうなさっているんですか」


「さあ……一時期、ツモト製薬の偉い方がやってきて、お力添えを頂いたとおっしゃってていたそうですが、ご本人の姿を事故以来、さっぱり見かけないので何とも言えないです」


 店員は知っていることを一気に語ると、店頭の方に戻っていった。僕らはケーキを平らげると、再び目抜き通りを歩き始めた。



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