第24話 動く箱の仕掛けは秘密!


 僕とみづきが母屋に戻ると、リビングの宿泊客は平坂泉一人になっていた。


「お帰りなさい。何かネタになりそうな物は見つかりました?」


 泉は膝のタブレットから顔を上げると、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「さっぱりです。平坂先生は、課題にもう手をつけられているんですか?」


 僕が問うと泉は眉を上下させ、ふふんと鼻を鳴らした。


「当然でしょ……って言いたいところだけど、あなた方と同じでさっぱりだわ」


「そうですか。まあ、まだ二日目ですしね。……ところで村長さん、大丈夫ですかね」


「麓の病院で診てもらってるみたい。マーサさんもついていることだし、きっと大丈夫よ」


「だといいんですけど……いくらお医者さんがいるとはいえ、ここじゃあ心もとないですもんね」


 僕が辺鄙な場所であることを匂わせると、泉が「そうだわ」と身を乗り出した。


「まだ日も高いし、せっかくだから麓に降りてみません?私が車を呼びますから」


「えっ、でも……」


「山を降りちゃいけないっていう決まりはなかったわよね、確か。夕食までに戻って来ればいいのよ」


 泉はまるで共犯をそそのかすかのように、僕らに囁いた。おそらくマーサも角館もいないという状況に悪戯の虫が騒いだのだろう。小説家というのはそういうものだ。


「……どうする?」


 僕はみづきに訊いた。正直なところ、もう自分で何かを判断するのが面倒になっていたのだ。


「私は止めておくわ。ここで見聞きした物の中に使える物がないか、振り返ってみたいの」


「……そうか、わかった。じゃあちょっとだけ行ってくるよ」


 僕がそう告げると、あれだけ僕を振り回したみづきがあっさりと頷いた。


「いろいろ付き合わせてごめんなさい。麓でのんびり羽を伸ばしてきてね」


 みづきは他人事のような口調で言うと、リビングを出ていった。


 「車代は私が払いますから、心配しないで。到着したらここに集合して出発しましょう」


「わかりました。じゃあ、自分の部屋で待機してます」


 僕はタクシー会社に電話を始めた泉を残し、リビングを出た。

 僕の足が止まったのは、廊下の途中にあるエレベーターホールに差し掛かった時だった。がたんという音と、何かが駆動する機械音が続けざまに聞こえ、僕は反射的に奥のエレベーターに目を向けた。

 

 ――家主さんか?でもマーサさんはいないし、一人で降りて来るつもりだろうか?


 僕があれこれ思いを巡らせていると、二階を示すランプがふっと消えた。だが、箱が止まる気配はなく、僕は思わず首をひねった。一階のランプが灯って箱が止まるに違いないと思っていたからだ。そのまま耳を澄ませていると、やがてがたんという音がなぜか足元から聞こえた。


 ――床下?……地下か。


 僕は思わず床とエレベーターを交互に見やった。ランプは二階と一階の二つしかない。


 しかしエレベーターはランプが消えても動きつづけ、表示のない階で止まった。つまり、この建物には地下一階が存在するのだ。

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