十六日目

 牡丹と竜胆はゲームが好き。薊と蜜柑はゲームのストーリーが好き。そして雛芥子は、運動が好き。筋トレが好き。そんなアタシらの合意点が、フィットネスゲームだった。

 今話題の、ストーリーを攻略しながら筋トレができるゲームを、僕らは欲していた。されど、悲しいかな、外出を控える人々が考えることは同じ。家にいながら、運動しなくては。せっかく運動するなら、楽しくやりたい。子供たちが楽しんでやれるものを探したい。そして品薄になってしまう。

 結局、例のゲームが手に入らなかったアタシたちは、仕方が無いので独自で筋トレを始めた。おかげさまで、ろくに食べも動きもしない秋桜が、運動嫌いなアタシが、体力が無い薊が、過食気味な竜胆が、運動習慣を身につけた。牡丹はというと、元々体を動かすゲームが好きなので、筋トレも楽しんでやっているらしい。

 前置きはさておき、アタシたちが見つけたレトロゲームは、なにもカーレースゲームだけではない。あったのだ、フィットネスゲームが。

「おや? 電源は入るのに、接続されませんね……」

 白いボードを片手に、雛芥子が据え置き機をじっと見つめる。素早くネットで検索した薊は、六人の中で最も賢いので、さっさとシンクロボタンを見つけて、ボードと本体を接続してしまう。ありがとうございます、と言う雛芥子に、薊は答えもせずに次の行動へと移る。

「全員登録するから、順番決めておきなァ。最初はボクね」

 さっそくリモコンを弄りながら、自分の見た目をしたキャラクターの身長や生年月日を入力する。それからは、画面に映ったキャラクターの指示どおり、ボードの上に乗って体重を測り始めた。四十六キロ。百五十八センチにしては少ないのだけど、薊にしては、増えた方だと思う。

 次はアタシの番だ。素足でボードに乗って、画面とにらめっこする。この自粛期間で外に出なかったから、きっと太っているだろう──そう思っていたら、五十一キロだった。BMI二十。なんとも言えない数字である。

 秋桜が三番手についた。アタシがリモコンを渡すと、彼女は複雑そうな顔をしてボードに乗っかった。アタシたちの中で一番細いといったら彼女だ。竜胆が食べる分、彼女と薊が全然食べない。しかも、秋桜は一日に一食でやりくりできるほどの少食だ。見事に四十三キロを叩き出す。アタシたち女性陣の中だと、秋桜が一番背が高かった気がするが。

「あはっ、なっつかしー! このボード、まだ動いたんですねェ? 案外高性能なんですね、これ」

 牡丹が乗っかると、七十三キロ。身長が百八十以上もあるので、当然といったら当然である。しかしながら、秋桜が二人よりちょっと少ないと思うと、なんとも言えない気持ちになる。彼が足踏みをしただけで機体が壊れそうだ。

 次は雛芥子だ。雛芥子はアタシたちの中で一番──というか、普通の人よりはるかに──筋肉量があるので、さぞ重たいのだろうと思ったら、五十五キロだった。信じられないという目で牡丹がアタシを見つめてくるが、アタシもそうだ。なんて引き締まった肉体をしているんだか。

 さて、最後に残ったのは竜胆だったのだが、彼女はマットに乗るのを嫌がった。理由を尋ねると、彼女は体重を気にしているんだそうだ。それは仕方無いことで、彼女は少々過食気味だから、動かない今どんどん体重が増えている。雛芥子が提案した毎日の運動にも、ちゃんと参加して筋肉痛を起こしている。

「どんな体重でも、笑わないでよね……」

「笑わない笑わない。だってこの中で体型を維持できてるの、センパイくらいですし」

「分かったわ、乗るわよ」

 竜胆の体重は──目盛りは、四十六。つまりは、薊と同じ体重である。ちなみに、身長差は十センチとちょっとだ。ボードに乗ったまま、顔を押さえて崩れ落ちる竜胆を、雛芥子が優しく宥める。

 この数字が、別に多いわけじゃない。BMIは二十二。これくらいがちょうど良くて、最も健康的と言われる。薊はBMIでいうと低体重である──もっとも、百六十センチを越えた秋桜のことを考えると恐ろしいが。だから、責められるものもなんでもないのだが。

 全員が量り終えると、今度はスポーツゲームに乗り換えた。十年くらい前のゲームだったからか、もちろん画質は良くない。しかしながら、十年近く経ったのだ、高性能なリモコンを新調しただけあって、設定は早く終わった。竜胆と牡丹がテレビの前に立ち、ゲームを開始する。選んだのはボクシングだった。

 二人にそっくりな似顔絵のキャラクター二人が、グローブをはめてリングに上がっている。リモコンに付属のコントローラーを付けると、チュートリアルを始めた。操作は簡単で、リモコンを「前に押し出す」だけだ。位置によって顔を守ったり、体を守ったりできる。

 戦いの火蓋が切って下ろされた。さて、竜胆と牡丹の動きは──リモコンで「殴る」だ。互いを画面越しに殴っている。ファイティングポーズをとって、少しずつ前進して、無我夢中でリモコンを「振り回す」。明らかに間違った動きに、アタシたちは皆一笑に付した。

「あっははははは! 操作説明忘れたのかアンタら!」

「黙ってて! アッパー! 横から! 横からボディ! いけっ顔殴れ顔殴れ!」

「ハッ、当たらんね! 横から! 横! なんで反応しねぇんだよ横ォ! ボディががら空きなんだよッ!」

 牡丹はゲームをやると人格が変わるのは周知の事実であるが、たった今まざまざとそれが現れている。牡丹は炯々と黒真珠の目をぎらつかせて、画面の竜胆を──おとなげなく──殴り倒していく。まるで本当のボクサーのように拳を避けて、スロー、横から顔面にヒット! 竜胆のモデルがめちゃくちゃに崩れ落ちた。

「あー! 生きろ! 生きろあたし! 死ぬな!」

「雑魚が! 何度でも殺してやらァ!」

「あ! あ、起きた! まだ残ってる!」

 ボクサーはそんなにやわじゃない。体力ゲージをわずかに減らして、再びめちゃくちゃな体勢で立ち上がる。再びゴングが鳴らされた。リモコンを「ぶん回して」二人が争い始める。拳が顔に食い込む、体に突き刺さる。竜胆は水色の目をきゅっと細めて、眼鏡越しに牡丹のキャラクターを睨みつける。

 そうこうしているうちに、牡丹のキャラクターが倒れた──一ラウンド挟んでのことだった。倒れた牡丹のキャラクターを見下ろし、横に細かく動いている。これはアレだ、煽りだ。

「ッ、テメェ! 煽ってんじゃねぇぞッ!」

「きゃははは! ダウンだ! このまま死んじゃえー!」

「あ、起き上がった」

 秋桜の言ったとおり、牡丹──のキャラクター──はこんなことで負けるはずが無い。まだまだ殴り合いは続く。二人の本気になった顔を眺め、アタシたちが笑い疲れるまで試合は続いた。

 結果は判定まで持ち越された。審判に手を掴まれた二人は、どこか誇らしげな顔で立っている。一番目、牡丹。二番目、竜胆。そして、最後は──プレイヤー二、牡丹。力強いガッツポーズを決めて、牡丹が雄叫びを上げた。

「っしゃあ! 勝ったァ!」

「ダリア強すぎー……疲れた……」

 二人は息も絶え絶えにコントローラーをソファに投げ出した。心拍数を測ったら凄いことになってそうだ。たった一試合で二人とも疲弊しきっている。明日は腕が筋肉痛だろうな、とアタシたちは傍観していたのだった。

 次に白羽の矢が立ったのは雛芥子だった。フィットネスゲームの方にはボードを使った筋トレメニューがあり、それをやってほしいとのことだった。提案主の薊と牡丹はソファに座り、雛芥子が上着を脱いで──彼は異常なほど寒がりだから、この時期でも重ね着をしているくらいだ──ボードの上に立った。

 画質の悪い画面には、表情の無いトレーナーが様々なポーズをとったメニューがある。腹筋、背筋、スクワットに腕立て伏せ。取り揃えは様々なのだが、竜胆が興味をもったのは「チャレンジ」という項目だった。

「なにこれ? トレーナーと対決、だってさ」

「トレーナーと……相手コンピューターですけども……」

「良いじゃないですか、やりましょうよ、対決。ほら、腕立て伏せとか良いじゃないですか」

「まぁ……良いですけど……」

 いかにも不服そうな雛芥子だが、牡丹に言われるがまま、ボードに手をついて画面を見やった。コンピューターたる男性トレーナーが、私と勝負しましょう、と不敵に笑う──表情は変わっていないが。雛芥子は言われるがままに腕立て伏せの体勢をとって、チャレンジを始めた。

 まずは十回からいきましょう、そんな合図と共に、雛芥子は安々と上体を上げ下げする。六人の中で腕立て伏せができるのは男性陣だけで、かつ雛芥子はぶっ壊れ性能をしている。十回くらいじゃ悲鳴など上げない。十回終わると、ふう、と息を吐き、画面を見やった。

「まだまだ、って、まぁ、十回じゃ終わらないわね」

「はいはい、いきますよ」

 秋桜の言葉に軽く返し、雛芥子が腕立て伏せを始める。嗚呼、惚れてしまいそうだ。ぴっちりと着込んだ体を温めるインナーに、彼の洗練された肉体が現れている。腕の筋肉なんて鉄板みたいである。薊も愉快そうに手を叩いて笑い、彼を煽る。

 もう十回いきましょう、と言うトレーナーの声にも、だんだん熱が入るようになる。あたかも苦しんでいるかのような声に、顔が真っ赤になった雛芥子がしたり顔で微笑む。かっこいい。かっこよすぎる。アタシも熱狂して、もう十回を求めた。トレーナーも苦悶の声を上げ、十回プラスする。

「ヤバい、トレーナーが死んじゃう」

「ふー……この程度かァ? まだ十セットいこうぜ? なァ?」

「あ、本当にあと十セットだ。頑張れー」

 ここで一言挟んでおこう。ゲームで人格が変わる人間はここに二人いる。一人は牡丹、そしてもう一人は、テレビを見上げ高慢に嗤っているこの男である。まったく、ゲームのコンピューターさえも挑発するなんて、此奴は。五十回を回ったとき、トレーナーががくりと腕を落とした。負けました、としおらしく、そして辛そうに言う彼に対し、汗を拭い、雛芥子がカラカラと嗤った。

「四十の男に負けてるようじゃァ、まだまだだな」

「ヒナゲシかっこいい。明日は六十回チャレンジできるよ」

「六十回ィ? 何回でも付き合ってやらァ」

「ヒナゲシかっこいい」

 薊が二度も同じことを言うくらいには輝いていた。雛芥子はこういうゲームにはめっぽう強いみたいだ。

 ときに、雛芥子はクールダウンのためにタオルを取りに行ってしまったので、残りは体力が無いメンバー──すなわち、アタシと秋桜と薊だった。秋桜はアタシたちとは戦いたくない、と弱音を吐く。

「なァに弱音吐いてんだァ? やろうぜ、何のスポーツでも良いけど」

「というよりは、私は双子の二人が戦っているのを見たい、かしら」

「あ、それは同感ー。ミカンとアザミの双子対決見たいな」

「じゃ、コスモスにはこれをやってもらいましょう」

 竜胆と牡丹がリモコンを弄って、とあるゲームを選ぶ。有酸素運動にあたる、ダンスゲーだ。ボードに乗ったり乗らなかったり、降りたり降りなかったり、指示どおりに体を動かすゲームとなっている。秋桜は困り顔でリモコンを受け取ると、羽織った上着を脱がないままゲームを始めた。

 ミュージック、スタート。乗って、降りて、乗って、降りて。最初は簡単なそのコマンドも、次第にやることが増えていく。降りるのは横だとか、足を蹴り出すだとか。足を蹴り出すと、秋桜の体が一瞬揺れて非常に危なっかしい。一度見失うと、彼女が早足で乗ったり降りたりするので、その小刻みな動きに竜胆が大笑いするのだった。

「下手くそ!」

「ちょっ、待って、なに、反応してちょうだい!」

「次は横だな、横に乗って、左、右、右、左、右、左、左、右……」

「か、変えないで! 分からない、分からないって」

 秋桜が画面に向かって泣き言を言っているのは、さきほどの雛芥子とかけ離れていて最高に面白い。彼女は長いスカートを履いているから、蹴ったあとに足を戻すときに裾を踏んでよろけてしまっている。黒い三編みがぐらぐらと揺れて、赤い瞳が渦を巻いて。リズムゲームに強い薊と牡丹の号令なんて聞こえていないらしい。

 動き遅れる秋桜とは違い、隣に並ぶキャラクターたちは実に規則的に動いているのがまたシュールである。音楽が終わる頃には、秋桜は肩を上下させ、膝に手を当てていた。燃える肉が無いだけあって、体力はアタシたちの中でも最下位に位置する。星四つの評価で星一とは、彼女の運動能力を物語っているだろう。

 ソファに座り込んだ秋桜は、疲れた、と蚊の鳴くような声で呟いた。

「コスモス下手すぎない?」

「はぁ、はぁ、リンドウもやってみたら良いのよ、混乱するわ、これ……」

「リズムゲーで練習しましょうね、コスモス。あ、センパイが帰ってきた」

「これは……どうしたんですか」

 目を丸くする雛芥子は、また重ね着をしていて、物腰柔らかな彼に戻っている。クールダウンしてきたらしい。アタシがあったことを話すと、苦笑しながら、初級からやれば良かったのに、と答えた。

 秋桜がダウンしたところで、再びスポーツゲームに戻る。待望の双子対決だ。運動神経でいえば、アタシたちは同率に位置するだろう。しかしながら、牡丹が指定した競技は、チャンバラ。振り回したもん勝ちである。運動神経もクソも無い。

「やっぱ、乱戦が一番興奮しますよねェ。ってことで、お願いしまーす」

「このゲーム最強がアザミじゃなかったかしら……」

「そうだよね、確か……勝てる気がしないんだけど」

 薊はリモコン片手に肩を回し、そんなこと無いよ、と冷めた口調で言い返す。彼女はいつも我慢しているだけで、結構負けず嫌いなのをアタシは知っている。これはあくまで、彼女が冷静さを取り繕っているだけだ。

 海に浮いた丸いステージに、道着を着た二人が並ぶ。各々の色の剣を持ち、見つめ合う。操作方法は非常に簡単で、振り回すかガードするかである。ガードする、というコマンドは確かに存在するのだが、これが意味を成さないことは十秒後に分かった。

 試合開始の合図が鳴った刹那、薊のキャラクターの可愛らしい顔がどんどん迫ってきた。タンタンタン、と三回当てられて、アタシは海へと真っ逆さま。観衆からは驚愕の声と、リプレイを求める声が上がった。

 スローモーションになると、薊のキャラクターはアタシがガードしていない方向で三度切り込んだ。前へ、前へ、切って、おしまい。目を離したら終わっていたレベルである。

「な、なにこれ?」

「アタシにも分かんない……」

「ボクにも分かってないんだけどね」

 竜胆に完全に同意なのだが、薊は淡白である。次のラウンドになって、アタシたちは画面に向かってリモコンを立て、構え直す。二人のキャラクターが火花を散らし、見つめ合い、鬨の声、アタシたちはまた間合いに入った。

 今度は小気味好い音を立て、攻撃がガードされる。落ち着いてみれば、どちらにガードを取るべきかは分かりやすい。

「ミカンがガードしたぞ!」

「アザミの戦法も崩されましたかねェ」

「……喧しい」

 竜胆と牡丹の声を一掃、薊の静かな声のあと、三連攻撃。ガードされているのにもかかわらず、彼女は一切怯むことが無い。ならば別の方向から、と素早く切ってくる。彼女は剣士か何かか? アタシが声を上げる間もなく、彼女の変則的な斬撃に、海へと落ちていった。

「嘘だべ……?」

「あ、勝てた」

「やっぱりアザミが最強ですね……誰にも真似できませんね、これ」

 雛芥子の言葉に、薊は鼻を鳴らして得意げにソファの肘掛けに座った。アタシは呆然としてリプレイを眺めている。双子勝負は薊の勝利に終わった。息を整える薊と、息を切らすアタシでは、そもそも勝ち目が無かったのだろう。

「いやぁ、こうして見ると、昔のゲームもよく出来てますね」

「また明日もやりましょうよ、これ」

「明日アタシたち筋肉痛で動けないと思うんだけど……」

 もうすでに肘の辺りが痛い、リモコンを振り回すのはなかなか労力が要る。

 また明日、と言うように、もう夜の十時半を回っていた。アタシたちは爽やかな笑顔で自室へと戻っていく。こんなことで一日が過ぎていくとは、ゲームとは誠に素晴らしい。夜の不安も恐怖も全て呑み込んで、時間だけを食いつぶしてくれる。何かを考えることもしないままリモコンを振り回しているのは、アタシたちにしては珍しい行動だと思う。

 外に出ないでも運動ができて、かつ暗い暗い不安を晴らしてくれるゲームを、諸君もしてみてはいかが?

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