LIFE~交じり合う人生~

昴流

1人目 秋山 浩(あきやま ひろし) 23歳 男

 広告代理店勤務のどこにでもいるような男。ルックスに自身はない。目は細く、鼻は低い、唇も薄く冴えない顔である。


 そんな彼にも学生時代には彼女がいた。高校二年の春から1ヶ月程ではあるが、その女性が好きだったのかと問うと彼は「分からない。」そう答えるだろう。何故なら彼女とは告白されたから付き合っただけだったのだ。


 その後、彼にはこの歳まで彼女はいない。まもなく24歳の誕生日を迎えようとしている。


 そんな彼にはいま気になる女性の存在があった。柳田香穂(やなぎだかほ)と言う同じ会社の1つ下の後輩だ。


 彼女が入社してきたその日に一目惚れ、それからひそかに思い続けていた。


 彼女の声が聞こえる度に胸が高鳴り、姿が見える度に心が踊った。彼女が他の男と話しているだけで胸が締め付けられ、彼女と話している時は驚く程に時が経つのが早かった。


 こんな感情、学生時代の彼女に対しては無かった。


「人を好きになるって、こういう事なのか。」


 彼が一目で好きになった柳田香穂はかなりの美人である。性格も明るく、仕事もできて、上司からの信頼も厚い。誰とでも気さくに話す素敵な女性だ。そう、こんな彼にでも。


 とにかく彼は暗い、地味、性格が歪んでいた。学生時代の彼女に振られてからはより一層だった。


 自分の全てに自身をもてず、人生なんてつまらないと思い生きてきた。


 そんな彼も、柳田香穂と話す時だけは精一杯明るく振舞った。話しを合わせる為に今まで興味が無かった事にも挑戦した。彼女と会話出来るように努力したのである。そうして彼女への想いは募るばかりだった。


 しかし、彼は彼女に想いを伝える事はしなかった。


「こんな俺を好きになるわけが無い。」


 とにかく暗く、後ろ向きな性格であった。


 そして、信じたくない話が彼の耳に入ってくるのである。それは彼女に恋人ができた事だった。相手は同じ会社で彼女の同期、つまりは彼の後輩でもある。


 彼はその話しを聞いた日から何も手につかなくなった。もともとやる気のある人間ではなかったが、更にやる気を無くし、ついには仕事も休む様になってしまった。


 身内の不幸を理由に一週間の有給を使用した彼は、何もせずにただ食っては寝てを繰り返した。彼女を忘れようと努力したが完全に忘れることは出来なかった。一週間後また会社へ行かなければ行けない日がきた。彼女のいる会社へ。


 会社へ出社した彼は、できるだけ彼女に会わないように見ないように過ごした。そうして彼女への気持ちが薄れて行くのを待った。


 1週間、1ヶ月と経っていった。彼女の事がまだ気になる、それほど好きだったのかと他人事の様に考えていた。2ヶ月が経とうとした頃彼の気持ちに変化が訪れた。彼女の声が聞こえる度にイラつき、姿が見える度にムカついた。この間まであんなに好きだったのに。勝手に好きになって、勝手に嫌いになっている、自分勝手な生き物だ。


 そんなある日、彼はいつもの様に帰路の途中にあるコンビニに立ち寄っていた。レジに向かい会計を済ませお釣りをもらった。その時レジを担当していた女性が彼の差し出した手を包む様にお釣りを手渡した。その触れた手に恥ずかしさを感じながら女性店員の顔を見た。彼女は満面の笑みだった。もちろん営業スマイルだろうが、その笑顔に彼の心は撃ち抜かれた。


 どうやらまた一目惚れらしい。ついこの間まであんなに辛い思いをしていたはずなのに、つくづく呆れた男である。彼は去り際に彼女の名札をチェックした。そこには滝川と書かれていた。コンビニから出た彼は、


「明日もいるかな?」


 そう呟きながら家へと向かった。その日は柳田香穂の事など頭に無く、解放された気分だった。


 翌日、彼は柳田香穂に会社であった。不思議なことに彼女に今まで抱いた好きや、嫌いといった感情は全くなかった。どうでもいい存在へと変わっていた。その日の帰りに彼はまたコンビニへと向かった。彼女がいた、今日も笑顔が眩しい。その笑顔を見ただけでその日の疲れが吹き飛ぶ様だった。彼は毎日コンビニに寄ってから帰る様になっていた。つまらない仕事に嫌いな上司、冴えないルックス、己の自分勝手さに呆れていた日々、そんなくだらない人生の中でコンビニの彼女の笑顔だけが支えとなっていた。


 何度も通ううちに少しづつ彼女の事が分かってくるのが楽しかった。苗字は滝川で下の名前はわからない。最近入ったアルバイトで平日は夕方からほぼ毎日勤務しているが、土日は見た事がない。恐らく18~20歳くらいの大学生だろう。


 彼は今日も嫌いな仕事を早く終わらせコンビニへと向かい彼女の顔を見に行く、それだけで幸せになれた。正確な年齢も下の名前も分からないのに。柳田香穂の時とは違った感情がそこにはあった。


 彼は彼女に気持ちを伝えるつもりはない。ただ、見ているだけで良かった。もちろん犯罪者になるつもりはないので、あくまで客と店員の距離間は保っている。この生活が、感情がいつまで続くか分からないが、それでも今が幸せならそれでいいかと思う。


 そして、彼は今日もいつものコンビニへと向かう。


 終わり


『人の心とは移ろいやすいものである。』




 次の人物。『秋山護』

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