最終話

葉子の病室。


7月17日


死神ソードが姿を現さなくなり、1週間が経っていた。桜庭葉子の死は、刻一刻と迫っていた。


病室で1人外を見ている桜庭葉子は時々咳込んでいる。


コン、コン、コン。


ノックの音が病室に響く。


「はい…。コホ、コホ。」


入って来たのは、看護師の山岸名津美であった。


「葉子さん、まだ元気無いのね。今日はいいニュースを持ってきたのよ!先に点滴入れちゃうわね。」


「点滴?私に?」


「ええ。新しい先生の指示なの。葉子さん少し咳込んでるでしょ?悪化しないように早めの処置をって。」


「新しい先生?」


「そう!いいニュースはそれなの。葉子さんの手術もしてくださるそうなの。」


「どういう事ですか?」


「海外で貴女の病気の治療法が見つかったのよ!もう手術の成功例もあるの。病気が治るのよ葉子さん!」


「そうですか…。」


「え?嬉しくないの?」


「いえ。」


自分はもう死んでしまうのに、今更病気が治っても…。葉子はそう思った。


「葉子さん?」


「あ、手術はいつですか?」


「それが、一刻も早く行いたいそうなんだけど。海外から設備が送られて来るのが3日後なの。着いたらすぐに手術を行うらしいわ。だから、3日後には手術の準備をして待つことになるわ。」


「そうですか…。」


(3日後、7月20日当日。もう少し後なら手術が無駄にならなかったのに…。ごめんなさいお父さん…。ごめんなさい名津美さん…。)








そして、手術当日。


桜庭葉子はすでに麻酔をかけられて準備の整った手術室で眠っている。そして、手術スタッフが訪れ、すぐに手術の準備にとりかかった。到着した外国人スタッフの中の1人の日本人が葉子の担当医に尋ねた。


「お待たせしました。患者の状態は?」


「大丈夫です、安定しています。貴方が?」


「はい。このスタッフのリーダーで執刀医の山本です。」


「貴方が…!原因だけでなく、手術方法まで見つけたという!…しかし何故、彼女が風邪だという事まで…?」


「すいません、お話しは後でもいいですか?すぐにでもオペに取りかかりたいのですが。」


「あ、はい…!全てお電話で指示された通りに整っております!」


「ありがとうございます!早速はじめましょう。」


すぐに手術は開始され、5時間に及ぶ手術は無事に終了した。そして……。


葉子は手術後も眠り続けていた。麻酔はすでに切れているはずだった……。傍には父、庄之助がいる。病室へ山岸名津美が入って来た。


「桜庭さん。今日もいらしてたんですね。」


「はい。」


「葉子さん、まだ目を覚ましてくれないですね。」


「大丈夫です。私は葉子と、彼の腕を信じています。」


「山本先生とお知り合いなんですか?」


「ええ、彼は…。」


「ん…。」


葉子が目を覚ました。


「葉子…!」


「お父さん……?」


「私、先生呼んできます!」


名津美が慌てて病室を出た。


「私は…。」


「よかった…!手術は無事に成功したんだよ…。」


「手術…?そっか、私…。」


「よかった…本当によかった…!」


病室に山岸名津美が執刀医を連れて入って来た。


「葉子さん、こちらは貴女の手術をしてくださった山本正彦先生よ。」


「気分はどうですか?葉子ちゃん。」


葉子は山本の顔を見上げて驚いた。


「え…まさか…!正彦君…?!」


「そうだよ。ずっと会いたかった…葉子ちゃん。」


「嘘…だって、貴方は…。」


「驚いた?僕も驚いたよ。あの時の『ユウコさん』のまんまなんだから。」


「あれから、お医者さんに…?」


「ああ、君が消えてから考えたんだ。もちろん、頭はぐちゃぐちゃだったけど。君の生きてって言葉と、君を救いたいって気持ちだけが強く残った。未来の君を救いたい!その一心でいっぱい勉強して医者になった。そして君の病気を研究してる病院に入ったんだ。海外だったから会いに来れなかったけど。君を忘れた事なんて1度も無かった。」


「そう、よかった…。本当によかった。生きててくれて…。」


「本当にありがとう!君の言葉で僕は救われたんだ。」


「私は何も。でも、山本って…?」


「僕も色々あってね。今は母方の苗字の山本なんだ。」


「ごめんなさい…。」


「謝らないで。おかげでいじめからも脱出できた様なものだし。」


「本当にごめんなさい…。」


「だからもう大丈夫だから。」


「うん…。」


葉子は涙が止まらなかった。


「まだ泣くのは早いよ。君の病気は完全に治ったけど、長い間動かなかった身体を動かすには、大変なリハビリが待ってるんだからね!」


「ありがとう。でも、もういいのよ。」


「え?」


「覚えてる?私には死神が迎えに来てるの。」


「…ああ。」


「もう死ぬ日は決まってるの…。」


「何を弱気になってるんだよ!病気はよくなったんだよ!」


「病気は関係ないの。」


「そんな!まだ死神はいるの?」


「今はいないみたいね。」


「そいつはいつ迎えにくるの?」


「確か7月20日だって。病気は関係ない、肺炎が悪化して助からないって。」


「はは。なんだ、よかった…。」


「え…?」


「肺炎が原因だって聞いてたから。前もって連絡して必ず風邪引かないようにお願いしたんだ。万が一風邪を引いても悪化しないようにって。」


「そう、ありがとう…。でもこれは変わらないって。」


「それはおかしいな?だって君は丸一日眠っていたんだよ?」


「え…?」


「今日は7月21日だよ。その死神の言っていることが正しいなら葉子ちゃんは昨日亡くなってるはずだよ。」


「嘘…?私は…死ななかったの…?」


「そうだよ。死神が言ったことが運命なら、君は運命に勝ったんだよ。」


「私はまだ生きられるの…?」


「ああ、もちろんだよ。」


葉子の目からは大粒の涙がこぼれた。もう死を覚悟していたのに。普通の生活など諦めていたのに。


「嬉しい…!私、私は…。」


そっと抱きしめる正彦。それを見て庄之助と名津美はそっと病室を出た。


「よかった。今回はちゃんと触れるね。」


「あの時はすり抜けてしまったものね。」


「ようやくこれも渡せるね。」


「それは…!」


葉子の頭に髪飾りを付ける正彦。


「あの日渡せなかったから。」


「ありがとう…。」


「待って、それだけじゃないんだ。」


そう言うと正彦はポケットから小さな箱を取り出した。


「手術が成功したら渡そうと思ってたんだ。」


正彦は蓋を開け葉子の薬指に綺麗に輝くリングをはめた。


「これは…!」


「葉子ちゃん。いや、葉子さん。今でも貴女が大好きです!僕と結婚してください…!」


「正彦君…。」


「僕じゃ…ダメかな?」


「そんな事ないわ!嬉しい…!でも私なんか…。」


「君じゃなきゃ駄目なんだ、君が好きなんだ!ユウコさんじゃなく、君が。」


また葉子の涙がこぼれ落ちる。


「ありがとう…。私も貴方が大好き!昔からずっと…。」


そして2人は、お互いの存在を確かめ合うように再び抱き合った…。


終わり

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