紫陽花の花言葉⑨




20年後



時が経ち、優紫も家庭を持つことになった。 特別、何かがあったわけではない。 仲のいい両親と築き上げた人生。 美白も一緑も、結婚式で涙を流し祝福してくれた。

順風満帆だと思えたが――――少々、問題が発生していたのだ。


「体調、大丈夫?」

「うん・・・」

「何か食べる?」

「・・・いらない」


妊娠すれば、女性の気持ちが沈むことがある。 いわゆる“マタニティブルー”というものだ。 現在は新居へと越してきて、二人で新婚生活を送っている。


「少しでも何か、栄養を摂っておかないと。 何か食べたいものがあったら言って、買い出しにも行くし作ってあげるから」

「今は何もいらない・・・。 お願い、ちょっと一人にさせて・・・」


彼女は、ローテーブルに伏せっている。 食欲もなく、優紫はただただ心配だった。


「・・・分かった。 少し出るから、何かあったら連絡してね」


その言葉に、頭が微かに動いたのを肯定と受け取った。 生憎、今日は雨。 買い物に出るのも楽ではないが、傘を開き歩き始める。


―――今は梅雨の時期だし、仕方がない。

―――食べやすいサッパリとした果物でも、買おうかな。


妊娠中には、酸っぱいものが食べたくなると聞いた。 レモンか、オレンジか。 そのようなことを考えながら歩いているうちに、紫陽花園へと来てしまう。

小学校の頃、雨の日に来て以来、ここには来ていない。


―――・・・ここ、久しぶりに来たな。

―――いつも通勤中に近くを通るけど、あまり意識したことがなかった。


買い物に出たつもりだったが、急ぎではないため立ち寄るのもいいだろう。 色とりどりの紫陽花が、まるで自分を迎えてくれているかのようだった。


―――・・・昔はここで、3人の少女に会ったんだっけ。

―――おそらくは母さんと、その友達の青依さんと桃佳さん。

―――・・・だけどそれは、おそらく僕自身が見せた幻覚。

―――苦しい現実から逃げたいと願った、僕の妄想。

―――だけどそれで、あの時に勇気を持てたのも事実なんだ。


懐かしさを感じながら、中へと足を踏み入れる。 休憩所、三人の少女と話したそこもそのまま残っていた。 例え夢だったとしても、それは大切な思い出の場所の一つだ。


「ん・・・?」


ベンチには何故か、白い紫陽花が置かれていた。 母親がプロポーズの時に渡したという、白い紫陽花。 優紫もそれを真似て、告白の際に今の奥さんに手渡したものだ。


―――どうやら僕の人生は、紫陽花に相当縁があるみたいだね。


記憶の片隅に残るそれに、手を伸ばそうとした――――その時だった。


「紫陽花は危険だよ」





                                                                   -END-



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