番外編・優しさを集めて【円木茉莉花視点】


「これ、よかったら。余った切れ端でマスクを作ったんです」

「俺にくれるんすか!? ありがとうございます!」


 最近何かと関わることの増えた目の前の人。髪の毛を金色に染め、いつも黒のマスクを付けた男子高生。今どき不良グループに所属している変わった風貌の彼。どこからどうみても不良なこの人との出会いは最悪だった。

 原因はあげはちゃんのお兄さんだ。彼に喧嘩で負けた逆恨みで妹のあげはちゃんを狙ったみたいだけど、何を思ったのか友人の私を拉致した彼ら。あの時の事は恐怖であまり覚えていない。ただ、怒れるあげはちゃんが自転車で特攻して、羽を広げたアゲハ蝶のように彼らを制した瞬間だけは鮮明に覚えている。


 あげはちゃんの拳に惚れたのか、それ以降彼らはあげはちゃんを慕って舎弟を自ら名乗っている。その中のひとりが彼である。あげはちゃんは未だに黒マスクなんて呼んでるけど、彼の名は将希まさきさんというのだ。

 マスクを外したほうがいいとは思うのだが、彼は重度のアレルギー性鼻炎持ちだそうだ。アレルギー薬も100%効くわけじゃないそうなので、予防でマスクを常時装着しているらしい。文化祭の劇で衣装を作った際に余った黒の布をマスクにしてみたが私の作った手作りマスクでも大丈夫だろうか…。

 彼は早速マスクを付け替えていた。


「サイズはどうですか?苦しくないですか?」

「大丈夫です! 大事に使います!」


 彼はニコニコ笑って喜んでいた。

 重度の男性恐怖症である私が、なぜこんな派手な人と普通に話せるようになったのか……きっかけは、別の人から襲撃を受けたことだ。

 それはちょっと頭のおかしな女の子が巻き起こした事件だった。私が口出ししてきたことを逆恨みしていたみたいで私がターゲットになった。

 その現場へ偶然居合わせた将希さんが身を挺して……集団リンチを受けながらも私を守ろうとしてくれたのだ。


 彼は、私との最初の出会いを後悔していた。

 くだらないプライドを優先して見ず知らずの女の子を拉致してしまった過去の自分を責めていた。私を怖がらせたから今度は守りたかったのだと言ったのだ。

 私はびっくりした。

 近づいてくる男性は皆、私を性的な目で見てくるものだと思っていた。幼稚園生時代のわいせつ犯しかり、痴漢しかり……

 いや、もしかしたら彼も同じなのかもしれない。だけど守りたいと言ってくれたのは彼がはじめてだった。集団にひるまず、殴られ、蹴られても彼は立ち向かった。その心意気が違ったのだ。

 その頃から、彼は他の人とは違うのかなと感じ始めていた。


 とはいえ、私のトラウマが簡単に治るわけでもなく、やっぱり私は男性が怖くてあげはちゃんの後ろに隠れていた。そんな私に気を悪くするでもなく、将希さんは私が怖がらないように一定の距離を保って話しかけてくれるようになった。

 ナンパから庇ってくれたこともある。クリスマス会ではお花のクリスマスプレゼントをくれた。シンビジウムとノースポールとカスミソウの花束。びっくりしたけど、嬉しかった。

 私のイメージを花屋に伝えて作ってもらったのだそうだ。とてもきれいな花々で、枯れてしまうのがもったいなかった。


 彼から好意を向けられているのには気づいていた。

 ……でもきっと、本当のことを知れば彼は私を軽蔑すると思う。彼は私を神聖視しすぎている気がするのだ。



■□■



「私はあなたが思っているようなきれいな存在じゃないわ」


 2月のある日、ピンクのバラの花束を持ってきてくれた彼に私は言った。


 今日は2月14日のバレンタインデーだ。そんな日に花束をくれる男性。私へ好意を向けてくれていること間違いなしだ。

 私は彼の純粋な気持ちに対して罪悪感を抱くようになっていた。私は決してきれいな存在じゃないのだ。あの日穢された…汚れた存在。男性に対してひねくれた偏見を持つ面倒くさい女なのだ。


 将希さんの一途な気持ちが重くのしかかってきて私は息苦しささえ感じ始めていた。本当に申し訳ない気持ちでいっぱいで、彼の顔を見ると辛くなるのだ。


「…茉莉花さん?」


 彼は私の様子がおかしいと気づいたのだろう。困惑した様子で私を見下ろしていた。

 マスクを外すと童顔なのが際立つ彼、その子犬のような目に見られ、居心地が悪くなった私は彼から目をそらした。


「……私は汚れているの」


 私は過去の事件の話を始めた。

 なぜ私が男性恐怖症なのか、友人すら知らない暗い暗い過去。幼稚園児の私が見知らぬおじさんに襲われた事件のことを。

 話している間、反応が怖くて彼の顔を見れなかった。

 …きっと嫌うに決まっている。汚いものを見る目で見られるんだきっと。下手したら暴言を吐かれるかもしれない。

 だけどこれ以上隠せなかった。


 彼は静かだった。

 いつも楽しそうに話しかけてくると言うのに、恐ろしいくらい無口で……


「──今からそいつを殴りに行きましょうか」

「…え?」


 私の過去話を聞いた彼の第一声に私は耳を疑った。ぱっと視線を彼に戻すと、彼の目は本気だった。


「俺が羽交い締めにするので、そいつを好きに殴っちゃってください」

「えっ!?」

「なんならあげはさんの力借りましょうか! あげはさんの拳すげー痛いんスよ!」


 なにを…彼は一体何を言っているのか……なぜそこに殴るという発想が湧くのだろう……


「…そんな、居場所がわからないわ。それにその犯人にはもう会いたくないもの」


 恐らく、犯人はもう出所して自由の身だろうが……二度と会いたくない。どうせ犯人には良心の呵責なんてものはない。私が嫌な気持ちを感じて終わりだと思うのだ。

 ……あげはちゃんみたいに強ければ、私もそう出来たかもしれない。けどきっと私は萎縮して手も足も出ないはずだ……男の人は怖い。ならば近づかなければいいだけの話。そうすることでしか自分の身を守れないのだ。

 

 私はうつむき黙り込んだ。

 昔と変わらない弱虫。こうして良くしてくれる人すら引き離して自分の心身を守ろうとする卑怯者だ。

 こんな自分が嫌い。だけど怖い。どうしようもない。強くなりたくても、深くまで心を蝕んだ恐怖が私を襲う。


「……あなたは自分を汚いといいますが、俺にはきれいな存在です。あなたのようにきれいな人を他に知りません」


 その言葉に私はビクリと肩を揺らす。

 まだ言うのか。こんな話を聞いてまで私をきれいだというのか彼は。

 なぜそんな……


「俺が茉莉花さんを守ります。俺が怖いなら近づきません。ただ守らせてほしいんです」


 何が彼をそこまでさせるのか。

 私には理解できなかった。

 だけどその瞳は真っすぐで、嘘偽りを言っているようには思えなかった。


「あなたが好きなんです。その気持ちだけは否定しないでください」


 彼に好きだと言われたのはこれがはじめてだった。

 彼からの好意には気づいていた。だけどはじめて伝えられた気持ちに私の胸は高鳴る。恐怖の鼓動とは違う、何か他の別のもので。


 私は今まで男の人を避けて生きてきた。男の人は恐怖の対象で、どこかで汚らわしいものだと思っていた。

 ──今までにこんな真摯な目をする男性を見たことがあっただろうか。

 なぜだろう。将希さんがキラキラして見えた。


「俺は茉莉花さんが好きなんです!」


 顔を真っ赤にして私を好きだという彼。私は彼から目が離せなくなった。

 ……男の人がきれいに見えたのは初めてだった。



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