飾らない心と素直になれない私
「茉莉花さんこれどうぞ!」
「えっ…お花…ですか? 私に…?」
「茉莉花さんをイメージして作ってもらいました!」
色気づいた金髪黒マスクはなんと茉莉花にクリスマスプレゼントと称して花束を用意してきたみたいだ。
カモミールに似た花にカスミソウ、メインのピンクの花は…蘭の仲間かな? 私はお花に詳しくないので、その花がなんという名なのかは知らないが、茉莉花は花を見て口元をほころばせていた。
……喜んでる。
あの極度の男嫌いである茉莉花が、男からの贈り物に喜んでる。
かなり驚きである。
私は別に黒マスクの恋の応援をしているわけじゃない。茉莉花の気持ちを最優先だ。彼女が嫌がる素振りを見せたらすぐさま引き剥がし、彼女を守る鉄壁になる所存である。
だけど茉莉花は黒マスクが害意を持って近づく人間じゃないと感じているようである。茉莉花が彼をどういう風に思っているかは知らないが、彼女にとっては大きな第一歩になったんじゃなかろうか……
「綺麗なお花ですね、ありがとう」
「花の名前忘れましたけど、綺麗ですよね!」
いや、そこは覚えておけよと突っ込みたくなったが、茉莉花が笑ってくれたのがよほど嬉しいのだろう。黒マスクは顔を真っ赤にしてあどけない笑顔を返していたので、私は邪魔せぬよう口を挟まなかった。
最初の出会いは最悪だった彼らはちょっとずつ成長していっている。なのに私は全く前に進めていない気がする。いつまでも恥ずかしがってイジイジして素直になれないままでいいのか? 今は好きだと言ってくれる彼も呆れて他所に行ってしまうぞ。
……私も女なら、けじめを付けるべきなのかもしれないな。
──バシャッ
「チッ…おいおいあっちぃなぁ…どうしてくれんだ姉ちゃん」
私が一大決心したその時、何かが溢れる音と、ガラの悪い舌打ちが聞こえた。
「す、すみません…ですが、腕を引っ張ってこられたのはそちらでは…?」
「あぁ? 人のせいにすんのか!?」
振り返った先には、汁物を配膳していた女の子と、スラックスに人参や玉ねぎの入った汁をくっつけたスーツ姿の男。事故で汁物をかけてしまったようである。
…ぶっちゃけこの人に炊き出し必要ある? って感じの男の人だ。なぜ平日の昼間にスーツ姿でここにいるのだろう。…なんとなくだけどお酒を飲んでいる雰囲気がする。
「クリーニング代出せよ!」
「あっ!」
怯える女の子の腕を引っ張った男。その拍子に女子生徒が持っていたお盆がひっくり返り、のせていた汁物の器が地面に落下する。バシャバシャと地面を濡らし、野菜や肉が砂の上に散らばる。
男の乱暴な行動に女の子は怯え、泣きそうに顔を歪めていた。
「もし、そちらの生徒は親御さんから預かっている大事なお嬢さんです。彼女が粗相をしたのであれば我々が代わりにお詫びいたします」
果敢にも割って入っていったのはシスターだ。いつも口うるさい生活指導のシスターは生徒を守るべく、女子生徒を解放させようとしたが、男はシスターの顔を見て鼻で笑った。
「ババァは用無しなんだよ。クリーニング代が払えないなら、この姉ちゃんに世話してもらうからよ」
…しょうもな。
うちの学校は夜のお店じゃないんだが。下手したらアンタ拉致監禁わいせつ案件で捕まりますけど。
「…そのようなことを見過ごすとでも? 我が雪花女子学園の生徒にそんな事させるわけがないでしょう」
「花嫁修業校なんだろぉ? ちょっとばかし男の相手が早くなるだけだろーが」
アホだアホ。
お酒が入ってるからって言い訳にならないけど…。シラフに戻った時、大丈夫だろうかあの人…
「まぁ…! なんて失礼な…!」
「警察呼ばれたいの? ここは炊き出し会であって、夜のお店じゃないんだよ。わからなくても帰って?」
シスターが顔を真っ赤にして激高し掛けていたので、私は間に入っていった。酒で気が大きくなる相手は厄介だ。人に危害を加える前に帰ってもらったほうがいい。
「……! 三森さん、おやめなさい」
「あー…? なんだよ、姉ちゃんが代わって相手してくれてもいいんだぞ? 美人だしな」
…お話にならんな。警察呼んだほうがいいのかも……
「あのさ、」
「力の弱い女子供には粋がっちゃうタイプ? 俺が相手してあげるから、ちょっとあっちでお話しようか」
いつの間にかスーツ男の背後に立っていた嗣臣さんがにこやかに男の方に手をかけると、女子生徒を拘束していたその腕をほどかせていた。
シラフの人間ならそれに驚くはずだが、気が大きく、鈍感になっているスーツ男はぼんやりと嗣臣さんを見あげていた。
「あー? ちょっと顔がいいからってカッコつけてんじゃないぞ優男」
「おじさん、お酒入ってちょっと調子に乗ってるのかな? いいからこっちに来なよ」
「男には用ねーんだよぉー」
嗣臣さんがスーツ男の腕を引っ張ると、男は足をもつれさせていた。嗣臣さんのことだから平気だとは思うが、そのまま放置しておくわけには行かずに、私は慌てて追いかけた。
「あにすんだテメー」
嗣臣さんに引っ張られながら文句を吐き出す男だが、だいぶ酔っ払っているみたいだ。嗣臣さんに殴りかかろうものなら介入しようと思っていたが、意外と大人しくついていっていた。
正門を通過して学校から離れていくが、どこに連れて行くんだろうかと思っていると、最寄り駅前の交番に連れて行っていた。「学校で暴れていた酔っぱらいを保護してくれ」とお巡りさんに押し付けると、彼はそのままあっさり踵を返していた。
「一人で片付けるつもりだったのに」
別に心配せずとも、と肩をすくめた彼は言った。
「嗣臣さん一人に押し付けることは出来ませんよ! それに嗣臣さんすぐに頭突きしようとするから…」
彼はアシンメトリー男と顔を合わせるたびに頭突している気がする。私に関係することだと冷静さを失うからそれが怖かったんだよ。出来ればケンカは避けたいじゃないか。嗣臣さんより強い相手だったらどうするんだ。
「頭突き? …あぁ、アレは例外。だってあいつあげはちゃんに手出しするから」
「私に手を出す男一人ひとりに頭突きしてまわったら嗣臣さんのおでこボコボコになりますよ」
私を狙う不良の多さを嗣臣さんは知っているだろう? そもそも私はそこまで弱くないから心配せずとも。そりゃ私は可憐な乙女だから(矛盾)守りたいと思われても仕方ないけどさ。
「いいの、これは俺の男としての意地の話なんだ」
「頭突きがですか」
男の意地と頭突きに何の因果関係があるのか。
私が嗣臣さんをなんともいえない目で見つめると、嗣臣さんはキラキラとした笑顔を向けていた。
「好きな子に手を出そうとする男と戦っちゃうのは本能みたいなものだからね」
「…そんな、野生じゃないんですから…」
「俺狼さんだからね。あげはちゃん限定の野生の狼なんだよ?」
彼は私に向かってガオーとか言ってふざけてる。
まーた馬鹿なこと言って。私が苦笑いすると、嗣臣さんは私の手を握ってきた。
「クリスマスをあげはちゃんと過ごせて俺幸せ」
「そうですか」
私もです。とそこで言えたら良かったけど、弱虫な私はやっぱり素直になれないまま。私は肝心な時に素直になれない。本当可愛くない私。
彼と一緒に炊き出し会最中の学校に戻ると、色んな人に心配されたが、「お巡りさんにお願いしてきました」と話すと、みんな安心したように胸をなでおろしていた。
「三森さん、あなたの正義感は素晴らしいことですが、何でもかんでも首を突っ込まないように」
ただし、シスターには説教された。今回は手出ししていないのに解せぬ。
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