元ヤン親父、駄目親父を説教する。

「君、この間嗣臣と一緒にいた娘だな?」

「…駄目親父…」

「……今なんと?」


 その人物の顔を見た瞬間思わず口から飛び出してしまったが、本音だから仕方ない。


 学校帰りの私を待ち伏せしていたのは、嗣臣さんの父親だった。相手とは一度しか会っていないが、嗣臣さんからの話を聞いてきたので印象は最悪である。たとえ嗣臣さん贔屓を抜きにしても、この父親は毒親だと思われる。

 こっちも派手そうとか素行が悪いとか堂々と悪口を言われたのでお互い様だと思うんだ。


「まぁいい。話は手短に済ませよう」

「なんですか…」


 大方、息子と別れろとか近づくなって話だろうと予想していた私は、駄目親父を胡乱に見上げた。自分の父親の仕事着は作業着なので、スーツの男性を見ると物珍しく見える。

 嗣臣さんいわく、いいところで働いていて、いいポジションにいるらしい。不倫してて良くも無事だったな。場所によれば社会的制裁を受けそうなものなのに。


「男好きそうな顔だ」

「あ?」


 今なんつった?

 

「嗣臣以外にも派手に遊び回っているのだろう。たくさんの男と出歩いているって聞いたぞ」


 ……それは自称舎弟のことか?

 出歩いてると言うか……付きまとわれていると言うか…彼らのことは嗣臣さんも知っているけどね。


「他の男と淫らな行為をしているのを紬が目撃したとも言っていた」

「ん…?」


 あのアシンメトリー男に強引に唇を奪われた事を言っているのか…? 失礼な。私が望んでしたことじゃない。


「尻軽で軽薄。このような女子生徒がいるとは雪花女子学園も堕ちたものだ」


 ハァァ…? ちょっと待てよ。

 私の口元が引きつった。


「アンタにだけは言われたくないわ! アンタは息子放置してダブル不倫なさっていたらしいじゃないですか!!」


 アンタが言うな! この不倫駄目親父!

 息子放置して遊び回っていたお前に尻軽だ軽薄だ、言われとうないわ!

 私は怒りに任せて言い返した。その声が大きかったのか、近くを歩いていた通行人がハッとしてこちらを注目してきたではないか。


「…場所を変えよう」

「え…?」


 いや、場所変えるほど駄目親父と会話することないんですけど。いくら嗣臣さんの父親でも尊敬とかそういうの一切ないので下手に出るつもりもないし……

 好きな人の父親だとしても、その好きな人を苦しめている元凶である。この人はきっと嗣臣さんをいいように動かし、最終的には切り捨てる。そんな気しかしない。


 着いてくるように目で命令してくるが、私は動かなかった。振り切って逃げようかなって思った。おじさん相手なら振り切る自信があるぞ。


「ちょっと待てや。うちの娘誘拐しないでくんない?」


 私と駄目親父の間に流れていた緊張感がその声で一瞬だけ震えた。


「お父さん…」


 振り返った先には我が父。そして少し離れた場所に停車している見慣れたド派手なデコレーショントラックがあった。車体には黒竜がデカデカと描かれている。何…この辺に仕事に来てたの…?

 お父さんは私を庇うようにして間に入ると、駄目親父を見下ろした。うちの父は肉体労働メインで仕事しているのでムキムキしているんだ。おまけに背も高いと来た。

 その父から見下されるとかなりの威圧感があるのだが、駄目親父は無表情で我が父を見上げているだけであった。


「おいおい、話聞いていたら何だ? 自分の息子より若い娘に牽制掛けて恥ずかしくねぇのか。俺が話し相手になってやる」


 お父さんは「さぁ来い」と言わんばかりに腕を組んで構えていた。


「嗣臣の親父なんだろ? アイツのことなら俺もよく知ってる。それで、ウチの娘に何が言いたいんだ? 今までろくに息子と向き合わなかった親父が今更なんの用だ?」


 うちの父は一見ちゃらんぽらんしているが、面倒見が良い。

 今もたまに遊びにやってくる不良共の家庭事情を理解した上で接してあげていた。不良共の反抗にも体当たりでぶつかってやっていた。ぶっちゃけ目の前の駄目親父よりも立派に親父をしていると娘の私は思うんだな。実際はちゃらんぽらんだけど。


「他人に口出しされる謂れない」


 我が父が話を聞こうとして差し上げているのに、駄目親父は一蹴した。おいおい、小娘には話せるのに、同じ父親世代の我が父には話せないのか?

 お父さんはそんな駄目親父を見て、大げさにため息を吐いていた。話にならんとばかりに相手を挑発しているみたいに。


「…あんたさぁ…息子のこと知ってるか? 知らねぇよなぁ。アイツはお勉強は得意だったが、子供らしさがなくて所々欠けていた。初めて会った時は表情が薄いガキだったんだ」


 私が嗣臣さんと知り合ったのは、自分が小学生の頃だった。当時中学2年生の嗣臣さんを兄貴が家につれてきたんだ。

 ぶっちゃけ私は「また家に不良が増えるのか…」とうんざりしたのだが、真面目スタイルの彼は一見不良に見えなかったので、兄にカモられてるんじゃないかなと最初は疑った。

 まぁその後嗣臣さんはどんどん非行少年になって、兄たちと遊び回るようになったんだけど……つい最近足を洗ったらしいが。


 …あの頃の嗣臣さんは確かに、何考えているのかわからないマネキンみたいな雰囲気はあった。

 

「子どもに教えるべき事ちゃんと教えたか? 親としての自覚を持っていたか? 食事と勉強の場さえ与えておけばOKとか思ってねぇよな?」


 嗣臣さんはお金に困っていなかった。

 住む家もあったし、食事にも衣服にも困っていなかった。だけど愛情に飢えていた。

 親からの暴力はなかったみたいだけど、関心もなかった。


「どんなにご立派な仕事していても、それが出来てなかったら親と胸張れねぇぞ? 今までてめぇの息子と向き合ってこなかったんだもんなぁ?」


 最初は落ち着いていたはずのお父さんの声はだんだん早口になっていた。目の前で面倒くさそうにぼーっと突っ立っている駄目親父に苛つき始めたのであろう。

 自分の子供の話をしているのに何だこの人。だから駄目親父なんだよ…


「嗣臣はまだケツの青いガキだが、少なくともあんたよりは大人だ。アイツは色々思うところがあってもぐっと我慢してやってるんだよ。…アイツのことこれ以上苦しめるなや」


 大体、うちの娘どうこうって問題じゃねぇだろ、とつぶやいたお父さんの表情はブチギレ一歩手前。そんなに怒ってないと思っていたけど、私を悪く言われて腸が煮えくり返っていたようだ。


「息子のこと長年放置して向き合いもせず、自分の快楽だけを求めて長年不倫して、やっと結婚できたんだろ? これからもそうすりゃいいじゃん。都合のいい時だけ声かけて、思い通りに動かそうとするなよ。子どもは親の思い通りに動く人形じゃねぇんだよ!」


 最後あたりは語気を強めていた。

 うちの父は自他ともに認める愛妻家だ。未だにお母さんを可愛い可愛いと愛でている頭がハッピーセットな男である。

 目の前の駄目親父を理解できない上に許せないのだろう。

 嗣臣さんのことを知っているからこそ、黙っていられない。たとえ血の繋がってない赤の他人だとしても黙っていられない。元ヤン臭が抜けないおじさんだが、人情に厚く困っている人を放っておけない、それが三森家のお父さんなのだ。


「嗣臣の未来は嗣臣のもんだ。嗣臣がつまづいたときそれを手助けするのは大人の役目だが……少なくとも、アンタが指図する資格はない。わかったらとっとと帰れ」


 言いたいことをすべて言いきったお父さんは「よし、帰るぞあげは」と言って私の肩を叩いてきた。

 私は駄目親父をちらっと見たが、相手は眉間にシワを寄せて鬱陶しい説教がやっと終わったとばかりの顔をしていた。

 なんかムカつく。

 確かに赤の他人から上から目線で説教されるのは鬱陶しいかもしれんが……間違ったことは言っていないと思う。相手には全く伝わってないみたいだけどね。


 コレ以上ここにいる必要はないと判断した私は父のトラックの助手席に乗り込んだ。

 普段なら嫌がって乗らないところだが、普通に帰宅したらあの駄目親父に捕まるかもしれないのでね。嗣臣さんの父親だとしても、彼とは別個体であり、あの人は父親として尊敬できない人種なので、私は尊重してあげないことにした。


 ドゥルルン…とエンジンを吹かせたトラックの音が車内にいるこちらにまで振動で伝わってきた。

 サイドミラーで駄目親父を確認したが、相手は踵を返してどこかに立ち去っていた。

 ……あれで嗣臣さんになにか文句つけなければいいんだけど…。


「俺はなぁ、そんな頭良くないし、グレてた時期もあるし、そんな褒められた人生を歩んでないけど、人を見る目だけは自信あるんだぞ」


 また武勇伝みたいに語って……

 ハイハイと生返事を返してやろうとすると、「ほら、母ちゃんはいい女だろ?」とのろけ始めた。時に鬱陶しい父であるが、どこか憎めないんだよね。どこから見ても元ヤンな父なんだけどさ。

 お父さんは視線を前に向けたままトラックを走らせた。何やらルート変更したので、ひとっ走りドライブと行くみたいである。


「嗣臣も色々あっただろうけど、アイツは弱い男じゃねぇ。きっと乗り越えて強くなるさ」

「お父さん…」


 お父さんは嗣臣さんの友達ではない。兄と不良仲間とわちゃわちゃする嗣臣さんを一歩離れた場所から眺めていたに過ぎないけど、ちゃんと見ているんだな。


「あげはもこれから色んな人に会うと思う。学校という限られた世界から更に広い世界に出て、色んな人間と会うだろう。いい人間に悪い人間、気の合う人や相性の悪い人……表では笑顔で近づいて、腹の底では悪巧みしてる奴だっている」


 真面目なお話みたいなので、私は静かにお父さんの話を聞いた。

 今でも変な人が近づいてきて襲撃受けているから今更なんだけどなぁと胸の奥でツッコミを入れつつも、黙っていた。


「失敗して騙されて、人を信用できなくなることもあるかもしれないけど、それで学んでいけ。父ちゃんはいつだってお前の味方だぞ」


 ……娘の味方だってどしっと構えている父を見ているとそんな父が頼もしく思えた。調子に乗るから口に出しては言わないけど。


「あんなおっさんにうちの娘の可愛さ賢さはわかんねぇんだ。てめぇの息子のことすら全くわかってねぇんだからな! ハッハー!」


 どこから話を聞いていたのかなと思っていたけど、結構最初の方から聞いていたのか。

 まぁあの駄目親父に好き勝手に暴言吐かれてムカついたけど、自分も反論したし、お父さんがしっかり言い返してくれたから私はスッキリしてるよ。


 信号が赤に変わり、トラックがゆっくり停車した。

 

「黒竜だ!!」

「竜二さんのトラックじゃね!?」


 窓の外から聞こえるその声に聞き覚えがあった。私が窓を開けて顔を出すと、そこにはバイクに乗った自称舎弟のリーゼント軍団がいた。


「あっあげは姐さん!」

「おやっさんとパトロールですか!?」

「違うよ!!」


 なんだよパトロールって。私はあんこを頭に詰めたパンヒーローかよ。


「あげはの友達はおもしれぇな」

「…変な人ばかり集まるんだよ」


 淑女学校に通っても結局こんなんばっか集まってくるし。私の淑女への道は険しいばかりである。


「あげはこのことわざ知ってるか?類は友を呼ぶって」


 ニヤニヤ顔でからかってきたお父さんをジロッと睨みつけておいた。


「…うるさいよ」


 私はちょっぴり腕っぷしの強いか弱い乙女なんだよ。不良と一緒にしないで欲しい。

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