清く正しく美しく! 三森あげはを夜露死苦!
恋の始まりは晴れたり曇ったりの4月のようだ【前編】
「勉強教えてくれ!」
濃桃色の特攻服を着た金髪の少女が家にやって来たと思えば、そんなお願いをしてきた。私は目をパチパチさせて彼女を見つめる。
そういえば…彼女は今年中学3年生。公立中に通う立派な受験生であった。彼女…桜桃さんが持参したのはどこかで購入したらしいテキスト類だ。まだ新品同様で真新しい。
「勉強しようと思ったけど、どこから手を付けたらいいのかわかんねぇ!」
そんな自信満々に胸張って言われても…
パラパラとページをめくっても、まっさら綺麗である。全く手を付けていないらしい。
「…桜桃さんはどの高校に進みたいの?」
それがわからないと対策も立てられない。
兄が通っていた工業高校レベルならそんなに勉強できずとも入学できるけど……
「雪花女子学園」
「…ん?」
私はまっしろなテキストと桜桃さんの顔を見比べて首を傾げた。…聞き間違いかな?
「あげはと同じ学校に通いたいんだ」
「……あのね、桜桃さん、うちの学校の別名・淑女育成校とは言われているけどそこそこ偏差値高めなんだよ?」
「あげはが通えてるから問題ないだろ」
……。
うん、今の失言はなかったことにしてあげよう……
相変わらず桜桃さんは不良気取っているが、どうやら私と同じ高校目指しているそうだ。
しかし圧倒的に成績が足りない。彼女が4月に受けた実力試験の成績表を見ても、お世辞にも優秀とはいえない。
まぐれで受験合格しても、その後彼女が学校の勉強についてこれるのか……
「頑張るからさ、頼むよ! ただとは言わない。金は払う!!」
「うん…あのね…」
彼女の熱意はわかる。
だけど私はお金をいただくほど教え方が上手なわけじゃない。
第一私はそれどころじゃないのだ。
洋裁の課題が出ていて現在修羅場真っ最中なんだ。型紙と格闘の最中なんだよ! 人様のお子様の受験勉強見るとか責任重大すぎて無理。
桜桃さんが本気なら塾に通ったほうがいい。悪いことは言わないからさ。
「俺で良ければ教えてあげてもいいけど」
そこにうちに遊びに来ていた嗣臣さんが口を挟んできた。
「嗣のアニキ、まじで!?」
「ちょっとしたバイトと思えばいいし。あげはちゃんの側にいられる口実になるからね」
その言い方だと、三森家で家庭教師を行うみたいに聞こえるんだけど……
桜桃さんはガッツポーズをして、「お邪魔しまーす!」と元気よく家の中に入っていくと、うちのお母さんに元気よく挨拶していた。
家で勉強会するんですか、そうですか。
「ほら、あげはちゃんも現実に戻って課題を片付けなきゃ」
「うう…」
嗣臣さんが茉莉花みたいなこと言う…
ワンピースとか…既製品でいいじゃない。大人になって自分で服を作る機会なんてそんなないでしょうが……
雪花女子学園に通い始めて2年目だが、私の裁縫スキルは相変わらずだ。誰だよこの学校選んだの……私だ…。
「手が空いたら手伝ってあげるから…ね?」
ぷにぷにと優しく私の頬をつまみながら彼は囁いた。その黒曜石の瞳に見つめられた私の心臓はドクンと大きく動いた。
……その追い砂糖された甘い声で言われるとなんでも「うん」とうなずいてしまいそうになる。今までと変わらないはずなのに、彼に恋をしていると自覚した私はまるで恋する乙女みたいな思考回路に陥ってしまっている。
…よくも今の今までこの人に見つめられても、私は平然としていられたな。今となってはその目に見つめられると怖くて恥ずかしくて目をそらしてしまうようになってしまった。
リビング隣の和室を開放してそこで嗣臣さんから勉強を教わる桜桃さんをチラ見しながら、私は洋裁の課題を片付けていた。
そちらばかりに目が行って全く先に進まず、時折嗣臣さんと目が合っては目をそらすの繰り返しで、私はソワソワしっぱなしだった。
以前の調子が出ない。
ていうか前はどんな風に彼と接していただろうかと悩むことすらあった。
嗣臣さんは私とお付き合いしたいと考えているみたいだけど、ぶっちゃけ私は彼とどうなりたいのかがわからない。
兄と遊び相手がやっているようなことを求められたら……私はどうしていいかわからない。
嗣臣さんの元カノは大人な女性だ。それと比較されたら、私があまりにも子ども過ぎてがっかりされるんじゃないかと思うと怖くて二の足が踏めなくなってしまうのだ。
■□■
「雪花女子学園からボランティアで清掃のお手伝いに来てくださった生徒さんたちです。よろしくおねがいします」
今日の課外活動もとい奉仕活動は、近くの市民病院の清掃のお手伝いだ。この病院は県営で年季の入った建物となっている。外部からお掃除のプロに来てもらっているが、いかんせん県営の病院のため、予算の関係上毎日は入ってこず、手の足りない部分も出てきて困っているとのこと。
そこで我が雪花女子学園の有志がボランティアにやって来たというわけである。
ジャージに三角巾、マスクとお掃除スタイルになった私達はお掃除のプロに教わりながら病院を綺麗にしていく。流石に医療を行う場所はプロが行わなければ色々まずいので、私達は主に外や外来患者が集うような場所を中心に清掃した。
建物にヒビが入り、そこを漆喰で塗り固められていたり、ロータリー部分が地割れしていたりして老朽化が目に見えたが、患者さんの数は多い。数少ない専門医が所属しており、救急病院として指定されている地域になくてはならぬ存在なのがわかる。
外側から窓を専用の器具で磨くと、曇っていたそれがどんどんキレイになっていく。なんだか自分の心までスッキリしてきた。
「学生さーん、お腹すいたでしょ、休憩に行ってきてもいいよ」
清掃会社のおばちゃんが声を掛けてきた。
コンビニに行っても大丈夫ですか? と問いかけるといいよと返事を頂いたので、私は外へ買い出しに出かけた。
外で作業していたから暑い。今日は冷たいものでも買おうかな。季節は6月、梅雨の時期だ。ジメジメしている中の清掃活動はなかなかしんどいものがある。額ににじむ汗を手の甲で拭いながらコンビニに入ると涼しい…もう既にコンビニでは冷たい麺類が発売していたので、サラダパスタを購入した。
昼食を購入した私はそのまま病院に引き返そうとしたのだが、道の途中で見覚えのある人を発見してしまった。
道路沿いのオープンカフェ。土曜の昼下がりで店内から外の席まで満席のそこに彼はいた。彼は人と一緒だった。私はその人を見たことがある。
クリスマスの炊き出し会の日だ。
その日も彼はそんな表情をしていた。無機質なマネキンのような表情で、離婚話をする両親を離れた場所から眺めていたのだ。
嗣臣さんと一緒にいたのは、恐らく嗣臣さんの実母。離婚をきっかけにバラバラに暮らしているお母さんだ。
……あまり、趣味はよろしくないと思ったのだが、嗣臣さんの表情が気になってしまい、私はカフェに近づくと物陰に隠れて彼らの会話が聞こえる距離まで接近した。
「それで? あっちは元気にやってるの?」
「…さぁ、別に暮らしているからなんとも。金銭面では困ってないよ」
「あらそう…あの人の嫁になにか色々と言われたんじゃないの? あの女、外面だけは良さそうだものね…」
そう言って鼻で笑う女性の面差しは嗣臣さんによく似ていた。嗣臣さんはお母さん似なのだな。とてもきれいな人だった。
何だけど2人の間は異様で、距離があった。嗣臣さんもお母さんも血の繋がった親子なのにどこか距離があって、会えたことに嬉しそうじゃないと言うか。うまくいえないけど、まるで他人なのだ。
「本当にうちに来なくていいの?」
「もう大学生だし、アパートに住み慣れたから環境変えたくない」
嗣臣さんはそう言ってカップを口元に持っていった。
普段砂糖水みたいな声で話しかけられる私としては、無機質なこんな声を出す嗣臣さんが別人に見えてなんだか落ち着かなくなってしまう。
彼は抜け目ないし、なんだかんだうまく交わせるとは思うんだけど、なんか心配なんだ。彼の心が傷ついていそうで。
15秒か、30秒か。はたまたそれよりも長い沈黙時間だったかもしれない。
その沈黙を破ったのは嗣臣さんのお母さんだった。
「彼もあんたのこと気にしてるのよ。私はもう子どもを産めない年齢だし…」
──彼があんたを養子縁組してもいいって言ってくれたのよ。
その言葉を受けて、嗣臣さんがどんな顔をしていたか。……私の語彙ではうまく表現しきれなかった。
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