第169話 さぶろーくん。セメント持ってきて

 新潟の地質を調べていたら、静岡の台風被害のニュースが色々入ってきました。

 車に乗車してため池に転落して死亡したり土砂崩れに巻き込まれて亡くなられた方や家が壊れたそうで、心が痛みます。

 この教訓を次に活かし、一人も犠牲者が出なくなることを祈ります。


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「さて。水が流れますぞ」

 その声と共にせき止めた水が流れ出していく。

 小学生の時に公園の砂場で水を流したものの拡大版だ。


 少なかった信濃川の水流は水かさを増し、やがて大水と変貌。

 霞堤にさしかかると、水位の関係から下流から上流へ水が逆流していく。

「おお。模型と同じように水が下流から上流に上っていきますな」

 興奮したように長尾さんが言う。


 伝承によると上杉謙信さんは、寺に入っていた幼少のころ城郭模型を作って遊んだという。(真偽不明)

 なので工事の前に粘土と土で実際の地形を再現し、領主たちの前で、どのように水が流れるかの再現を一度して見せたのだ。

 その理論通りに水が流れているのだが、原寸大で見るとやはり興奮の度合いが違う。

「今回は霞堤が壊れても水が氾濫しないことを証明するために、わざと壊れる箇所をいくつか作っております」

 と言葉を添える。

 すると、一番手前のため池状になった霞堤が増水に耐えられず、土砂崩れを起こした。

 だが、あらかじめ作っていた部分が壊れただけで堤防を越えて氾濫は起こらない。

 これが霞堤の強みである。

「なるほど。勢いが弱まる役割を果たし切れなくても穴はふさがるので氾濫にはいたらない。と」

「流石…いや、敵にしては良く考えておられますな」

 トライアンドエラーの苦労をただ乗りされた武田家は涙目であろう。

 流れる水は所々で勢いを弱めながら進む。

「お、あそこも、こちらも壊れましたな」

「それでも確かに氾濫は起こっておりませぬ。これが武田の堤でございますか」

 驚きと興奮で喝采をあげる領主たち。


 ……いえない。実は最初の一カ所以外、けど『こうした工事にアクシデントはつきもんやろ』と予防線を張って数をぼかしただけだなんて…


 ええい、越後の地質は紙装甲か!

「そういえば、新潟ってフォッサマグナとかいう海底が盛り上がって出来た土地で、泥岩と砂岩が多かったから、結構もろいそうなんですよね。たしかブラ○モリでも言ってた気がします」

 と、さねえもんから言われた。


 掘る前に『ちょっとここらへん地盤がもろそうだな』と思いはしたけど、まさかここまでとは…。

 大分は阿蘇の溶岩が固まった部分が多いけど、こちらは砂岩質が多いみたいだ。

 護岸工事は強めにやろう。


 さて、そうしたアクシデントを乗り越えて、水と土砂は次に大きなカーブへと向かう。


「えーと次は、甲斐の堤の要所。ですな」


 将棋頭と龍岩


 本来の甲府では二つの川が合流する地点に配置されたものだが、今回は水害がひどくなりそうな部分に利用させてもらった。


 カーブというのは水が思い切りぶつかるので崖は崩れるし、崩れなくても堤防を乗り越えた鉄砲水が堤を乗り越えて床下浸水を起こしやすい。

 日田市天ケ瀬手前の赤岩地区では大岩が護岸にモンケン(破壊用クレーン吊り下げ型鉄球)が衝突したようにコンクリ製の壁を破壊し、道路が崩壊していた。

 なので、カーブの前に川幅を大きく取り、その中央に大岩を先端にした堤防を作り、カーブの内側を主流、外側は水量の少ない伏流とし、流れを二つに分ける。

 この分水のための大岩を将棋頭という。

 そして川水の主流が当たるカーブ部分。

 ここを水や岩の衝撃から守るために大岩の堤防で護岸する。これを龍岩という。

「流れをわざわざわけたのには何の意味があるのですか?」

 と領主のひとりが頭をひねると

「水の勢いを殺すためじゃろう」

 と長尾さんが言う。

 さすが軍神。人の流れと同様に水の流れを見立てたのだろう。

 先ほど分水した外側の水が壁にぶつかろうとする水を、横から川の流れ通りに押し流そうとぶつかっている。

 この横からの衝撃で直接ぶつかる勢いが弱められるわけである。

「敵を2つに分離させ、主軍の前進を妨げるように副軍を横あいから合流させ勢いを止める…か。これは城造りにも使えそうじゃな」

 ふつうは城の入り口は虎口という名の急角度の直角道にして突進できないようにするのだが、謙信さんが二つに道を分けて、合流時に敵と思わせて同士討ちを誘発したり、主筋道を通るまで副道の軍勢は待機しなければならない城の構造を考えるのはまた後の話である。


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 直撃を避けて衝撃を和らげられた川の水は無事カーブして進み、あとはほぼ一直線に整備された川筋を通り、春日城目指して進んでいく。


 そして、手前で今まで存在しなかった直線ショートカット。分水路へと到達すると。

「流れた!」

 砂浜の砂の中を川水が流れていく。

 もろい砂は水の流れに壁が崩れ、川幅を広げながら水を通していく。

 このまま自然の力で分水路の掘削を行う。

 これが、この放水実験の最終目標だ。

 あとは、この勢いで海まで到達すれば洪水時の対策となるのだが…


「……あああ、止まってしまいましたな」


 現実はそこまで甘くない。

 押し流した砂が堤防となり半分あたりで水流は止まってしまった。


 だがまあ一発で開通する予定ではないから良い。

「通信兵に鏡で連絡!西岸だけを石で固めよ!」

 砂が崩れすぎて水道がふさがらないように片側だけ石で堤を作らせる。

 水が引いたら、また採掘をして今度こそ貫通させるのだ。

 面倒な掘削工事は大自然にやらせればいい。


「しかし、あれでは次に水が流れたら石垣は崩れますぞ」と、領主の一人からもっともな指摘がくる。

「ああ、そこは抜かりない」

 そう言うと、海を指さした。そこには大友家の家紋 杏葉紋を掲げた旗の船が走っている。

「三郎君に『セメントと骨材持ってきてって頼んであるからな』」

「セメ…何ですか?それは」

「というか、三郎殿とは?」

 次々に疑問を口にする領主の問いには「見ればわかりまする」と答えながら、俺は三郎君を迎え入れるために海岸へと降りた。それに謙信さんと部下たちが続く。


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 そこには大きな船(関船クラス)にセメントを入れた米俵(地球と財布に優しい再利用品を使用しています)を積んだ三郎こと追放当主、織田三郎信長がいた。


 初対面だから本人かどうかは知らんけど。


 大船だと船底が砂浜に当たって着眼できないので、ここからは小舟に荷物と人間を乗り換えて砂浜に寄せる。

 明治時代から大正あたりまで大分県別府港で見られた光景だ。

 小舟1つにつき3人と米俵3つ。

 浜についたら船をロープで引っ張り、ソリのようにセメントを運ぶ。


 今のボートとは異なり、竜骨が二つある早船は安定して砂浜を滑っていく。

 ここまでは予定通り。だが

「あなたが大友の五郎(宗麟の仮名)様か?」

 と、整った顔立ちの若者に聞かれて

「ああ、そうだが」

 と、結果的に家を追放させたり一向宗に救わせたり100%人生を狂わせた天下人の問いに答える。

 まあ、選挙についてはばれてないはずだから、一応出奔後の世話を指示した恩人となっているはずなので、お礼でも言われるかと思ったが、三郎君は


「話が違うではないですか!!!!」


 と、驚くほど大きな声で詰め寄ってきた。

 これは水道業者が夜逃げして工事の段取りが変更になったときに大工さんから言われた言葉と同じである。

 人生で5番目くらいに聴きたくない言葉を、この新潟の地でも言われたのだが、いったい何がお気に召さなかったのだろうか?



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『「そういえば、新潟ってフォッサマグナとかいう海底が盛り上がって出来た土地で、泥岩と砂岩が多いかったから、結構もろいんですね」と、言われた。』


 の後に、


 さねえもん。後で体育館裏な。


 という台詞を入れようかと思いましたが、まんま部下に責任転換するクズな上司しぐさなので止めました。


 工事に関して監督は、伝聞だけじゃなくて実際に現地を見るのは当然のことですからね。これを3年も続けると心と体を壊して業界から離脱することになるかもですが…

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