第167話 これから毎週、越後で洪水を起こしていこうぜ
はい、タイトルは迷作チャー研の有名セリフのもじりです。
新潟への恨みとかは一切ありません。
なお武田信玄の妻、三条の方の父親 三条公頼が山口に避難しており、大寧寺の変で殺害された事をお教えくださった方。誠にありがとうございました。
1年前までは『タイトル通り天下統一なんて無理だし武田とは縁がないだろうなぁ』と思い、生存したかどうかは濁してましたが生存ルートにします。(コメントを読み返したけど見つけられなかったので、ここにご報告申し上げます)
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「しっかしまあ…」
越後農家の次男坊である治郎は信濃川の中流を掘りながら、同じく次男坊の二郎へ話しかける。
「豊後から来た殿様がうちの治水をするってのも驚きだが、その方法が武田からのものってのも驚きだな」
彼らは川の流れとは逆向きにため池の様な水の遊び場を作る、通称『霞堤』と呼ばれる事になる堤を掘るように命じられた。
こうすると、川が増水した時に流れとは反対方向に水が溢れて行き水流が弱くなる。おまけに堤が壊れても氾濫を起こすのは遊水地内だけなので被害が少ないのだという。
「物事の規模が大きすぎてオラにはよくわかんねえな」
と二郎は現代人が『ひも理論』や『ケインズ経済学』を聞いたような感じで感想を漏らす。
今は雨が少ないのか、川の流れも穏やかな信濃川の川岸も堀りやすい。
「まあ、俺たちは日分金がもらえるから文句はないけど、下の方も水路を通そうとしてるんだろ?砂浜掘ってもすぐ埋まるだけの気がするけど、大丈夫なんかいのお」
「とくに、掘った土や石は堤防に使うのかと思ったが、そのままで良いというし、上にはため池をいくつも造らせているというが、何を考えておるんじゃろうか?」
「イヤな予感がするのお」
長尾の殿さまは敬虔な人間だから、仏の名を出すとコロっと信じる所がある。
まさか鎌倉から続く大友家が当主直々に騙しに来るとは思えないが、『武田晴信』という詐欺師の権化みたいなのが隣国にいるので、少し疑った方がよいのではないかと思う。
その予想は半分正しく、半分間違っていた。
なぜならこの工事は善意から申し出された事で悪意はない。
ただ、やり方にいろいろとかなり問題があるだけで…。
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「この堤は武田のものとおっしゃられましたが、どのようにして知る事が出来たのですか?」
あの日の会合で、堤技術を書いた巻物を見た領主はその技術に唸りながら、そのように聞いてきた。
国を豊かにする技術は戦国の世では他国に抜きんでる企業秘密。おいそれと教えられるものではない(将軍家を除く)
そのため、用意した回答を俺(宗麟)は伝えた。
「武田の妻、三条の方の父親は大内殿と一緒に豊後に逗留されておりましてな。そこで手紙を書いて頂いて治水方法を尋ねたのであります。すると、国家の機密ゆえ文書にてお教えする事は憚られるので、こちらに来られたらお教えします(来たら殺すけどな)という書状を貰いまして」
「まあ、15年もかけた技術を秘匿するのは当然でしょうな」
と、越後の領主が言う。いくら義父の頼みでも断られるのは当然だ。
「その返答を持ってきた一団に付いてきた『鳶の志村』か『飛び中本』か、いずれにせよ非凡な忍びが『金五両でお教えしましょう』と言ってくれたので買ったのですよ」
「ほほう。そのような忍びが」
嘘である。
信玄堤の方法はさねえもんが理解しており、それを書き写しただけである。
豊後の大分川や玖珠川で実証済みなので技術的には問題は無いが「未来で見ました」とは言えないので、架空の商談と人物をでっちあげた。
飛び加藤と呼ばれる忍者は江戸時代の物語に登場する架空の人物だが『(あの毛利ばりに)嘘つきな武田が大事な堤防技術を教えてくれるはずがない』という、共有認識がある以上「情報を忍びから買った」と言った方がリアリティがあるので、みんなこの言葉をあっさり信じた。
日ごろの行いって大事だね。
「で、実際の工事の行程なのだが」
新潟の川は河口に当たる部分に砂がたまり、海に流れないようになっていた。
さねえもんは江戸時代の新潟の地図で確認したことがあるという、
『本来海に流れる部分が塞がっているので出口を求めて東にL字カーブを描いて干潟の方に流れているんですよ。言うなれば自然が河口付近に天然のダムを造った形ですね』
なので、大雨が降ると海の内側はダムのように水がたまって浸水。
最悪、北東の干潟まで村自体が川底になるのだという。
「だから、まずは河口まで一直線に水路を造るんです」
こうすれば、大水が来ても周辺の村の被害は減るだろう。今で言う関屋分水路の開通を示唆したのだ。
新潟市内から海まで8kmの距離を通る信濃川河口の手前に、1.8kmで海に放流される関屋分水路というショートカット河口を作ったことで、1978年(昭和53年)の信濃川下流域の洪水の際には新潟市内での氾濫を防げたという。
だが
「はっ!そりゃ無理だぜ!」
他所ものは何も知らねえな。と言った風で領主の一人が言う。
「俺たちが、それを考えなかったと思うか?あそこは砂浜で、水路を通そうとしても水道がすぐ塞がるんだよ」
そう。水は最短ルートを通るのに、それが別ルートを通るのは、障害物が発生するためだ。
江戸時代でも同様の排水路を造る工事は行われたが土砂ですぐに塞がって失敗に終わっている。しかし、そこは未来知識。
「大丈夫だ」
と俺は自信満々に答えた。
「そんな事は科学様はお見通し。その上で解決策をお話ししてくれたのだ」
そういって、水路の所々に霞堤を発展させたため池を書き入れる。
「まず、上方にため池を5つ作って水量を調整できるようにする」
大型水門を使うようなダムはこの時代だと無理だが、普通の戸板一枚でせき止められる程度のダムを複数作り、それの開閉で水量を調整するのは何とか可能である。
大雨が来た場合、戸板が外れるよりも、上から溢れる程度の大きさで作るのだ。
「は?そんなんで、洪水が止められるもんかよ!」
と、呆れたように言われたので
「誰が洪水を止めると言った?」
まだ分からないのか?とバカにしたように言う。
「つまり、この工事の肝は『これから毎週…7日ごとに、信濃川で洪水を起こしていこうぜ』という事だ。」
「お前、さっき『大丈夫だ』って言ってなかったか?」
領主たちは自分の国で意図的に災害を起こすと宣言した守護大名(俺だ)を珍妙な目で見ていた。
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関屋分水は幅270m長さ1.8kmの大型の川だ。
これを一から作るのは面ど…大変な労力が要る。
「だから、最初は小さな水路を掘って、川の流れで砂を海に流してもらう」
そして、ある程度水路が出来たら、上流の水門を全開して、定期的に洪水クラスの水流で砂を海に押し流していくのである。
「いわば人工的な災害で水流を流す、名付けて洪水工法というやつだな」
「「「そんな工事方法あってたまるか!!!」」」
たまらず、領主と長尾さんたちが叫ぶ。
そりゃそうだろう。おれも最初さねえもんからこの計画を聞いたときは『殺されるからこの計画はやめよう』と思ったのだから
だが『残念だけど、これ史実なのよね。です』とさねえもんが言った。
新潟の干潟工事は明治にも数度行われたが、いずれも土砂崩れで失敗。
ものすごい洪水が人間をあざ笑うかのようにすべてを押し流したという。
そして、その洪水はものすごい勢いで土砂を流し、海への障害物も流し、川幅と川底を押し広げ………………気が付いたら干潟に貯まった水は減っていき、逆に用水が足りなくなるほど水の通りがよくなったという。
まるで「人間如きの力でこの干潟を海に流せるとでも思ったか?」と先人たちの努力をあざ笑うかのように、大水害は干潟を消し去ったという。
つまり、新潟で川を通すにはある程度、水の通り道を造った後に洪水を起こすのが正答となる。らしい。(間違っていたらごめんなさい)
人間さんサイドぶちきれ案件だが、論文でも、最初から完璧を目指して序文から全力を尽くすよりも、最初は適当に全体を書いて70%完成させてからバックアップを取り、後から細部を修正した方がいつでも提出可能という安心感もあり、修正も楽になる。
大事な部分は手を抜いてはいけないが、大事業の場合、計画はしっかり立てて、実際の工事は、まずはとりあえず完成させ、細部は余裕のあるときに行った方が工期が無駄に延びなくてよいのである。
「まあ洪水を人力で止められると言うのなら人力に頼るが、誰か出来る者はおるか?」
この意見に反対する者もなく、かくして水害対策工事は行われることになったのである。
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今回の洪水で干潟が出来たと言う話は、関屋分水路ではなく、北東の新発田にある塩津潟の歴史を参考にしました。
https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/shibata_noson/1356833203513.html
大分でも大洪水が起こり、道が崩壊したり、河川敷の階段や石橋が流されたのをみて、川が狭いと結局災害は毎年おこるから、ある程度の広さは必要だと思いました。
川が大きくカーブする野津原では川の水が溢れて社用車50台が全て水に浸かりダメになったという話もあったり、父方の実家が玖珠川の反乱で半壊して取り壊しになったりしたので、洪水など起きない方が良いのですが、戦国時代の川の状態ではとても開削工事が間に合わないので、この工法をとりました。
現代だと土地所有権とかもしもの危険性を考えるととても出来る方法ではないですが、洪水が起こるのは当たり前の時代なら許されるかもと思って頂ければ幸いです。
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