001:Happy Halloween

 ある秋のことやった。


 俺、水地みずちとおるは、仕事場であるアトリエAのハロウィン・パーティーのために、前夜から準備してめしを作っていた。


 新進気鋭の日本画家である俺のツレ、アキちゃんこと秋津あきつ暁彦あきひこの絵の展示場でもある、この祇園ぎおんのアトリエに、画商やら、企画会社の人やら、常連のお客さんやらが集まって、軽い飯でもつまみながら談笑しましょうっていう、軽い商談を兼ねた、ちょっとしたパーティーやったのや。


 飯なんかケータリングでええわって、アキちゃんは言うたのやけど、せっかくの機会やし、皆さんを心温まる手料理でお迎えしたいなと思ってな、俺は、それはそれは張り切って、インスタ映えするハロウィンのレシピを検索し、頑張がんばって作ったんや。


 あまりというには、あまりの出来栄できばえやった。


 味はものすご美味うまいのやけど、真っ黒なイカスミのパスタに、指みたいなソーセージが入ってるやつは、あまりにも不気味ぶきみやった。


 自家製の緑色のパンに、紫芋むらさきいもで作った虫みたいなのがはさんであるサンドイッチは、どう見ても墓場の残骸ざんがいみたいで食いもんやない。


 デザートと思って用意した、眼球っぽいミルクゼリーは、作った自分でも引くほど、眼球そのものやった。


 普通にゲー出そうやって、万聖節ばんせいせつを前に現れたフライング降臨のせいトミ子にも言われた。


 トミ子は用もなく、ちょいちょい来やがる。


 どうせ来るなら、俺がこのレシピを検索してた時に来て、全力で止めるべきやった。俺の守護天使やていうんならな。


 だがな、トミ子は俺の守護天使やない。アキちゃんのやった。


 せやし、あいつはただ笑って去っただけやったのや。


 なぜか白いあみタイツをはいて、厚底の編み上げブーツをはき、レースひらひらのバレリーナっぽいドレスを着た天使やった。そして顔は白い仮面で見えへん。


 そんなイカレた格好かっこうしてても、今日はハロウィンやなあで済まされてしまうのが、この日の恐ろしいところや。


 異界いかいの扉が開き、鬼や、人ならぬものが跋扈ばっこする。


 これは絶対に妖怪やろなと思った客が、ただの怖い系の人間やったりもした。話題には気をつけなあかん。


 とおるちゃん、誰になんて挨拶あいさつしたらええんか分からず、人間かバケモンかも分からんようになってな、すみません人間ですかって聞くのも無理やし、料理はアレやしで、一晩えらい気ぃつかってもうて、がらにもなくごっつい疲れたんや。


 料理はまったく減らんかった。悲しみしかない。


 やっぱり虫みたいなの入ってるサンドイッチは気持ち悪かったんやな。


 そんな悲しい深夜過ぎ、すっかり客の絶え果てた事務所の一階で、俺はイマイチやったパーティーのひとり反省会をしてた。


 食い残された闇色パスタの、指みたいなソーセージをポリポリ食いながらな。


「どないしたんや、とおるちゃん、シケた顔して。元気出し」


 笑いながら、めちゃくちゃ遅れてきた怜司れいじ兄さんが俺をはげましにきた。


 仮装なんか普段着なんか分からんような格好かっこうやった。肋骨ろっこつの絵が描いてある服に、黒いエナメルのコート着てる。


 それ一般人が着たらギャグみたいになるやつ?


 そやのに、兄やんは美形やから、何故かスタイリッシュに見える。


 東京で芸能活動もなさっている怜司れいじ様は、どうしても抜けられへんお仕事の後、大急ぎで京都に戻ってきてくれはったのやった。


 ほんまやったら名だたるセレブとインスタ映えしとる時刻やったやろうに、それをってまで、怜司れいじ兄さんは来てくれはったらしい。


 アキちゃんのおとんの、暁雨ぎょううさんとイチャつくためにな。


 兄やんは一応、この事務所の従業員やったはずやけど、来ても一個も働かず、ちょっとしたパーティーの間もずうっと、部屋の一番奥で暁雨ぎょううさんとイチャイチャしてはった。


 椅子が足りへんし、しゃあないなあ言うて、暁雨ぎょううさんのおひざに座ったりしはった。


 それを誰が見てても全然平気で、自撮りセルフィーをインスタに投稿までしてはった。


 それで、イヤーン流出ぅ言うて、ハズカシー言うて、でもチューしちゃおう言うて、キャッキャッて言うて、顔真っ赤っかやな言うて、坊々好きぃ言うてな。


 お前は酔っ払ってんのか。理性はあるんか。新幹線に置き忘れて降りたんか。今頃、お前の理性だけがボッチで終点・博多はかたに着いて、豚骨ラーメン食うとるわて俺に思われた。


 何をしに来たんやお前は。料理が得意なんやったら、こいつを召喚しょうかんして飯を作らせればよかったのや。そのための式神や。


 なんで俺は自分でやってもうたのか。


 後悔しかない。


「そんな暗い顔しんとき。せっかくのパーティーやったのに。とおるちゃんも先生ともっと仲良うしたら? 遠慮いらんし。俺ら全然気にしいひんし。どうぞ」


 笑顔で言うて、怜司れいじ兄さんは俺の頭をナデナデした。


 そして、テーブルにガンガン残っている闇料理の皿を見て、にこにこした。


美味うまそうなんあるやんか。とおるちゃんが用意してくれたのやろ? おおきにな。これ食うてもいい?」


 怜司れいじ兄さんが、デザートの眼球ゼリーを指差して、物欲しそうに言うんで、めったにめしも食わんくせにめずらしいなて思って、どうぞってすすめた。


 よっぽど腹減ってたんかな。


 怜司れいじ兄さんは嬉しそうに、フルーツポンチに浮かぶキモい眼球を長い指でつまむと、あーんと一口でそれを食った。


 むしゃむしゃ。


 そして、ウグッておどろいたように、吐きそうな顔をした。


 えっ。不味まずかったんか⁉︎


 青ざめて見る俺の前で、怜司れいじ兄さんはテーブルからひっつかんだ黒い紙ナプキンにゼリーを吐き出し、オエェッてなりながら言うた。


「なんやこれ⁉︎ 目玉ちゃうやん⁉︎」


 ハロウィンの夜やった。


 祇園ぎおんの闇にも、鬼や、人ならぬものが跋扈ばっこする。


 俺は一体、今夜のために、どんなめしを作ったら良かったんやろなあ?


――完――

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