第17話「弟子は更に速くなるようです」

 新大陸『ブランデン島』北部、雪も舞い散る針葉樹林を薙ぎ倒し、『アントワネット号』は森の中に不時着陸していた。


 船体の風船部分はもう完全に萎(しお)れており、再び空へと戻ることは叶わないようであった。


「生き残りはいるか? 全員集合してくれ!」


 軟着陸(なんちゃくりく)を成功させてしばらくして、起き上がったレッドが周りに声を掛けた。


「一応無事だンゴ……」


「はい、私は大丈夫です!」


 エリンとアンジー、それと数人が離れたところからこちらに近づいてきた。


 他のプレイヤーは着陸前の海面上で飛び降りたか、着陸の衝撃で死んだらしい。ただ幸いなことに生き残り達はほぼ無傷だった。


 生き残りはレッド達を含む8人。最初に30人くらい乗船していたことを考えると、だいぶ減ったものだ。


「残ったのはこれだけか……。よしっ。落下の時、近くに集落が見えた。準備次第そこに行くぞ」


 レッドは率先して動き出す。まずは壊れた飛行船から使えそうなものを回収し、アイテムや食料を手に入れた。


 それからレッドを先頭に、8人のプレイヤー達は針のような木々の間を縫い、雪の道を踏みしめて村を目指した。


 そして進んでいくと森を抜け、雪原の中に佇(たたず)む人里を発見した。


「おい、門を開けてくれ!」


 レッド達が村に近づくと、そこは城のようにぐるりと木の柵で囲まれており、しかも門は閉じていて入れない。仕方なく、レッドは門の内側に向けて声を張り上げた。


「ダメだ! ここには入らせん。どこか別の場所に行ってくれ!」


 門の内側から拒絶の返答がかえってくる。人はいるらしい。


「飛行船が落ちて困ってるんだ。助けてくれ! ダメにしても理由を教えてくれないか!」


 レッドの声に応(こた)えたのか、門の上からちょっとだけ頭を出した村人がいた。


「いいか。この村はウェアウルフマンを入れたりはしない。ウェアウルフマンはお前たちみたいに人に化けて村に入ろうとするからな!」


「ウェアウルフマン……、人に化けるクリーチャーか!」


 レッドはハッとなって気づく。ならばこのグループにそのウェアウルフマンが混ざっていても不思議ではない。


 よく見れば、エリンやアンジー以外のプレイヤーは見覚えがない。確認がおろそかだった。


「エリン、アンジー、ステータスを表示しろ! ウェアウルフマンが混じってるぞ!」


 エリンとアンジーも気づいたのか、身体を強張(こわば)らせる。だがそれよりも早く、5人のプレイヤーに異変が起きた。


 5人のプレイヤーとも身を震わせたかと思うと、衣服を破き、肌を脱ぎ、正体を現す。なんと5人ともウェアウルフマンだったのだ。


「俺達以外、全員かよ」


 レッドはウェアウルフマンから距離を取る。エリンはすぐに状況を察知し、アンジーの軽い身体をひっ捕まえて不意打ちを回避した。


「なんなんじゃああああああっ!!!」


 エリンはレッドと並び、アンジーを門の方へと転がす。


 まんまと騙されたレッド達3人は、木の壁を背にして5人のウェアウルフマンに囲まれてしまった。


「さて、初めての集団戦だ。レッスンは必要か?」


「無問題です! 私は戦えます」


「OK。その意気やよしっ!」


 レッドとエリンは同時に装備を展開する。それに呼応(こおう)するように、ウェアウルフマンたちは遠吠えをしたのであった。


「さあ、来い!」


 まず仕掛けてきたのは、ウェアウルフマンたちだった。


「グオオオオオオッ!」


 一斉に威嚇(いかく)の叫びを上げ、エリンに向かって3体、それにレッドに向かって2体のウェアウルフマンが突貫(とっかん)してきた。


「アンジー先生、例のコンボでいくぞ!」


「分かったンゴ……!」


 レッドはアンジーが準備を完了させる前に、左腕の魔導腕を目前のウェアウルフ2体に集中する。


 クリーチャー全般はストレンジオブジェクトの魔素上昇の影響で生まれた生物だ。つまり、魔素の塊でもある。魔導腕の操作は効果的だ。


 ただしそのままでは身体を揺らして動きにくくしているだけで、歩みは止められない。


 ならば工夫が必要だ。


「<スコップレッグ>!」


 レッドは右手で抜いた蒸気銃のグリンからスキルを飛ばす。放たれた銃弾は狙い通り1体のウェアウルフの軸足を撃ち抜き、バランスを崩した。


「よっと」


 レッドは掛け声とともに倒れかけたウェアウルフともう1体のウェアウルフがぶつかるよう、魔導腕で誘導し。思い通りに2体とも転倒した。


 一方、エリンに向かったウェアウルフは3体。けれどもエリンは臆(おく)することなく、自分から先頭の1体の懐(ふところ)へ潜り込んだ。


「こんなの修行での頭数に比べれば、少ないくらいです!」


 エリンは肉薄(にくはく)した1体の死角に回って壁にしながら、他2体の攻撃を阻止する。それだけではなく、壁にしたウェアウルフマンを小太刀で傷つけ、他2体に銃撃を浴びせた。


 そんな中、やっとアンジーの魔導が発動した。


 「<フラジール>……!」


  その魔導は脆弱(ぜいじゃく)の魔導、レッドの前にいる傷ついていない方のウェアウルフマンにそれを付与した。


 これは相手の防御ステータスを下げる魔導、いわゆるデバフの魔導だ。


 また身体が魔導の影響下にあるということは、魔素を身に着けているのと同じだ。これに魔導腕の魔素操作を加えると、どうなるか。


「空を飛んでろ!」


 レッドは転んだ状態から起き上がろうとした<フラジール>付きのウェアウルフマンを、起き上がる力までも利用して空に放り投げた。


 残りの、足を負傷した1体はレッドが近づいて頭部を撃ち抜き、絶命させた。


「アンジー先生! エリンに加速魔法をかけてくれ、いいコンボを思いついた」


「ひ、人使い荒いンゴおおおおお!」


 それでもアンジーはレッドの言う通り、準備に入った。


「エリン、援護する」


 レッドはエリンを囲む3体に銃撃を行いつつ、魔導腕を操作する。


 するとエリンの近くにいた3体はレッドの動きに気を取られた。


「<パーティクルアクセル>……!」


 アンジーの唱えた魔導はエリンに付加され、エリンの所作(しょさ)が加速する。


「魔導腕を使って合わせる! 自由に動け!」


 エリンはレッドの指示通り、身体で空を切った。


 アンジーの魔導による身体強化に加え、魔導腕の複雑な操作により、エリンはカマイタチになった。


 その動きはまるでテレポートだ。視線が追い付かないうちにエリンの身体はその場から消え、別の場所に跳ぶ。例え今のエリンに反応して攻撃したとしても、俊敏(しゅんびん)な<スキルスライド>により逸らされるだろう。


 しかも速くなっているだけではない。見えているのだ。エリンは世界を置いてきぼりにして、加速世界の住人となっていた。


「操作が追い付かん。速すぎるぞ」


 エリンは一閃、急角度で曲がりもう一閃。どんどんと工程を重ね、無尽(むじん)の刃(やいば)がウェアウルフ3体の身体を舐めあげた。


 それはほんの一瞬。いつのまにか3体のウェアウルフは身体を無数の斬撃で刻(きざ)まれ、体力は0となっていた。


「速い! 速すぎますよ、コレ!」


 エリンは調子に乗って、レッドの傍に落ちてきたウェアウルフさえも狙い。アーチ状の閃光が空を飛ぶ。


 そうして残りの1体はエリンの素早い身体を直接ぶつけられ、身体を無残にも切り裂かれた。


 エリンは満足したように攻撃を追えて立ち止まると、ちょうど<パーティクルアクセル>の効果が切れた。


「行けます。これなら世界最速を狙えますよ!」


「おいおい、世界最強を狙ってるんじゃなかったのかよ。マラソンランナーじゃあるまいし」


 口では諫(いさ)めながらも、レッドはエリンの更なる可能性を噛みしめていた。これなら集団戦闘は相乗的に強化される。これにレッドの『カスケードピグマリオン』を加えれば、どんな戦闘も完全勝利は夢ではない。


「となると他にもエリンの隠し玉が欲しいな。アイテムを見直すか……。まだまだ戦闘技術の向上も見込まれるし、アイテムとのコンボも広がるな」


「それなら魔導系アイテムも使うといいンゴ……。高価だけど、レッドとの相性はばっちしだンゴ……」


「いい案だな。採用! 他にもな――」


 レッドとアンジーはエリンの可能性について話し、互いに熱論を交わそうとしていた。


「あのー……」


 だが2人の話がいい調子に進もうとするのを邪魔して、上から呼び声が降ってきた。


「アンタ達がウェアウルフじゃないことは分かった。けどなあ。話し込んでいる時間はないようだぜ」


 門の上の村人が遠くを指さす。その方向に視線をやると、森の方からウェアウルフマンが複数走ってくるのが見えた。


「おっと、退避退避」


 こちらに来るウェアウルフマンの数はざっと見て30体だ。レッド達が全力を尽くせば戦いは拮抗(きっこう)するかもしれないが、避けるに越したことはない。


「なら、はよ入れ」


 門が僅かに開き、レッド達3人はその隙間に身を滑らせる。


 あと少しでウェアウルフマンが到着というところで、彼らの鼻先を前にして門は閉じられた。

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